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フランスのひきこもり当事者インタビュー 第2弾 ギードの場合 第1回「ひきこもりだって恋をする!」

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クレアモン・フェラン  Photo by Wikipedia

 (文・ぼそっと池井多)

 

日本で中高年のひきこもり当事者と呼ばれる私は、昨年フランスのひきこもり当事者アエル君の手記(*1)を一人語り風に編集して発表させていただいた。

*1. フランスの田舎のひきこもり生活を語る

 

 

今回、別のフランスのひきこもり当事者ギード君とお話しする機会を得たので、その成果を対談のかたちを残してまとめてみる。インタビューは主に2017年11月に行われ、本記事に編集する際にはギード君にも加わってもらった。写真は、わずかな例外をのぞいて彼の選択による。彼自身が撮影したものもある。

  

ひきこもり生活のリアル

ぼそっと池井多: いま、いくつ?

ギード22歳になりました。  

ぼそっと池井多どのくらいひきこもっているの。 

ギード: ひきこもって、もうすぐ6年になるかなあ。

ぼそっと池井多あんまり、出かけないんだ。

ギード: 出かけないね。あなたは?

ぼそっと池井多: 私も出かけないなあ。たぶんドアの外に出るのは3日に1度くらい。それも仕方がないから出かける感じで。

この手のひきこもりにとっては、体力が衰えることが大きな問題だね。出かけないとどんどん弱っていく。だから私はときどき公立のジムへ行って、汗を流すようにしている。

そこで人々に会うのがいやだけどね。彼らに会うと、ほら、世間話ってやつをしなくちゃならないだろう? あれが苦手でね。

ふつうの市民にとっては何でもないことなんだろうけど、世間話ができないから、運動もしなくなって、体力も衰えたりする。

ギード: わかるなあ、それ。

ぼそっと池井多: お金持ちだったら、自分の邸宅の中にプライベート・ジムとか作ったりしてさ。外へ出かけなくても、近所の人と会わなくても、ちゃんと運動ができるだろう。

そういう解決が望ましいんだが、あいにく私は貧乏でね。生活保護で暮らしているから、プライベート・ジムを作るわけにもいかないのさ。きみは、どうやって体力を維持しているの?

ギード: とくに何もやってないよ。身体のことは何も気をつけてない。ぼくは自分の身体をネグレクトしてるんだ。

でも、一時期すごく太ってね。身長は1メートル80なんだけど、体重が103キロまで行ったよ。

そうしたら、ちょっと気持ち悪くなった。だから、ぼくは間食のお菓子をやめて、コカ・コーラみたいな飲み物もやめたんだ。

そしたら体重は戻って、いまは78キロ。ぼくの体型は「ふつう」に見えるよ。ぼくは基本的にかなりがっちりした体格なんだ。太ったときも、そんなに違和感なかった。

だからぼくは、運動しないってことで問題は感じていない。

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「ぼくの食事」 Photo by ギード

 

近所の目

ぼそっと池井多: どうやって「ひきこもり」っていう日本語にたどりついたの?

ギード: 最初に「ひきこもり」っていう言葉を知ったのは、「NHKにようこそ」というアニメだった。3年間ひきこもっている青年の物語さ。

 ぼそっと池井多知ってるよ。っていうか、私自身は観たことないんけど、そのアニメのことは、ほぼ全員といってよいくらい、ヨーロッパのひきこもりが熱っぽく語る。

ギードあのシリーズは面白かったよ。一種のブラック・コメディなんだけど、扱っている話題はなかなか深くてね。社会からの撤退とか、自殺とか、商業主義のピラミッドとか…。

それを観て、ぼくは自分で「ひきこもり」という言葉を調べてみたんだ。そうしたら結局、自分がそうだということがわかった。それで「ル・フォラム・ド・ヒキコモリ」という、ひきこもりのためのネット・グループに参加したのさ。2016年のことだ。そうしたら、そこであなたが残していった、「インタビューに答えてくれるひきこもり当事者の方、ご連絡ください」っていうメモを見つけることになったというわけ。

ぼそっと池井多連絡してくれてほんとにありがとう。私は、自分自身がひきこもり当事者なんだけど、国によってひきこもりにどのような違いがあるか、あるいは共通点があるか、知りたいと思っていて、それでフランスにそういうメモを残してみたんだよ。

きみの話をとくと聞かせてください。

ギード:よろこんでお話しします。

ぼそっと池井多: まず、フランスのどのへんに住んでいるの?

ギード:オーヴェルニュ。人口250人ぐらいの小さな村に住んでる。近くの大きな町は、クレアモン・フェランかな。「オーヴェルニュ・ローヌ・アルプス」という大きな県(*2)の一部になった。その県庁所在地はリヨンだ。

*2.2015年、フランスにおいて、日本でいえば「道州制の導入」のような改革がおこなわれ、いくつかの県が統合され、大きな州が誕生した。彼のいう「オーヴェルニュ・ローヌ・アルプス」はその一つだが、まだフランスの人々の地理感覚には浸透していない。まっさきにギードが「オーヴェルニュ」と答えたのは、統合前の地図で生きているということを語っている。

オーヴェルニュ・ローヌ・アルプス / 出典:Wikipedia フランス語版

 

ギード: これは有名なピュイ・ド・ドームという火山だ。1465メートル。ぼくたちの地方に観光に来る人は必ずといってよいほど訪れる。

ピュイ・ド・ドーム    Photo by Wikipedia

ぼそっと池井多: 美しいところに住んでいるんだねえ!

ギード: ぼくが生まれたのはサン・フロレという町で、いま住んでいる村から13キロ離れてる。そこは長い間「フランスでもっとも美しい村」にランク・インしてるんだ。ぼくは、幼いころからクレアモン・フェランの周辺で何回か引越しをして、いまの村に来て9年になる。

 

サン・フロレ  Photo by Wikipedia

 

ぼそっと池井多: 250人しか住んでいない小さな村となると、村の中での人間的距離はかなり近いんではないかな。ひきこもりをやっていて、きみは村の人間関係がしんどいってことはない?

私なんか、近所の目がいやでいやでしょうがないんだ。

ギード: ぼくの近所はよく変わる。しょっちゅう引っ越していく。つい先日も、新しいお隣さんが2、3週間前に入ってきたんだけど、そこの人はまだ、ここにぼくという住民が存在することすら知らないね。村全体の雰囲気はすごく悪いと思う。人々は助け合わないし、他人のことに興味がないんだ。でも、そういう空気は、ひきこもりであるぼくには合ってる。ぼくは彼らに助けてもらいたくないし、ぼくに興味を持ってもらうのもごめんだ。

ぼそっと池井多: それは、わかるなあ。

ギード: でもね、近所の人の何人かは、きっとぼくがひきこもりであるということに半ば気づいていると思う。このごろは、ぼくはほとんどドアの外に出ないから、彼らはたぶんぼくは町へ行ってしまった、町に住んでる、くらいに思ってるんじゃないかな。ぼくは、この村では「知られざる者」なのさ。存在しないに等しい。

それから、ぼくが住んでるのが、都会のようなアパルトマン(集合住宅)じゃなくて、一軒家だということも大きい。一軒家ならば、それだけ近所との間に人間的にも距離が置けるからね。

 

これがぼくの家のそばを流れている川だよ。これがフランスの中央部を流れているんだ。(*3)

*3. ローヌ川の上流にあたるものらしい。

「クーズ・シャンボン川」  Photo by ギード



ひきこもりだって恋をする!

ぼそっと池井多: フランスの、ほかのひきこもり仲間を誰かリアルで知ってる?

ギード: 知らないな。ぼくは、他のひきこもりたちとは、もっぱらネットでやりとりするだけだよ。いちばん良いひきこもり友達は、24歳の女の子。彼女もひきこもりだ。でも、実際に会ったことはない。

その子とはべつに、ぼくには去年、恋人がいたんだ。

ぼそっと池井多: へえ! その彼女の話を聞かせてよ。

ギード: 彼女とは2016年3月にネットで出会った。ぼくたちはすぐにお互い恋に落ちたんだ。彼女との恋は、ぼくの日常生活を信じられないほどに変えた。彼女の存在は、ぼくのこの瀕死の生活を救ってくれるオアシスだったんだ。

彼女はまだ高校生で、内向的な性格であり、ぼくのようにひきこもりになる素質を十分に持っていた。ぼくたちはネット上でデートを重ねた…。

ぼそっと池井多: ネット上だけで? 実際に会うことはなかったのかい。

ギード: 一度だけ会った。2016年6月。パリ郊外のヴィルパントでジャパン・エキスポが開かれたときだ。それは、日本の文化的な産物、とくにアニメやマンガをたくさん展示している催し物だ。ぼくたち二人はそういうのが大好きだったから、お互い計画して、リアルに会って、いっしょに行ったんだ。

あれは、ぼくのこれまでの全人生で最高の一日だった…。

 

ジャパン・エキスポ 2016  Photo by Wikimedia

   

ぼそっと池井多: なんという素敵な話だろう。それで、きみたちの交際は、じっさいに会ったあとも、問題なく続いたのかい。

ギード: しばらくは続いた。彼女は、ぼくの住んでいる村からは遠い町に住んでいる。だから、ぼくたちはインターネットだけでつながっていた。ぼくたちはもう一度、じっさいに会いたかった。でも、問題は、彼女はまだ17歳、未成年だったということさ。それに、彼女の親は、まあ彼女がいうには、とても厳格である、と。

ぼそっと池井多: そりゃあ大問題だわな。

ギード:ぼくはわかっていた。もし彼女の親が、当時21歳だったぼくのような男と、自分の娘がつきあっていることを知ったら、めちゃくちゃ怒るだろう、と。だから、ぼくは慎重でなければならなかった。彼女はしきりに会いたがったけど、ぼくは彼女の家まで行くことは控えたんだ。そうしたら、あれこれと口論が起こって、距離ができてしまい、2017年の初めに「別れよう」ってことになった。

ぼくはそれからずっとうつ状態だった。彼女とは、いちおう友達として、まだつながってはいたのだが、2017年7月にまた大げんかが勃発した。それでもう、彼女とは完全に切れてしまったんだ。もういっさい、お互いネット上で話すこともない。

ぼそっと池井多: 完全に終わっちゃったのか。悲しいね。

ギード: いずれにせよ、彼女という存在と会えたおかげで、ぼくは信じられない歓びを味わった。後悔はしていない。これも人生の苦楽の一部さ。

ところで、いつかぼくの話を記事にするんだったら、今のくだりは絶対に削らないでね。ぼくは、世界中のひきこもりに知ってほしいんだ。ひきこもりだって恋愛は不可能なんかじゃないって。というか、ひきこもりだって、すべては可能なんだ。このことが、世界のひきこもりに一条の希望の光をもたらしてくれるなら、ぼくにとってそんな良いことはない。

ぼそっと池井多: 大丈夫。私はよほどのことがなければ、聞いたお話はできるだけ記事に活かすほうだけど、今のくだりときみのメッセージは、間違いなく記事の中に入れるよ。

 

この記事の英語版

 

・・・次回「ギードの場合 第2回 親との関係、そして支援」へつづく