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小説「遊べなかった子」#06 二日目の猿

ひきこもり当事者・喜久井(きくい)ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

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文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer

 

   二日目の猿

 
 昨日みさきがおり立ったのは、広大な公園だった。そして一日がすぎて、今日また同じ島のなかを歩いてみても、変わらない遊び場だった。どれだけ大勢の子がいたとしても楽しめる、大きくてきれいなところだ。整備された歩道がいくつものアスレチックをつないでいて、光るような緑が風にそよいでいる。みさきは昨日も通った道を歩いて、昨日も見たカラフルな時計台の前に、昨日と同じように立ち止まる。すると昨日と同じ姿の、ハレヒコがやってきた。
 「みさき!良かった、来てくれたんだね。今日もいっぱい遊ぼう!」
 ハレヒコはみさきと同い年の男の子だった。みさきの何倍も元気で、アイドルみたいなキラキラした笑顔を見せている。ハレヒコは、会った瞬間に誰もが好きになりそうな、特別な子だった。それだからこそ、みさきは昨日と同じハレヒコの姿を見て、――(ああ、またこの笑顔だ)、と、みさきは怖くなる。あたりに不安にさせるものが見えるわけではない。公園の空気はすみわたっていて、パンジーの花々が清らかに咲いていた。ハレヒコも、昨日はじめて会ったときと変わらない。好奇心旺盛で、おしゃべりな男の子だ。
 「なあ、昨日は初心者コースだっただろ?今日はチャレンジコースに行こうぜ!」
 ハレヒコは輝く目をして、みさきをアスレチックに誘う。
 「うん、行こう!」
 みさきはハレヒコに影響されて、元気よくこたえる。ハレヒコと並んで公園を走りだしたけれど、駆けだす前から心臓はドキドキしていた。
 たくさんの種類があるアスレチックには、ビギナーコースやノーマルコースがあって、チャレンジコースは一番難しいところだった。ロープのつり橋やロッククライミングをして、アトラクションを越えていかないとクリアできない。小さな子だったら攻略できないし、みさきにとっても体をめいっぱい使うことになる。それでも、ハレヒコと一緒なら簡単に越えていけそうに思えた。
 「行くぞ!」
 「ようし!」
 みさきとハレヒコは、競争するようにしてアスレチックコースに挑んでいった。丸太で組まれた急斜面をロープで登っていき、スチール製の巨大なすべり台をおりていく。突きでた形の障害物をよけながら、たくさんの円形の足場をジャンプで越えていく。ハレヒコは身軽にジャンプしながらもおしゃべりで、冗談を言ってみさきを笑わせた。
 「やるなあ、みさき!」
 「ハレヒコこそ!」
 息をはずませ、汗をかいて、二人はアスレチックのいくつものステージをクリアしていった。頭を使い、全身を使い、どれもギリギリで攻略できるような、絶妙な難しさだった。木製のアトラクションをダイナミックに越えていき、ジャングルジムみたいに巨大な、プラスチックの複雑なトンネルの中を抜けていく。冒険する楽しさの、クライマックスばかりを集めたみたいに、飽きることなく二人はステージを進んでいった。
 湖の上に建てられたコースでは、危ない場面があった。木の板で組まれた水上コースで、みさきとハレヒコがとなりあって進んでいるときだ。ハレヒコがバランスを崩して、水面に落下しそうになった。けれどみさきはハレヒコの腕をぎゅっとつかみ、助けおこした。
 「気をつけろって!」
 「わぁ、すごいなあ、みさき!ありがとう!」
 ケガしてもおかしくないところだったけれど、ハレヒコはほがらかに笑うのだった。みさきには、ハレヒコを助けて誇らしい気持ちもあった。ぎゅっとつかんだハレヒコの腕の感触に、おかしなところもない。
 ――(このまま一日が終わってくれたらいいんだ、一日が。)みさきはドキドキしながら、何時間もかけてアスレチックのコースをクリアした。
 「やったね、余裕余裕!」と、ゴールしたハレヒコは笑う。
 「途中で落ちそうになっただろ!」とみさきも笑う。
 「汗かいちゃったな。ちょうど洗い場があるや。行こう」
 みさきは思いだす。この島は、昨日もそうだった。ボールを使いたいと思えばちょうどボールが転がっているし、水を飲みたいと思ったときにはちょうど水飲み場がある。ゴミ一つなく整えられた公園で、遊びつくせないほどのアスレチックがあり、芝生は緑のじゅたんのようにふかふかとしていた。この島で出会ったたった一人のハレヒコは、悩みなんて一つもないみたいな明るさで、みさきの気持ちを盛りあげてくれる。夢みたいな遊び場の、夢みたいな少年なのだった。

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 みさきとハレヒコは、しばらく芝生に寝転がんで、ゲームの話や飲み物の話をダラダラと続けた。ハレヒコは物知りで、みさきの知らない、ウソか本当かわからないようなびっくりする話をしてくれた。表情や話しぶりがオーバーだったけれど、とても楽しくて、みさきはくつろいだ気分だった。
 休んだあとに、ハレヒコとみさきはまた走り出して、今度は迷路のステージへ行った。剪定された木々やブロックで作られた巨大迷路で、二人は声をかけあいながら、あちこち走り回ってゴールを目指した。みさきは見晴らし台に登って道順を覚えようとしたけれど、ハレヒコは道がわからなくなると、木々の緑のあいだをむりやり通り抜けて、ズルをするのだった。みさきが指摘すると、
 「だってわからないからさぁ」とごまかして笑う。
 「この先の赤いポールのところを右に行ったら、ゴールの方だよ」と教えると、
 「よくそんなに覚えられるなあ!」とハレヒコに感心された。
 ハレヒコとみさきは何時間もかけて、ときに休んで、ときに走りまわって巨大迷路を駆けぬけた。みさきは、時間が過ぎるのを忘れるくらいに、そして、一日の終わりに起こることを忘れるくらいに、熱中して、ハレヒコとおしゃべりしながら、本当に友達になれたような気分でいた。
 ハレヒコとみさきは迷路のゴールにたどり着き、喜びを分かちあった。汗ばんだひたいに前髪がはりついていて、みさきは久しぶりに爽快な気分が体に満ちている。ハレヒコとみさきはあれこれと、どうでもいいような話をしながら歩いていた。そうして、初めの時計台のところまで戻ってきた。夕日の赤さは強まっていて、一日の終わりを知らせている。昨日も一日中遊びまわり、時計台の下でお別れをしたのだ。昨日と同じように、今日もまた終わる。
 「最高だったよ!」とハレヒコが笑顔で言う。
 「ぼくも!こんなにドキドキしたの初めてだよ」とみさきは答える。

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 ハレヒコもみさきも一日を遊びつくして、充実した疲れがたまっていた。みさきは心地よい気分のなかで、――(また明日)、と言いかけたけれど、本当に約束してしまっていいのかどうか迷い、声がつまった。みさきはドキドキとしていた。ハレヒコはみさきのそぶりに気づかず、
 「じゃあ、またな!」と、この日最後の輝く瞳を向けた。そして、昨日のお別れと同じことを始めた。
 みさきは――(ああ、やっぱり、今日も裏切られるんだ!)と体を固くした。
 ハレヒコ――もしくは、ハレヒコだったものは、背中を丸めて、全身をもぞもぞと揺らし始める。服の切れ目なのか体の関節なのか、どこから出てくるのかわからないけれど、ハレヒコの体の中から、人間ではない、暗い色をした別の生き物が出てくる。クマみたいな獣のようでもあるし、爬虫類のような固い皮膚の生き物のようにも見えた。いびつな体形に、ゴツゴツとした皮膚がある。獣に脱がれたハレヒコの体は抜け殻になって、さっきまで一緒に走りまわっていた少年の姿は、ペラペラの着ぐるみみたいになった。
 みさきの心臓は心拍数をあげて、痛いくらいに鼓動している。ハレヒコだったものを脱いだ獣は、かん高い鳴き声をあげて、みさきに何かをしゃべった。お別れのあいさつなのか、罵倒をしているのか、まったくわからない。みさきは昨日と変わらず、立ちすくんでいた。みさきは平静をよそおって、小さく「さよなら」と言った。みさきの返事は合っているいるらしい。獣はみさきに背を向けて去っていった。脱がれたハレヒコの体を引きずりながら、獣はきれいな夕暮れの公園を歩き去っていった。
 獣が歩道のカーブを通って、完全に姿が見えなくなってから、みさきも〈舟の家〉まで帰っていく。夕焼けのなかで、何も考えないようにして、素早く足を進ませた。

 

 みさきは疲れのなかでよく眠って、次の日の朝になった。着替えをし、運動靴を出して、いつでも出かけられるように支度をした。
 そうして、その島へは二度と降りなかった。

 

   つづく

 

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