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小説「遊べなかった子」#09 待つ人の家

ひきこもり当事者・喜久井(きくい)ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

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文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer

 

   待つ人の家
 

 「どうぞ」
 〈待つ人〉からお茶を出されて、みさきは「ありがとうございます」と、すこし緊張しながら答えた。
 みさきがたどりついたのは、頑丈な岩でできた島だった。一軒の家がしっかりと地面に根づいて建っており、そこにはTシャツとジーンズ姿の〈待つ人〉が一人いた。はじめ、みさきは〈待つ人〉から「はじめまして」と話しかけられたけれど、みさきは髪の長い〈待つ人〉の顔を見たとき、なぜか見覚えがあった。
 「どこかで会ってないですか」と聞いたけれど、〈待つ人〉は不思議そうにするだけだった。それでも家の中にまねいてくれて、木製のテーブルセットに座ったみさきに、お茶を出してくれたのだった。
 「あなたは海を旅しているの?一人で長いあいだなんて、勇気があるねえ」
 「いえ、そんなことないです」
 「わたしにもあなたくらいの息子がいるんだけど、一人で海に出すなんてできないや。一回くらい世の中にある島を回らせてみてもいいのかもしれないけど。親バカっていうのか、心配性でね」と〈待つ人〉は話した。
 「息子さんって、今は出かけてるんですか」
 「そうそう。夕方には帰ってくるから、食事のしたくをして待っているところなの」
 〈待つ人〉のうしろには台所があり、大きめのナベに火がかけられて、シチューが煮込まれていた。ナベからはゆげと一緒においしそうな香りがただよい、調理台に置かれたままのまな板の隅には、肉と野菜の切れ端が集められて小さな山になっていた。みさきは台所らしい光景をひさしぶりに目にしていた。
 「みさきっていう子なんだけど……」と〈待つ人〉は言った。
 「みさき?ぼくもです。みさきって名前です」
 そう言うと、〈待つ人〉は目を丸くした。
 「ええー、偶然!それも同じ男の子なんて。珍しくない?あんまりいないでしょう」
 みさきは聞かねばならないように感じて、真剣な目で〈待つ人〉の子供について質問をした。
 「外見はどんなですか。背もぼくと同じくらいじゃないですか」
 〈待つ人〉は体を横にして、テーブルごしのみさきの体を見た。みさきはこの時たしかにまなざしを浴びた。
 「そうだねえ、同じくらい。体も痩せ型で、手足の細い感じなんかも似ているね。」
 「他には?顔とか、髪とか、しゃべり方とか。ぼくのこと、本当は知ってませんか」
 みさきは〈待つ人〉の顔をしっかりと見た。
 「髪の感じなんかはたしかにそっくりかもねえ。まっすぐな黒色で、ちょっと耳にかかるくらいの長めで。そろそろ散髪しないとって思ってたんだけどね、最近伸びてきちゃって。でもね、やっぱりうちの子とは違うよ」
 〈待つ人〉は笑うようにして、簡単に否定するのだった。
 「どこらへんが違いますか。待っている子と、ぼくとでは。声の低さ?目のあたり?」
 「うーん。たとえばうちの子は、目元に大きめのホクロがあって……」と言いかけて、〈待つ人〉はみさきの同じ位置にも、同じようなホクロがあることに気づいた。
 「アハハ、特徴が合うね。待って、写真があったから、持ってくるわ。見たら全然違う子だってわかるでしょう」

 〈待つ人〉は立ち上がって、壁際に置かれた棚をあけて、写真を探した。
 みさきはこの〈待つ人〉の家が、急に自分にとって大切なところなのではないかと思われてきた。イスの座り心地も、お茶の味も、壁に飾られた暗い絵も、どこか知っているような気がする。なにより〈待つ人〉の立ち姿に、やっぱり見覚えがあった。はじめて会ったはずの大人の女の人のはずが、これまでにずっとそばにいたように思われてきた。

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 「これね、私と子供の写真」
 〈待つ人〉はフレームに入った写真をみさきに見せた。オモチャ屋のようなところを背景にして、二人の人が微笑んでいる写真だ。一人は〈待つ人〉で、もう一人は子供が映っている。その子供の顔や姿を目にして、みさきは一瞬で理解した。
 「ぼくです!これはぼくです!あなたの待っているみさきって、ぼくじゃないですか。今はでかけていて夕方に帰ってくるっていう子は、本当はぼくなんじゃないですか?」
 〈待つ人〉の横に写っていたのは、みさき自身に見える少年だった。頬のりんかくのすこし曲がった感じも、あまり明るくはない目も、どれもこれもみさきの特徴を示していた。
 「ちょっとは似てるところもあるかもしれないけどねえ……」と、〈待つ人〉はみさきの反応が意外な様子だ。
 「みさきって子とぼくは、何がそんなに違うんですか?話し方も、話すことも、同じにできます。ぼくもみさきです。この子なんです!」
 みさきは〈待つ人〉に訴えたけれど、強く言えば言うほど、〈待つ人〉をとまどわせるだけだった。
 「あなたもたしかにみさきなんだろうけど、それでもわたしのみさきにはならないの。もう小さな子じゃないんだし、わかるでしょう?わたしたちはこの岩の島に根づいていて、ずっと一緒にくらしてきたの。あなたみたいに、漂ってなんていない」
 この家の子にはなれないのだ。みさきは全身の力が抜けた。〈待つ人〉になんとかわかってもらえないかと、みさきは言葉を探したけれど、口から次の声は出て来なかった。

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 そうこうしているうちに、家の裏手の方から物音が聞こえてきた。岸辺に舟が着いたのだ。
 「ああ、帰ってきたみたい。ちょっと出てくるけど、どうぞお茶でも飲んで待ってて。たくさんあるから、夕食も食べていってね」
 〈待つ人〉はそう言うと、裏口から出て、自分の子の方のみさきを迎えるために出ていった。
 一人になったみさきは、このままもう一人のみさきと会うわけにはいかないと感じて、立ち上がり、表玄関から出て行った。空には茜色のまだら模様が層を重ねるように色をつけ、深く、すこしばかり毒々しい色彩で夕暮れを飾っていた。みさきは〈待つ人〉の家を足早に離れ、どんな波にもたじろがないような巨大な岩場を通り、自分だけの〈舟の家〉へと戻った。潔癖なステンレスの台所と片付きすぎたリビングのある、ずっと見慣れてきたいつもの部屋だ。
 みさきが一人、窓の外をながめると、〈待つ人〉の家の明かりが見えた。あたたかな光がこぼれる窓には、長い髪をした〈待つ人〉と、小さな、みさきと同じ背丈の子の影がある。あの子は今夜、あの光のなかで〈待つ人〉と一緒にシチューを食べるのだ。
 「みさき」
 とみさきは聞きとられることのない声で呼びかけて、返事がこないことをたしかめた。
 かげりつつある夕暮れの空は、赤々とした太陽の色彩を地上にそそいでいる。茜色の光の強さをさえぎるために、みさきはカーテンをしめた。

  
   つづく

 

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