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短編小説「完璧な家」遊べなかった子#12

ひきこもり当事者・喜久井(きくい)ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

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文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer  

 

    完璧な家

 

 一つだけの島に、一つだけの家があった。
 その家は砂で作られていて、〈直す人〉一人だけが、砂の家のためにもくもくと働いていた。浜辺の砂を集めては、水のスプレーを吹きかけたり、ヘラで形を調節している。家の壁をかため、中には家具を置いて、細かな修飾までほどこした。砂といっても、金色や銀色の粒をたくさん含んでいて、砂の家は全体が光り輝いている。〈直す人〉は一人、 光の反射のしかたまで考えながら、見事な砂の家を建てているのだった。
 「この砂の家に住んでいるんですか」
 とみさきが聞くと、〈直す人〉は快活に答えた。
 「そのとおり!わたしたち一家が住んでいるんだよ。今は大事なところへ出かけているけど、そろそろ子供も帰ってくる。この家はすぐに飛んで行ってしまうもんだからね、留守のあいだじゅう、ずっと見張ってないといけないんだ」
 〈直す人〉は、あっちへ行きこっちへ行きと、忙しく動き回りながら答えた。
 そんなに頑丈にできているのかなと思い、みさきは家の壁を軽くなでた。するとそれだけで、壁の表面の砂はポロポロと流れ落ちていく。みさきは、〈直す人〉にバレなかったかなとドキドキした。
 「わたし一人でこの家をまかなっているんだ。北に向かって吹く風が、すぐにこの大事な家を削り取っていってしまう。毎日休まず、がんばって、働き続けないといけない。いやまったく、たいへんな仕事だよ」
 〈直す人〉は、手で砂壁を押さえつけながら言った。

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 みさきは、窓になってあいているところから、砂の家の中を見た。家具も飾りも全部が砂でできている。勉強机もベッドも、オモチャまで全部が砂だった。どれも光の粒を含んでいて、まるで宝石細工でできているみたいにキラキラしている。
 「もしかして、ここが子供部屋ですか」
 そう聞くと、〈直す人〉は嬉しそうな顔をした。
 「見てのとおり、そうだよ!そこが一番手間をかけているところだよ。さわる時には気をつけるようにね。すこしの位置も変えてはいけない。砂の粒一つの位置だって、考え抜いて配置しているんだからね」 
 と、〈直す人〉はみさきに注意した。
 「でも、それじゃあ生活できないじゃないですか。あんなベッドで眠ったって、寝返り一つしたら、砂がめちゃくちゃになっちゃいます」
 とみさきは嫌な気分で言った。
 「完璧な家には、完璧な人しか住めないだろうね。その点、うちの子は大丈夫。ベッドでも食卓でもどこでも、規律正しい暮らしをしていれば、この家で幸せにくらしていけるんだ」
 〈直す人〉は自慢げに言う。
 みさきは光の粒でできた部屋の中を見つめた。この部屋に住むためには、どれだけ気をつかいながら、どれだけ良い子でなければならないんだろう。みさきにはとても暮らしていけそうになかった。

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 ふと、気まぐれな夕暮れの空が、島に強い風をよこした。壁の細かな装飾がわずかに乱れて、砂の角度が少しだけ変わる。〈直す人〉は、
 「あぁ、またか!今日はこれで13回目だよ!」と、うんざりしたような、でもどこか喜んでいるような声を出した。
 形が崩れたわけではないけれど、〈直す人〉はいそいそと修復にとりかかる。〈直す人〉には完璧な家のかたちがイメージできていて、それと少しでも違うと、敏感に反応するようだった。
 指先で注意深く砂の位置をととのえながら、〈直す人〉はみさきに言った。
 「海を旅しているあなたには、家をつくってくれる人がいないのか。とても悲しいことだねえ、それは!自分のために汗を流してくれる人がいないってことは、残念なことだよ」
 〈直す人〉にそう言われて、みさきは不意に胸が詰まった。
 「ああ、ぼくは……」みさきは言った。
 「完璧な子じゃないんです」
 みさきはどこか悪さをしたような気がして、「ごめんなさい」とつけくわえた。
 「でも努力すれば、いつかあなたもこんな部屋に住めるようになるよ!うちの子だって、小さなころはこの砂の家に慣れなくて、よく駄々をこねたけど、今ではこの完璧な家を気に入っているもの!」
 この〈直す人〉はたぶん、雨の時も嵐の時も、同じことをして、これからもずっと完璧な家を作りつづけているのだろう。
 「・・・・・・イスに座ることにも気をつかうなんて、ぼくにはできません」
 みさきはつぶやいたけれど、風の音にかき消されて、声はとどかなかった。
 「ぼく、もう行きます。お邪魔しました」
 みさきは〈直す人〉にさよならを言って、立ち去ることにした。
 「そうかい?それじゃあね!ああ、それにしても、なんて忙しいんだろう!」
 〈直す人〉は自分の大変さを誇るようにして、落ち着いてあいさつもしなかった。みさきがいてもいなくても、〈直す人〉は夕暮れの風をあびながら、砂の家の修復を続けている。たぶん大きな風がやってきても、大きな波がやってきても、〈直す人〉はこの家とともにいるだろう。
 夕闇の暮れかかる空が、彼方で赤黒くよどんでいた。遠いところからくる風が、たった一つだけの島には吹きわたっている。そうしてたった一つだけの砂の家を、またほんのすこしだけ削り取っていく。
 やわらかな波は、みさきの乗った〈舟の家〉を押し流して、沖へとゆるやかに旅立たせた。離れていく島の夕景の中、砂の家はきらきらと輝いていた。

 

   つづく

 

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