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短編小説「少年冒険家レオと夕暮れの子」 遊べなかった子#15

ひきこもり当事者・喜久井ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

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文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer 


    少年冒険家レオと夕暮れの子


 ある日の夕暮れ、“少年冒険家”レオは、新たな島に到着した。レオは「少年旅団」の船に乗り、いくつもの島をめぐってきたけれど、これまでに見た土地と比べても奇妙なところだ。夕焼けに照らされた島は、鉄の色をした荒野が広がってる。そしてあちらこちらに、読みかけの雑誌や、ぞんざいに積み重なった衣服、コードのからまったテレビゲームなどが散らかっていた。誰かが暮らしているようでいて、まるで居られるようなところではない、悪夢みたいなところだ。だがそんなところにも、一人の少年が住んでいた。
 レオが一人きりの住人と出会ったとき、その少年は沈むことのない夕暮れを、座ってじっと見つめていた。レオは持ち前の明るさで、その少年に話しかけた。
 「やあ!この島は君の国なのか?ずっと夕焼けを見ていたようだけど、何かを探しているの?」
 少年はレオの出現に驚くこともなく、座ったままで返事をした。聞くと少年の名前はみさきと言って、この島にはしばらく前に着いただけだという。他には誰もおらず、はじめからあちこちにゲーム機や服が散らかっていた。
 「あなたは誰なの。立派な船に乗ってきたみたいだけど」
 「僕か?僕はレオ。あの船はミカイミライ号と言って、僕ら少年旅団がこの海を渡っていくための、大事な相棒なんだ」
 レオは瞳を輝かさせながら、みさきという少年にこれまでの冒険譚を語った。
 「僕の故郷のムジナの町は、とても美しく、平和な土地だった。それをある時、凶悪なリヴァイアサンが前触れもなく襲ってきた。リヴァイアサンは、僕たちの夢を食べる怪物なんだ。僕の仲間の“幻想音楽家”ヒカリからは、何よりも大切な〈音〉を奪った。そして“王家画家”のマナビアからは、欠かすことのできない〈色〉を奪った。そして僕からは、唯一の〈思い出〉を奪っていったんだ」
 さらにレオは、リヴァイアサンを倒すためには全部で三つある「夜の書」が必要で、それを二つまでは集めていること。もう一つを見つけたなら、〈さいはての海〉でリヴァイアサンとの決闘があることを語った。長い冒険によって綴られる自分たちの道筋を、みさきという少年は静かに聞いていた。 
 「……と、いうわけなんだ。でも悪いね、突然こんなこと話されても、わからないか」
 ほがらかに語るレオの言葉に、みさきは答えた。
 「いや、この海でそんな旅をしている人たちがいるなんて、知らなかったよ。面白いと思う。物語の主人公みたいで……。見つかるといいね、最後の『夜の書』が」

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 「ところで、君はこの島にいて、何をしているんだ?この夕焼けで紅く染まった海を見続けて、どんな目的がある?」
 レオの問いかけに、少年はうまく答えられないようだった。
 「ぼくは……自分の〈舟の家〉に乗って、ただこの海を漂ってきた。これまでは一つの島に着けば誰かがいたんだけど、この鉄の島には誰もいなくて、ぼくは初めて、自分だけの島にできると思えた。この島の空はいつだって夕焼けだから、何日が過ぎていったのかは分からない。でもぼくははじめて、自分の時間を過ごせた気がしてる……」
 少年が言うように、この島ではずっと夕暮れが続いていた。何日ものあいだ太陽の沈まない白夜があるように、夕暮れしか続かない空があるのだった。
 「ふうん。君のことはよく知らないけど、よかったら、僕たち少年旅団に入らないか?さっき話した以外にも、仲間たちはたくさんいる。君だってもしかしたら、思い出とか、記憶とか、リヴァイアサンによって何か大事なものを奪われているのかもしれない。僕たちと一緒に、ミカイミライ号に乗ってこの海を旅していこうよ」
 レオを熱い視線を向けて少年を誘った。みさきは少し考えてから、レオの誘いを静かに断った。
 「ぼくはたぶん、その怪物のせいでどうかしたわけじゃないよ。誰が悪いとか、何をしないといけないとか、そういうことじゃないんだ。ぼくは行けない。今はここが自分の島になっていて、ぼくが旅立つとしても、それは今じゃない」
 「そうかい?残念だな」
 レオは砂地を踏みしめて、体の半分をミカイミライ号に向けた。レオもみさきも、言うべきこともやるべきことはなく、しばらくのあいだ黙っているだけだった。冒険のヒントになるものもなく、アイテムになるものもなかった。夕焼けはいつまでも赤く、みさきの荒れた土地を照らしている。レオとみさきにとって、ただ時間が過ぎていっているだけだった。
 「それじゃあ、ぼくはもう行くよ。この島には、他に見るものないのだろう?」
 レオが沈黙をやぶり、みさきは返事をした。
 「そうだね。またどこかで」
 「さよなら」
 「うん。さよなら」
 レオはみさきから離れていき、ミカイミライ号へと戻っていった。みさきは、力強い足取りで去っていく、レオの背中を見送った。レオの姿が消えてしばらくすると、ミカイミライ号からは少年たちの話す声や物音が響き聞こえてきた。レオと仲間たちが、次の目的地に向けて話しているのだ。

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 やがて船体がゆっくりと動き出して、みさきのいる鉄の島の岸部から身を起こした。ミカイミライ号が自ら起こす波音とともに、うっすらと聞こえていた笑い声も遠のいていく。船は夕暮れの薄い明るい空の方へと進んでいき、陽ざしにつつまれていった。みさきは遠のいていく少年旅団の船影を、一人岩地に座ったままで見送った。周囲には鉄の地面と散らかった生活の物々が転がっていて、いつまでたっても夕焼けだった。

 

 

 どれくらいの日々が過ぎていったのかわからないけれど、みさきはある時、自分のものになっていた鉄と夕暮れの島を捨てて、久しぶりに〈舟の家〉へと戻っていった。そして少しだけ強い思いで、どこかまだ見たことのない、大きな陸地に行こうと思った。〈舟の家〉は流されるだけではなく、わずかな目的をもって動き出していた。

 

   つづく

 

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 執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の三年間は同世代との交流をせずに過ごした。二十代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験する。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆。個人ブログ http://kikui-y.hatenablog.com/