ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

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【暗い曲トップ10】孤独の絶唱。日本音楽史に残る暗黒の歌い手十傑(煉獄編) 友川かずき・丸山明宏他

  地上の煉獄となったこの人生は
  艱難辛苦の風雨に打たれ
  救いのない道のりをただ歩まされる。
  しかし眼前をも見失わせる暗夜が
  極小の光をも見出させ
  遠い灯台となって道標となる時、
  それはやがて体温を蘇らせる
  極夜を焼く希望へと至る。

  そうだ。
  どんな夜にも音楽という灯はあった。

 

独断と偏愛からなる十人の歌い手紹介・煉獄編をここに記す。

 

※この記事はオススメの曲を紹介するものですが、執筆者の文章をはじめ過剰な表現が含まれています。ご了承ください。 

 前回 暗黒の歌い手十傑(呪怨編)

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其之六 闇の底よりの絶叫者 友川かずき

ゴールデン☆ベスト

 無数のフォークシンガー達が跳梁跋扈した七十年代半ばの日本にあっても、友川かずき(現 友川カズキ)のドス黒く怒声的な歌声は比類ない響きを臓腑にもたらした。「殺してやる」と連呼する「彼方」(1980)、弟の自死を歌う「無残の美」(1986)など、日本の高度経済成長期及びバブル期の高揚などこの音楽世界においては皆無であり、やがて来るJ-POPの隆盛の異物かつ遺物となって、途絶えることのない絶叫を時代の奥底から轟かせている。
 初期の作品の一つ「生きてるって言ってみろ」(1977)は、地獄往く者等の生命力を呼び、困窮の渦中に自他へ向けた叱咤激励をくり返し叫ぶ代表曲。

ビッショリ汚れた手拭いを
腰にゆわえてトボトボと
死人でもあるまいに
自分の家の前で立ち止まり
覚悟を決めてドアを押す
地獄でもあるまいに
生きてるって言ってみろ
生きてるって言ってみろ
生きてるって言ってみろ

(「生きてるって言ってみろ」)

 

 

其之七 最前衛の音楽破壊者 オノ・ヨーコ

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 「Sukiyaki」の坂本九、指揮者の小澤征爾、作曲家の坂本龍一等、欧米の音楽業界において名をはせた日本人は少なからず思い浮かべることができるにせよ、それでも20世紀という時代に最も深くその名を刻印した日本名は、最終的にはオノ・ヨーコ(Yoko Ono)に第一席の座をゆずる他ないだろう。八十五歳の世界的な現代芸術家にして、2018年にも新作を産出した現役の前衛音楽家であるオノ・ヨーコは、パンクの元祖とも評される音楽の破壊者であり、鑑賞者を困惑の渦に巻き込む奇怪奇声の持ち主である。
 1973年発表のアルバム『無限の大宇宙』の邦題には「世界は何てひどい野郎なんだろう」や「ガラス窓に顔をぶちこみたい」などヒッピー的なノリも見られるが、22分を越える大曲「Fly」(1971)等、嬰児の泣き喚くがごとくの歌詞表記不能の作品世界は、時に聞く者の狂気的な精神の夜を同質の狂気によって相殺せんばかりの感応を与える。

 

其之八 偉才が咲かせた大輪の華 丸山明宏

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 1950年代から日本のシンガーソングライターの草分けとなる活躍をし、性を越境した立ち居振る舞いでシスターボーイと呼ばれたエンターティナーである、極限的な異彩を放つ不世出の才人・丸山明宏(現 美輪明宏)。その人生の背後には自伝『紫の履歴書』で語った壮絶な半生があり、長崎での被爆から時代を代表する文化人達との交流まで、舞台表現を広く多彩にさせる深甚な人生経験を持つ。しかし1965年の「ヨイトマケの唄」においてはその派手な衣装も脱ぎ捨ててステージに立ち、自らの作詞作曲による愛と辛苦に満ちた怒涛の言霊を召喚した。

今も聞こえる ヨイトマケの唄
今も聞こえる あの子守唄
工事現場のひるやすみ
たばこをふかして 目を閉じりゃ
聞こえてくるよ あの唄が
働く土方の あの唄が
貧しい土方の あの唄が

(「ヨイトマケの唄」)

 私は「愛の賛歌」等を歌い上げるその舞台を直接に聴き、黄金の風が客席に吹き来るような迫力を体に浴びた。あの霊験的なまでの歌声は、他の音楽鑑賞では体感したことのない感動の痺れを身体に覚えさせている。

 

番外 灰野敬二 及びノイズミュージックと現代音楽

息をしているまま

 灰野敬二のライブでは、直接聞くとあまりの爆音に鼓膜を痛めるため、あるファンが事前に耳栓をしてライブに臨んだというエピソードがある。灰野敬二もしくは不失者としての演奏は、通常言われる意味での音楽ではなく、メロディーや構成の破綻(又は過剰)を突き詰めた現代音楽がプレイされる。唯我独尊の境地で剥き出しの音を響かせて謎の狂熱に墜落させる、解説不能の没我的世界への案内人である。
 なお現代音楽ジャンルにおいては表現上挑戦的な試みが多種多彩に噴出し、時に血迷ったかに思えるものも少なくないが、個人的には蛙を次々にひき潰していくような電子音を聞かせた「ATAK006」(高橋悠治)が抜群に気色悪い一枚として記憶に残っている。

 

其之九 明治・大正の歴史的演歌師 添田啞蟬坊

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 添田啞蟬坊(表記によっては添田唖蝉坊)は明治・大正に時事諷刺的な歌詞を聞かせた「演歌師」を代表する一人であり、時代が古いため生の録音を聞くことができないにしても、実子の添田知道をはじめ高田渡等フォークシンガーによって歌い継がれる歴史的音楽家である。

ああ金の世や金の世や 地獄の沙汰も金次第 笑うも金よ泣くも金
一も二も金三も金 親子の中を割くも金 夫婦の縁を切るも金
強欲非道とそしろうが 我利我利亡者と罵ろが 痛くも痒くもあるものか
金になりさえすればよい 人の難儀や迷惑に 遠慮していちゃ身が立たぬ

(「ああ金の世や」)

 演説を歌で行ったことは「演歌」の由来となっているが、その遺伝子を受け継いだのは初期のフォークソングであり、挑発的・鬱憤晴らし的な音楽性を持った岡林信康等60年代末の日本語音楽に開花し、数多くの名曲を生み出している。演歌の精神は政治に翻弄された民衆の悲哀を切り取り、地獄の沙汰と化す今生の苦悩を社会的義憤へと転換させる音楽的効用を持って、時代を動かす膂力を世情に打ち込んだ。

※写真は添田知道著『演歌師の生活』(雄山閣出版 1967年)より

 

其之十 杏 そして未知の歌い手たち

 Webで検索してもほとんど情報が出て来ないが、1973年にシングルレコード1枚を発表して以降行方知れずになった、杏、という女性デュオがいた。CDでもコンピレーションアルバム『喫茶ロック ソニー編』(ソノー・ミュジックレコーズ 2001年)に「輝く明日はない」と「風は何も恐れはしない」の二曲が収録されている他、詳細は不明。当時としては比較的軽快な編曲の元、二人の凛とした歌声が明瞭なハーモニーを刻み、悲観的に綴られた歌詞がひしひしと迫る楽曲である。

昨日と同じことが 起こりそうな気がする
夕陽に叫んでみても 涙さえ消えない
妹よ 泣かないで 笑顔を見せて
私は行ってしまうけど 仕方がないことさ
夢を求めて行くんじゃない
悪くなるものから ただ逃げるだけ

崩れてしまった夢は もう直せはしない
命が永久に続いても 輝く明日はない
(「輝く明日はない」)

 無論暗い音楽のある歌い手たちを挙げるなら他にも著名な人々、たとえば現役の美川憲一森進一井上陽水北原ミレイ荒井由実松任谷由実)、谷山浩子さだまさしから、中山ラビ森田童子佐井好子、年代を下りおおたか静流鬼塚ちひろ、またジャンルをまたいで声楽の永田弦次郎、アイヌ音楽の安東ウメ子等、名を挙げるべき歌手達は無数にいる。それでもなお無名の歌い手を最後に挙げたのは、未だ知らざる音楽の存在そのものが私にとって希望との紐帯になってきたためだ。
 私は幼少期の心的暴力も人間関係の混迷も精神疾患も経験し、絶望の果てと思われた境地の先にさらなる果てを見た。しかしあらゆる災厄の奔流にあっても未聴の音楽が絶望の末えにも共鳴し慰めるものとなり、まだ自分の浅薄な知見によっては及ばない、悲壮の極みとなる声による藝術創造が今生にはあるのだという希望を抱かせた。この小さな人身一つを生き延びさせたのは、朗唱であり絶叫であり悲鳴であり嗚咽である、極夜にともしびをかかげた音楽の星霜だったのである。

 

   

 

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 執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の三年間は同世代との交流をせずに過ごした。二十代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆。個人ブログ http://kikui-y.hatenablog.com/

 

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