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よしこの家出

 f:id:ten_20:20181206230526j:plain(文・秋久 いつか)


ちょうど十年前の大晦日。

 

一人暮らしのちいさな部屋を掃除して、玄関に正月飾りをつけた。

 それから電車とバスを乗りついで30分ほどの実家に帰ると、ふてくされた顔の父が、一人で出迎えてくれた。

 

母と口論になったらしい。

 

お世辞にも仲が良いとは言えない夫婦だが、たがいが妥協に妥協をかさね、ギリギリのところで関係を保っている。

保っているはずだったのだが・・・その日に限って、父は母の逆鱗に触れたらしい。

 

「しばらく帰らない」

 

そう言い残し、母は家を飛び出したのだという。

 

父と二人きりで迎える、はじめての大晦日。

いつもなら、母がおせち作りに奮闘しているはずの日だ。

 

大きなエビを醤油で焼いたもの、筑前煮、あまい黒豆、かまぼこ、いくら、出汁巻き卵。それらを三段のお重にぎゅうぎゅうに詰める。入りきらなかった分を夕食にして、紅白を見ながら家族三人で過ごす。

 

それが、私が生まれてから23年続いてきた、我が家の『大晦日』だった。

11時半ごろになると、ゆずの皮が乗った、あたたかい年越しそばも出てくるはずだ。

 

でも、当たり前だが、その日テーブルの上には何もない。

 

父と二人でコンビニに出かけた。

夕食のお弁当と、ペットボトルのお茶と、それから母不在で迎えるであろう新年に備えて、五千円のおせちを買った。食材がやたら色あざやかで、テッカテカに光っているおせち。

 

家に帰り、お弁当を食べながらテレビをつけると、ちょうど『絶対に笑ってはいけない24時』という番組がはじまった。

 

芸人達の目の前で、面白いアクシデントが次々と起こる。それを見て笑ってしまうと、尻を叩かれる。

笑う、叩かれる、笑う、叩かれる。

その光景が、年が明けるまで延々と続く番組である。

 

いつもはそういったバラエティ番組を「下品だ」と言って見ない父が、なぜかその日は、その番組にチャンネルを合わせた。

 

帰還

 

母の家出から3日が経った。

父と言葉少なにテッカテカのおせちをつつき回していると、玄関でガチャガチャと鍵を回す音がした。父の方をちらっと見たが、席を立つ様子はない。仕方なく私だけが立ち上がった。

 

玄関まで出迎えに行くと、そこには見知らぬ人が立っていた。

 

というのは大げさで、立っていたのは、もちろん母だ。母なのだが・・

家出から帰りたてホヤホヤの母は、本当に、見知らぬ人に見えたのだ。

 

乱れた髪があっちこっちに逆立っている。

洗濯できなかったのだろうか、服もどことなく薄汚れ、なにより見るからにやつれている。

 でも口元はぎゅっと固く結ばれ、目だけが妙にギラギラと光っていて、異様な迫力があった。

 

何かに似ている・・

 

そう、落ち武者だ。テレビのコントでよく見る、あの頭に矢が刺さった・・・

 私は戸惑った。

ずっと母だと信じていたものが、急に得体のしれない、なんか落ち武者みたいなものに生まれ変わって帰ってきてしまった。

 

その不気味さに戸惑いながらも、私は母に

「おかえりなさい」と言った。

 

母よ、健やかであれ

 

あれから十年。父は病気で亡くなり、母は一人暮らしになった。

『一人暮らしの老人は認知症になりやすい』と聞く。心配になった私は、母に猫をプレゼントした。最初は痩せた猫だったのだが、母の愛情と言う名の怒涛のおやつ攻めによって、みるみる太っていった。

 

「お父さんが死んでさびしい」

そう言いながら、母もみるみる太っていった。ごはんが美味しいらしい。

 

夫婦のかたちは色々だ。仲睦まじい夫婦もいれば、うちみたいなのもいる。

父と母は最後まで足を引っ張り合い、互いをどつきまわしながら、それでも二人で長い夫婦生活を完走した。

 

そりゃあ、選べるならば私も、仲のいい両親の元に生まれたかったけれど・・今となっては、それもまた一興だろう。

 

ちなみに、あの正月以来、母よしこはおせちを作っていない。