ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

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コンプレックスの行方

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著:ゆりな 

見ないように、考えないようにして、心の隅に追いやったコンプレックスは、
いつまでも私を"過去"に縛り付ける。
 
私が「学歴」というものに縛り続けられている背景には、学生時代の1つの後悔がある。
いじめや母親との確執から、自らの自信を喪失し、人生の主導権を放棄し始めた頃は、奇しくも、大学の進学先を決める指定校推薦の時期だった。
 
「この先の人生なんてどうでもいい」
「なんでもいいから、早く決めて、自分の未来を考えることから解放されたい」
私の気持ちは悲観的な感情で満たされていた。
そして、時は流れるまま、私は後悔と共に、望んでもない大学に入学した。
 
入学後は、そこで頑張る意味を見出だせず、何のために勉強しているのか分からなかった。
かつて母親が望み、そして母親が望んだからこそ抱いた、私のその大学に対する憧れは
毎日、学校に通っても、単位を取ることができても、
授業で何か初めてのことにチャレンジして、自分にとっての新しい発見に心を動かされたとしても
「この感情は嘘だ!」と
私は価値を見捨てた。
実際に入学した大学が、憧れた大学に比べて偏差値が低いことは、私の後悔をさらに強めた。
それでも、
「入ったからにはちゃんと資格を取って卒業しなくては」と、
私は、闇雲にその思いだけで4年間を乗りきった。
 
 
そして社会人となり、私は引きこもり関連の、運営の方々と出会うご縁を頂いた。自らのことを話すのにはいつも躊躇してしまうが、私は恐る恐る、自身の学歴コンプレックスについて話してみた。
そして、その会話の中で生まれたスタッフの方の言葉は、私に1つの気付きをくれた。 
 
「不登校やひきこもりの当事者の会に行ったり、今は社会にも出て、働いてる。
しかも大学も出てて、資格も持ってる。それでも、ゆりなさんの中では学歴コンプレックスは抜けないんだね」
 
そう言われたとき、私の中の自意識が揺さぶられた。
このような言葉をかけてもらってもなお、
まだコンプレックスが体の中に居座り続けている自分に気付いたのだ。
スタッフの方から見たら、
私はもう、コンプレックスを手放してもいいのではないかと、
その努力を労う発言は私を温かい気持ちにさせてくれた。
しかし、それでも私は「学歴」というものにこだわり続けている。
 
私は自分の人格と酷く癒着したコンプレックスというものの存在に、嫌悪感が募った。
 
 
コンプレックスを抱えながら生きることは苦しい。
コンプレックスは時に、人を嫉妬に狂わせ、人を許せなくし、自らの視野も狭め、思考を歪曲させる。 
そして、 置き去りのままにされた、それは、何気ない会話の中でふと、私の感情として突如沸き上がることがある。
それは今も、私の体の中で過去は呼吸し、
コンプレックスが息を潜めている証拠だ。 
 
そんなコンプレックスを抱えたまま生きることの苦しさに向き合い続け、
「私にとってコンプレックスを抱えるということは、後ろを絶えず気にして、過去を振り返りながら生きている感覚に等しい。 
私はいつまで経っても"今"を生きることが出来ないのだな」と強く悟った。
 
私はこのままずっと"過去"を生き続けるのか……落胆と孤独に苛まれた。
 
しかしある人の言葉が頭をよぎった。
「自分の生き方に納得しながら生きていることが、僕にとっての幸せです」
 
私は、この言葉を頭の中で何度も巡らせた。
彼の口から出た思いに、今の自分の、コンプレックスに対する後ろめたさを重ねた。
そして、自分自身に問いかけ続けるうちに
それは、私の中での、生きやすくなるためのヒントとなっていった。
 
自分のやりたいことで、自分の生き方に納得しながら、自分の力で生活できたとき、
初めてそのコンプレックスにしっかり向き合い、それまでの自分を認めてあげることが出来るのではないか
 
私が今できることは、自分の気持ちに素直に、丁寧に、日々を積み重ねることなのではないか、と。
 
彼にとっての幸福を感じる生き方は、
私にとってのコンプレックスに対する向き合い方を、そっと変えてくれた。
 
私は微かに芽生えたこの感情に、これからの道しるべとなる温もりを感じる。
 
そして、いつか過去の自分を迎えにいけるように、無責任に流れる時の中で、
私は、私に寄り添って生きていきたい。