ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

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短編小説「公的な害獣」遊べなかった子 #23

ひきこもり当事者・喜久井ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。 

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文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer

 

   公的な害獣


 みさきは新大陸にたどり着いて以来、新しい家族に迎え入れられていた。山あいにあるハコテツ町というところで、あたりまえのことのように、ある家の子供になった。

 みさきは何週間もその家で過ごした。みさきを入れて5人家族になる。家のことはナイチさんが取り仕切っていた。ナイチさんのパートナーは、朝早くから夜遅くまで出かけているせいで、ほとんど会うことがない。けれどみさきと同い年のリク君と、まだ小さなヒロちゃんがいるので、家の中はにぎやかだった。

 あたたかな春の気候で、町も過ごしやすい。毎日がおだやかで、これまでの〈舟の家〉での旅が嘘みたいだった。朝、ナイチさんの声で朝食に呼ばれると、リク君とヒロちゃんの3人で食卓につく。ヒロちゃんが眠そうにしていると、リク君がふざけてくすぐって、ヒロちゃんが笑う。そうするともう目を覚ましていて、3人で「いただきます!」と声を出す。朝食はご飯とお味噌汁に、よく魚のおかずが出る。ナイチさんは働き者だった。太めの体なので、足をどしどしいわせながら、朝ごはんのあとは洗濯や掃除をする。はじめて会った時から丸いニコニコ顔で、みさきのことも、他の二人と分け隔てなく接してくれた。

 みさきはお昼まで、リク君とヒロちゃんと一緒に勉強をする。勉強といっても、少し本を読むのと、ごく簡単な算数の問題をするくらいだ。一時間くらいで終わったあとは、ヒロちゃんに文字の読み書きを教える。みさきが絵本を読みあげると、ヒロちゃんは集中して聞いてくれた。けれどリク君がよく口を出してきて、物語を大げさでふざけた話に変える。そうするとおかしくなって、三人とも笑い、勉強どころではなくなるのだった。
 「もう、全然お話が進まないじゃないか!」
 「みさきだって笑ってるだろ、ほら、見てみろよこれ」と言って、リク君は絵本のページを指さして冗談を言う。それでまた、三人とも笑ってしまうのだった。

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 お昼にはよく、ナイチさんお手製のパンが出た。バターやはちみつもあって、こうばしい香りが家中にひろがる。木造の家にほかほかの空気が満ち、窓の外からは春の光と花の香りが流れてくる。急かされることなく、家族一緒の食事を味わう。みさきが人と食べる時間を楽しいと感じたのは、生まれて初めてだったかもしれない。
 ある日には、ヒロちゃんが「ピーマン嫌いー!」とだだをこねた。ナイチさんは、
 「ほら、みさきお兄ちゃんだって食べてるでしょ」と言う。みさきがもぐもぐと口を動かすと、それを見たヒロちゃんは、はっきりと嫌そうな顔をするのだった。

 お昼すぎになると、毎日外へ遊びに出かけた。公園でリク君と他の子たちで集まり、ボール遊びをすることもあった。初めは苦手だったけれど、慣れればサッカーもドッチボールもできた。みさきは、自分が意外と運動音痴でないことを発見した。

 ある晴れた日には、家族一緒にピクニックへ行った。町のすぐそばにテツツキ山というところがあり、野花の咲く原っぱを4人で並び歩いた。野原にシートを広げて、ナイチさんの作ってくれたお弁当を食べる。ヒロちゃんとは手をつないで歩き、リク君とは木登りをした。食べて、動き回って、よく話した。一日中遊んで家に帰ると、体は満足気な疲れでいっぱいになっている。そんな日にみさきは、早い時間からぐっすりと眠った。

 ハコテツ町での暮らしは、一日の中にたくさんのものが詰まっていた。楽しさもつまらなさも、冗談話も口げんかも、得意なことも苦手なこともあった。町の市場で見る人たちや、公園にいる他の子たちも、どこかのんびりしたところがあって、みさきを悪く言う人はいない。みさきも町の子の一人として、特別なところなく受け入れられていた。

 ある日のこと、家族4人で町役場に行くことになった。ナイチさんは、何かの手続きがあるからと言って、リク君にあれこれ支度させている。ノートを用意したかとか、荷物の一つ一つに名前を書いたかとか、いつになく細かく言っていた。服もポリエステルの運動着で、上が白、下が紺色だ。模様のない頭巾がいるらしく、サイズやヒモの長さまで気にしている。準備ができたことを確かめてから、ナイチさんは予定の時間どおりに出かけ、4人で町役場へ行った。

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 「こんにちは」
 古びた建物を入ると、町役場の受付のおばさんと挨拶をする。人の好さそうなおばさんだった。
 「今日はどちらにご用ですか?」
 「『闘争課』です。うちのリクの定期試験で」と、ナイチさんが言う。受付のおばさんは知り合いらしく、「もうそんなになるのねぇ」と、しばらく世間話をした。町やナイチさんもいつもの調子で、のんびりしたものだった。
 役場の一階には「税金」や「戸籍」などの窓口があり、「闘争」の窓口は二階にあった。おばさんとあれこれ話したあと、みんなで二階に上がる。健康診断や予防接種か何かのように、待合室には他にも何組か家族連れがいた。ナイチさんとリク君が手続きを済ませたあと、みさきたちはしばらく待った。待合室のベンチはクッションが薄く、天井の蛍光灯の一つはチカチカしている。壁の掲示板には、お祭りや市民講座の案内ポスターが張られていたけれど、古いものはインクの色が落ちていた。小さな子向けの本が置かれていたので、ヒロちゃんにそれを読んでおとなしくしていた。
 20分ほどが経って、
 「リクくーん。こちらへどうぞー」と呼ぶ声がした。
 役所の部屋の中に入るため、ナイチさんとヒロちゃん、それにみさきはスリッパにはき替えた。靴はビニール袋に入れて、自分で持つとのことだった。リク君だけが用意してきた上履きをはいて、色は必ず白、所定の位置に名前を記入していることが決まりだった。
 部屋はタイル張りになっており、折り畳み式の机とパイプ椅子が端の方に置かれている。リク君以外がすみのパイプイスに座り、闘争を待つ。
 リク君は防具となる頭巾をかぶり、部屋にあった木刀を手にとる。
 「5608番のリク君で、間違いないですね?」と役場の人が聞く。
 「はい」
 「では、相手はこちらの害獣になります。がんばってください」
 「はい」
 と答えて、木刀をかまえる。部屋の中央で、リク君と害獣が立つ。
 みさきははじめ、部屋の真ん中にあるものを、四角い臓器のかたまりだと思った。巨大な牛か何かから、1メートルほどに四角く切り出されて、無造作に床に置かれているかたまりに見えた。かたまりは全体が赤黒く、剥き出しの血管や筋繊維がある。けれどそれは生き物で、闘いが始まるとずりずりと床を動き出し、円形の口を開いて歯のようなもので威嚇した。リク君がそいつを木刀で殴りつけると、重たいゴムを叩いたような音がする。その害獣は、ひどい下痢をした時のような音を出し、タコの足のようなものをゆっくりとリク君に伸ばし始めた。ナイチさんもヒロちゃんも、闘争課担当の役所の人も、平然としている。ヒロちゃんはイスが高かったので、足をブラブラさせていた。
 リク君は全力の力で、何度も木刀を害獣に叩きつける。害獣の口のあたりを突き立てると、はらわたのようなものが出てきて、効き目があるようだった。けれど触手のようなものがリク君の足をつかんで、バランスを崩したリク君が倒れた。すると顔を床に打ち付けて、鼻血が出てしまった。リク君は倒れながらも木刀を突き刺して、害獣の口の中にグリグリと押しこむ。害獣は心臓を潰されているらしく、異様な鳴き声を出す。
 闘いは十分ほどだった。害獣がリク君の脇腹を殴り、リク君は害獣の急所を何度も刺した。やがて害獣が動かなくなり、四角い体がグチャグチャに溶け出した。闘争がそれで終わりだった。
 「はーい、がんばりましたね。今回の定期試験はこれで以上になりますので、治療してお帰りください」と役所の人が言う。
 リク君は丸めたティッシュを鼻につめて、「これで外は歩きたくないなあ」と笑った。顔や腹部に青あざができていたけれど、誰も気にしていなかったので、みさきも何も言わなかった。
 「次回の日程はまた通知します。本日はお疲れさまでした」と役所の人が言い、ナイチさんが書類をもらっていた。ナイチさんが、
 「どうもお世話になりました」と答えてサインをし、頭を下げた。

 その日の帰りには、小さなお菓子屋に寄り道をした。ナイチさんは、リク君が「がんばったから」と言い、普段は食べないシュークリームを買った。ヒロちゃんが喜んでいたし、みさきの分もあった。夜には珍しく、ナイチさんのパートナーのウラウチさんも帰ってきており、5人で食卓を囲んだ。
 「闘争はどうだった?」とウラウチさんが聞くと、リク君は、
 「うん、まあまあだった。あ、シュークリームを買ったんだよ!」と言った。
 誰もいつもと変わらない様子で、一日が終わった。

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 それからも、みさきの毎日は平然と過ぎていった。午前にお勉強の時間があり、昼過ぎにはよく遊びに出かけ、ボールを蹴ったり、ヒロちゃんの相手をしたりした。夕食の時間にもナイチさんのおいしい手料理が出る。一日の終わりにはお風呂に入って、パジャマに着替え、歯を磨いて、眠る。町の人たちもやさしくて、友達と遊んでいるときに、八百屋のおばさんから桃をもらったこともある。
 少し変わったところでは、ナイチさんの知り合いで、家具職人をしている人の家に行った。仕事部屋に入ると、つやを出すための薬品のせいで、鼻につーんとくる匂いが強かった。みさきは職人さんからいろいろな道具を見せてもらい、試しに木を削るため道具を使わせてもらった。職人さんと違って木の板はデコボコになってしまったけれど、「なかなか筋がいいよ!弟子入りするかい?」と誉められて、みさきはうれしかった。

 ハコテツ町は毎日が春の気候で、気持ちよく過ごすことができる。山から海に向かって降りてくる風のおかげで、空気もさわやかだった。平和な時間が流れているところで、みさきはゆっくり生きていくことができた。

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 ある時、みさきの闘争の日時が決まった。一週間後なので、上履きやシャツを用意する必要ある。といっても、スーパーで買い物をするついでに頭巾などを買い、ナイチさんから言われたとおりに名前を書いていけばよかった。リク君や友達に闘争のことを話したけれど、「ふーん。あ、そう」とか、「オレもこのあいだ行った。めんどくさいよな」とか、どうでもよさそうな反応しか出てこない。誰からも何の説明もなく、一日が過ぎ、二日が過ぎ、変わらない一週間が経った。

 闘争の日、朝の玄関で、みさきはナイチさんから、
 「さ、そろそろ出かけましょうか」と言われた。
 みさきも行くのがあたりまえだと思っていたので、出かけるつもりだった。けれど、動かそうとしても体が動かない。
 「どうしたの?」とリク君が不思議がり、
 「まだー?」とヒロちゃんが無邪気に聞く。
 ナイチさんが腕を引っ張ってきたけれど、その時には体が反応し、家のドアから出ないように抵抗の動きをした。みさきの体は自分の思い通りに動かすことができず、みさき自身も、どうしていいかわらかない。
 「何かの病気なの?原因は?」と、ナイチさんが心配そうに聞く。みさきが伝えねばならないものは、この国に存在していない言葉だった。
 ひどい気分で数十分が過ぎ、ナイチさんはウラウチさんに電話をしていた。病院に連れて行った方がいいかとか、参戦しない場合は役場にどう言うのかとか、そんな話をしている。
 時間が固まってしまったような、恐ろしい時間があった。
 みさきは、動かない体を家の壁にもたれさせている。窓から見える町は暖かな陽ざしで、道行く人は上着を手にもって歩いていた。陽ざしは強くふり注いで、窓越しからみさきの目に光を刺している。
 みさきは思い通りにいかない自分の体のまま、この家にも居られないのだと予感した。季節は春だった。

 

 

 


 執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の3年間は同世代との交流なく過ごした。20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験している。2015年シューレ大学修了。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter

 

 

  次回  「記憶の島」

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  前回 「偉大だった国」

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