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なぜ彼女は軍隊に入ったのか?! フランスの女性ひきこもり当事者テルリエンヌとの対話 第4回

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作・テルリエンヌ
« ときどき私は、光と液体を写真に撮り、のちに画像編集ソフトで加工して、このような抽象作品をつくっています。

 

文・ぼそっと池井多 / テルリエンヌ

 

<プロフィール>
ぼそっと池井多 : 日本の男性ひきこもり、55歳。
テルリエンヌ :  フランスの女性ひきこもり、38歳。

 

第3回」からのつづき・・・

ひきこもりの軍隊経験 

テルリエンヌ:そして27歳のとき、わたしは軍隊に入ろうとしたの。

ぼそっと池井多:ぐっ、ぐんたい⁈

テルリエンヌ:そうです。三日間にわたって入隊試験を受けました。(*1)

  • *1. <コラム>フランス軍への入隊 

    フランスでは、18世紀のフランス革命以降、軍は徴兵制を採用してきた。 しかし、1990年代に軍は段階的に縮小され、2001年には志願制に変更された。テルリエンヌが入隊試験を受けた2007年は志願制のさなかであり、陸軍の兵力人員は約186,000であった。ちなみに日本の陸上自衛隊は約152,000人、志願制である。現在、マクロン大統領はテロリズムの脅威が増大しているため、徴兵制を復活させる予定である。

    2015年8月5日のロイターの記事(*2)により、フランス陸軍の入隊試験の様子を知ることができる。

    以下はその記事からの抜粋の拙訳。

    17歳から29歳、平均年齢21歳の30人の若者たちは、入隊試験のため、パリの東郊にあるこの基地で2日間過ごした。試験内容は、各種の体力テスト、心理的な強度を測るテスト、健康診断と入隊動機に関する面接試験。これら48時間にわたる試験の終わりに、それぞれのプロフィールが精査され、若き候補者たちはその結果によって、もっとも適性が対応する部署への配属へむけて、さっそく指導が開始される。

     

     *2. L'armée française et le défi du recrutement après les attentats
    REUTER, 3 August 2015
    https://fr.reuters.com/article/topNews/idFRKCN0Q81D220150803
     

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パリ12区、ヴァンセンヌの森にあるクール・ド・マレショー基地
写真・フランス陸軍

ぼそっと池井多: あのう、軍隊ってさ、あなたみたいな人が入っていくのとは、正反対のイメージがあるんですけど。

テルリエンヌ:そうなのよ。わたしが行くべき場所じゃなかった。とても悪い体験をしました。おかげで深いトラウマを負うことになりました。

さらに悪いことに、入隊テストを受けに行く前日に祖母が亡くなったの。それでわたしにとっては極端につらい体験となりました。

ぼそっと池井多: お気の毒なことです。なんでまた、あなたはとつぜん軍隊なんかに入ろうとしたの。それは、あなたのオタク趣味の延長にある何かだったの?

 

ひきこもりと外傷再演

テルリエンヌ:いくつか事情がありました。わたしは両親の家でひきこもっていたわけだけど、両親がリタイアして、パリ郊外の家を売り払って、ブルゴーニュの田舎に引っこむと言い始めたの。そうするとわたしは住む家がない。ホームレスとして独りパリ郊外に投げ出されることになる。でも軍隊へ入れば、兵営に住めるし、仕事も持てることになるし、社会的なつながりもできるだろう、と思って。

わたしに軍隊生活へのあこがれみたいなものは、これっぽちもなかったけれど、「あなたのように大学を卒業している人は、軍隊に入ればかなり優遇されて、よいポストにつけられて、社会復帰も好条件でかなうよ」とすすめる人がいて…。

ぼそっと池井多:でも、うまく行かなかったわけだね。

テルリエンヌ:そうなのよ。わたしにはあまりにも難しすぎる職場だった。入隊試験でわたしはベストを尽くしたつもりだけど、それはそれはひどい結果が出たわ。

ぼそっと池井多:興味深いね。日本でも、ひきこもりから脱するときに、まるでひきこもり生活と正反対にあたるような、シビアな仕事につこうとする人がいる。だから、続かない。精神医学では、そういう場合を外傷再演として説明したりもする。過去のトラウマを、知らず知らずのうちに再び体験する方向に、自らを駆り立ててしまうしまうんだね。

そんなことがあるものだから、私は「ひきこもり」と「過剰労働」は、コインの裏表のように近しい関係にあるものだと見ている。

 

テルリエンヌ:軍隊に入るのに失敗したわたしは、ANPE(*3)の求めるままに他の仕事探しを始めたの。一つ仕事を見つけたけれど、うまくできるだろうかと考えると、わたしは夜も眠れないほど不安になって、食事もとれなくなりました。自分を落ち着かせるために、一日じゅうお酒を飲むようになって、アルコール依存症になりました。

そして、見つけた仕事は、じっさいに着任する直前に辞退して、勤め始める前から辞めてしまったの。

それ以降、わたしはもう仕事を探すことも、社会復帰することもあきらめました。それで、生まれ育ったパリ郊外を離れて、ブルゴーニュへ引っ越す両親についていくことにしました。ブルゴーニュでは、相変わらず両親の家でひきこもりを続けることにしました。

結局、わたしは人生で一度も働いたことがないのです。

  • *3. ANPE: 国立雇用安定局(Agence Nationale Pour l’Emploi)、その後、組織改編されて現在は「ポール・アンプロワ」 « Pôle Emploi »として知られる。

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「2007年 モンパルナス駅」写真・テルリエンヌ 
モンパルナスはブルゴーニュ方面への列車が出るパリ南部のターミナル駅

 

 

 ・・・「第5回」へつづく

 

・・・この記事のフランス語版

・・・この記事の英語版