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バングラデシュのひきこもりイッポとの対話;世界最貧国におけるひきこもりの生活とは

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バングラデシュの首都ダッカの河畔

  文・インタビュー・ぼそっと池井多
写真・Pixabay

 

 

「日本が先進国で裕福だから、お前たちはひきこもれるのだ」
という人々がいる。
はたして、彼らが言っていることは本当か。
先進国でなくても、裕福でなくても、
ひきこもりになる人は、いるのではないか。

そんな疑問を、私はつとに抱き続けてきた。
それは私の実存にかかわる疑問であった。
多くの方のご助力を得てGHO(*1)を創設させていただいたのも、そんな疑問の答えを見つけたかったからかもしれない。 


これまで、先進国ではない国々のひきこもりとして、アルゼンチンのマルコ・アントニオ(*2)、フィリピンのCJ(*3)、などを紹介させていただいてきた。

そして今回、バングラデシュのイッポをご紹介する。
 
バングラデシュとは、インドの東にある比較的に小さな国で
面積は日本の4割ほど、イスラム教徒が9割近くを占める。

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バングラデシュは、世界でも最も貧しい国のうちの一つである。
 
一人当たりのGDPは904ドル。
世界平均の1割にも届いていない数字である。(*4)
1日2ドル未満で暮らす貧困層は、国民の75%を超えている。(*5)


バングラデシュが位置する巨大なデルタ地域は、歴史をさかのぼると、過去に「黄金のベンガル」と言われていた時代もあったほど、肥沃な地帯である。
膨大な人口と労働力を持っていることから潜在的な経済力は高いが、洪水などの自然災害や不安定な政情で、現在では最貧国の一つに数えられているわけである。
 
イスラム過激派も活動している。
2016年7月1日に発生し、JICAの調査業務に従事されていた日本人7名が殺されたダッカ襲撃事件は、いまだ私たちの耳に新しい。
いっぽうでは、貧困層を対象としたマイクロ・クレジットのグラミン銀行で世界的に有名になった国でもある。

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インタビューは2018年8月におこなわれた。
 

 

ぼそっと池井多 バングラデシュのひきこもりとして、

 最初に君にインタビューできることを

 私はとても光栄に思っている。

 

 君が住んでいるのはダッカのような都市部かな。

 

イッポ そうだよ。ダッカに住んでる。

 でも、どうしてダッカだとすぐにわかったの。

 

ぼそっと池井多 わかったってほどでもないさ。

 私はきみの国の都市の名前としたら、

 ダッカとチッタゴンぐらいしか知らないから、

 当てずっぽうに言ってみただけさ。

 

イッポ あははは。なるほど。

 

ぼそっと池井多 どのくらいひきこもっているのかな。

 そして、きみは今いくつ。

 

イッポ ぼくは18歳でひきこもりが始まった。

 そして今、もうすぐ26歳になろうとしている。

 でも、なんとかひきこもりを脱しようと悪戦苦闘してるんだ。

 

ぼそっと池井多 わかった。

 きみの周りには、同じくひきこもりである友達はいるかい。

 きみの国には、ひきこもりの集まりやネットワークはあるかい。

 

イッポ 同じくひきこもりの友達はいるよ。

 フェイスブック上であなたとお友達になるといい、って教えてくれたのが、ぼくと同じくバングラデシュのひきこもり仲間だ。

 彼がぼくをGHOに紹介してくれた。

 

ぼそっと池井多 あ、わかった。

 ここで個人名を出すわけにはいかないけど、

 彼のことは、私はよく知っているよ。

 

 でも、ということは、彼もバングラデシュのひきこもりだったのかい。

 

イッポ そうだよ。

 

ぼそっと池井多 それは知らなかった。

 なぜって、彼のプロフィールは、なにか私の読めない文字で書かれていたから。

 

イッポ ああ、なるほどね。

   あれはベンガル文字だ。ぼくたちの国語、ベンガル語の文字。

   彼はベンガル文字でプロフィールを書いている。

 

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ベンガル文字  by Wikipedia

 

ぼそっと池井多 きみがプロフィールに掲げている西洋アルファベットの名前 Ippo Makunouchi というのも私は好きだなあ。

 きみはそれを、何か日本のアニメのキャラクターから取ったのだろうか。

 

 Kanji と呼ばれる私たちの文字では、

 きみの名前は「幕ノ内一歩」と書くのだ。(*6)

 

  • *6. 彼の本名は、いかにもイスラム教徒の男子らしい名前である。

 

イッポ へえ、そうなんだ。

 カンジっていうの。ぜんぜん読めないや。

   あなたがぼくらのベンガル文字を読めないように。

 

ぼそっと池井多 まさにそのとおりだね。

 

 

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ニワトリ売りの少年

親との関係は

 

ぼそっと池井多 きみは、ひきこもりから脱しようと格闘している、とさっき言っていたね。

 ご両親は、きみがひきこもりであることを、とやかく言うのかい。

親はきみを責める?

 

イッポ そりゃあ、とやかく言うし、責める責める。

 

 ぼくの母はとても厳しい人なんだ。

 

 始まりにおいては、彼女はぼくのことをいっつも叱っていた。

   母は、ぼくが友達と遊ぶために出かけることを許さなかった。

 だからぼくは、自分を部屋に自己監禁するようになったのさ。

 

 いまだに母は、ぼくが友達と出かけることを許さない。

 とくに家から離れて遠くへ行くことを許さない。

 

 そうこうしているうちに、ぼくはひきこもりになったってわけだ。

 

ぼそっと池井多 なるほどー。

 お父さんは何て言ってる?

 

イッポ ぼくの父はいつもぼくに優しいよ。

 父は、ぼくが何かしようとすることを止めたためしがない。

 父は、いつもぼくにやる気を起こさせてくれる。

 

ぼそっと池井多 なんだか、うちと似てるなあ。
 私の両親も、母が厳しいというか、どちらかというと虐待的で、
 父はそんなでもなかったんだよ。

 

経済問題

ぼそっと池井多  きみの家族は社会的にどんな感じ?
 富裕層、中流、下流の貧困層と分けると、
 きみの国のなかで、きみの家はどのくらいに位置する?

イッポ うちは中流だなあ。

ぼそっと池井多 バングラデシュでは中流家庭の子どもは
 ひきこもりになるのはふつうだと思うかい。

イッポ うーん、「ふつう」というか……
 それは十分にありうることだと思う。

ぼそっと池井多 きみがひきこもりとして生きていくことに
 経済的な問題はあるかい。
 たとえば、きみのお母さんが、
 きみが稼いでこないことに不満を鳴らしているとか。

イッポ いや、そういうことは、うちの母は言わない。
 ぼくは今はもう、外へ出ていくこと自体がこわいんだ。
 ぼくはいつも誰かがぼくを尾けている気がする。
 あるいは、誰かがいつもぼくのことを悪く言っている気がする。
 それでぼくは神経質になってる。
 それから、広場なんかにぼくは長い時間立っていることができない。

ぼそっと池井多 なるほど。それはそれでつらいだろうね。
 そういう感覚は、少しだけわかるよ。
 私もときどき、そんな感じになることがあるからね。

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ダッカ市内の八百屋さん

ぼそっと池井多 私は日本で生活保護で生きているんだけど、
 きみの国で、最低限の生活が保障されるような
 そういう制度で生きていくことは可能かい。
 
イッポ 可能ではないね。
 ぼくたちの国では、それは想像できない。
   ぼくたち若者は、仕事が見つからなくて困っているんだ。
 
   ぼくたちの国は小さい。
 でもぼくたちは人口がでかい。
 
 人口の多さに比して、会社などの就職機会がなさすぎる。
 
 さらに悪いことには、
 ぼくたちは職がない状態であっても、
 政府から経済的な支援を受けることなんてできないんだ。
 
ぼそっと池井多 じゃあ、きみはどうやって生きているの。
 両親のお金?
 
イッポ そうだよ。金額的に、ものすごく小さいけどね。
 
 いずれ仕事を持ったら、

 いま持っている経済的な悩みはなくなると期待してる。
 
ぼそっと池井多 きみは兄弟姉妹は。
 
イッポ 弟が1人いる。
 
ぼそっと池井多 弟さんは外で働いているの。
 
イッポ いや、彼も無職だ。
 
 でも、彼はぼくとちがう。
 彼は外へ出ていくのに何の問題もない。
 性格もきわめて社交的なんだ。
 
ぼそっと池井多 ということは、
 中流階級であるきみの家のなかで収入があるのはお父さんだけかい。
 
イッポ そうだよ。
 
ぼそっと池井多 すべてのひきこもりは、
 それぞれちがう環境に生きているものだね。
 でも、なにかしら共通点があるものであって、
 それを見つけるのはとても面白い作業だ。
 
イッポ そうだね。
 
ぼそっと池井多 たとえば、きみは

 外に出かけなくてはならないときの不安について私に語ってくれた。
 
 そういう感覚って、世界中すべてのひきこもりが
 多かれ少なかれ持っているもののような気がする。
 
イッポ そうだと思う。それはひきこもりの共通項だ。
 
ぼそっと池井多 きみは18歳でひきこもりになった、といった。
 それ以前は、学校へ行ったりするのにまったく何も問題はなかったの?
 
イッポ なかったね。18歳以前はすべてが順調だった。
 
ぼそっと池井多 へえ、それはある意味、面白いね。

 

 

・・・この記事の英語版