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【世界のひきこもり】アフリカ・カメルーンのひきこもり経験者エトゥンディ第1回「おい、ブラザー! オレと同じじゃねえか」

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アフリカ大陸で最も大きい火山の一つ、カメルーン山。いわばカメルーンの富士山である。今も火山活動を続けており、そのため標高は4040mから4095mの間で変動している。赤道付近にあるが、頂上近くでは雪が降る。Photo by Pixabay



インタビュー・翻訳・構成   ぼそっと池井多
編集 アルメル・エトゥンディ

 

 

 

GHOを通じて、初めてアフリカのひきこもりとのインタビューができた。

しかし、「アフリカのひきこもり」という括り方は、じつは自分としてはまったく好きではない。

アフリカは、面積にして日本の80倍、人口にして8.7倍。現在は56ヵ国からなっており、それぞれに歴史や文化がある。

そんなに広い土地なのに「アフリカのひきこもり」と括ることは、ちょうど私たちが「アジアのひきこもり」と括られることに等しい。

 

それでも、やはりあえて「アフリカのひきこもり」と申し上げる理由は、世の人々が、
「アフリカのような所にはひきこもりはいない」
という先入観を持っているからである。

日本人だけではない。それは世界的に人々が持っている先入観である。

私はこれまで、たまたま日本で「ひきこもり」と名づけられた現象が、人々が信じるよりもはるかに広汎で普遍的な現象であることを、さまざまな実例を挙げて紹介してきた。
今回のインタビューの公表も、そのような意図の延長にあるものである。

今回の主役エトゥンディは、カメルーンでつい3年前までひきこもっていた男である。カメルーンの位置は下の地図の通り。

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by Wikimedia

複雑な歴史の多言語国家

ぼそっと池井多 やあ、アルメル・エトゥンディ、こんにちは。きみはカメルーンの人だよね。

アルメル・エトゥンディ ああ、そうだよ。

ぼそっと池井多 カメルーンっていうのは面白い国だよね。一つの国のなかに二つの公用語の地域、英語圏地方とフランス語圏地方がある。その点では、ちょっとカナダに似ているかな。

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赤色がフランス語圏、青色が英語圏。
一つの国のなかで公用語が変わるカメルーン。
by Wikimedia

エトゥンディ ああ、そうなんだ。おれたちの国は昔、フランスとイギリスの信託統治領だった。歴史をさかのぼると、カメルーンは最初、ドイツの保護領だったんだ。第一次世界大戦でドイツが敗けたあと、国際連盟はカメルーンをイギリス・フランスの共同統治下に置くことを提案した。それでカメルーンには、英語圏とフランス語圏ができたってわけさ。

ぼそっと池井多 なるほどな。ヨーロッパからやってきた言語である公用語の他に、きみたちには昔からの部族 (*1) の言葉もあるんだろう?

  • *1.「部族 (tribe) 」「酋長 (chief) 」といった語を「差別的である」として、聞きなれない新語に言い替えさせようとする専門家がいる。
    しかし、ここで「当事者」であるアフリカ人は、自分たちの文化に誇りをもってそれらの語や文化概念を使用している。したがって、当の専門家が差別感情を自身に内在させているから「差別的である」と言っているのにすぎないという場合も考えうる。また、自分のこしらえた新語を世界に流布させようという野心が、専門家の言説の端々からうかがえることもある。
    そんなものにつきあう必要を感じない。本稿では、インタビュイーであるエトゥンディの世界観にのっとって「部族 (tribe)」「酋長 (chief)」といった語もふつうに使っていくものとする。

 

エトゥンディ ああ、そうだ。国中あわせると250を超える部族語がある。

ぼそっと池井多 そんなにたくさんあるのかよ。きみも、きみの部族語を話せるにちがいない。

エトゥンディ いや、必ずしもそうは行かねえんだ。日常生活ではとくに必要がないから、話せなくなるってことがある。それでも、自分の出自や民族的アイデンティティのために、部族語は大事にしなくちゃいけないんだけどな。
おれはもともとベティ族の出だ。だから、おれの部族語はエウォンド語ということになる。でも、おれはエウォンド語はあんまり話せない。親が教えてくれなかったからね。だから、将来的に自分で学びたいと思っているよ。
でも、おれが知ってる数少ないエウォンド語で、好きな言葉がある。こんな言葉だ。

ンフィエ・ワムビタ・ビアマ
私の光私の戦い!)

ぼそっと池井多 おお。なんていうか、とっても誇り高く、力強く響く言葉だね。そうやって戦意高揚させてないと、昔はヤバかったんだろうね。

一般的にカメルーンの人は、自分の部族語は今日、話さないものなのかい。

エトゥンディ そうだな。あんまり話さないな。それはカメルーンだけのことじゃなくて、広くアフリカ全体で、とくに都市部に住んでいる人たちは、部族語を話さなくなっているはずだよ。話す必要もないしね。

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カメルーン西部を拠点とするバミレケ族の酋長。酋長は、一般に高齢の男性であるが、前酋長の急逝など異変が生じたときには、若い息子や妻が酋長になることもある。息子の場合はそのまま留任して高齢になるまで酋長を務めるが、女性の場合は高齢男性の助役を必要とし、次の男性酋長が就任するまでの暫定的な就任であることが多い。Photo by Pixabay

 

部族語を話せないアフリカ人世代

ぼそっと池井多 きみはどんな所に住んでいるんだい。

エトゥンディ おれは首都ヤウンデに住んでいるんだ。カメルーンの政治の中心だね。

ヤウンデは大都市さ。人口はおよそ250万。でも、カメルーンの中では2番目だ。1番は商業の中心地ドゥアラ。おれの住んでるヤウンデの方が、海港のあるドゥアラより内陸部にあって標高も高いから、ちょっと涼しくて、過ごしやすいはずだ。

ぼそっと池井多 そういう街は、全国から人口が流れこむだろう。

エトゥンディ そうだ。ヤウンデやドゥアラのような都市部では、あちこちの田舎から人が集まってくる。だから、人々の部族語もいろいろだ。もしおれたちが部族語をしゃべりはじめたら、お互い通じなくて、都市の生活は成り立たないよ。

だから、おれたちは公用語を話すんだ。英語かフランス語だね。おれはバイリンガル地域で生まれたけど、もともとフランス語がネイティブ。両方話すけどな。

ぼそっと池井多 でも、きみの親が、きみに部族語を教えなかったように、都市部に住んでいる多くの人が部族語を知らないってわけか。

エトゥンディ そういう悲しい現実があるってことだ。おれたちは自分の部族語を忘れつつある。たとえばおれのように1980年や90年代に生まれたカメルーン人っていうのは、もうほとんど部族語がしゃべれなくなってるんだ。まあ、聞けば、だいたい意味はわかるけどね。

ぼそっと池井多 なるほど。私の住んでいる日本では、言語の数はそんなにないが、地方によって方言がある。そして方言において、いまきみが言ったのと同じ現象が起きている。若い世代は、自分の地方の方言を聞いて理解することはできるが、自分から話せなくなってきてる。っていうか、これは全世界的な現象だな。地球全体で使われる言語の数が減ってきているんだ。

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ヤウンデの街並み(2009年)by Wikimedia

ひきこもりと家族

ぼそっと池井多 きみの国にひきこもりはいるかい。

エトゥンディ ああ、恥ずかしくて認めたがらないけどね。

ぼそっと池井多 へえ、それって面白い。よく日本人というのは、恥の文化ということで特徴づけられることが多い。それで我々はひきこもりも恥と見なし、隠したがるんだ。そうすることによって、どんどんひきこもりの状況を悪くしているんだけどね。

でも、きみが今、カメルーン人はひきこもりを恥として隠したがるみたいなことを言ったので、恥の感覚は日本だけにあるものではないということがわかったよ。

きみの国のなかで、実際にひきこもりに会ったことがあるかい。

エトゥンディ おれの近所に二人ひきこもりの友達がいるぜ。っていうか、おれ自身も何年か前はひきこもりだったんだ。

ぼそっと池井多 へえ。きみがひきこもり始めたのは何歳のときだった?

エトゥンディ 30歳だったな。それから3年間ひきこもってた。だけど、おれは自分の問題に立ち向かう勇気をふりしぼって、ひきこもりを克服したんだ。それで、今は36歳さ。

ぼそっと池井多 そうか。きみがひきこもりだったとき、ご両親、兄弟姉妹、親類縁者なんかは、きみのことをとやかく言ったかい。たとえば、

「こらっ! 家の中でぐずぐずしてないで、さっさと外へ金を稼ぎに行かんかい」

とかなんとか。

エトゥンディ はっはっは! 言ったよ。そのとおりだ。おい、ブラザー、どうして知ってるんだい。

ぼそっと池井多 だって、それが日本で起こっていることだからさ。

エトゥンディ ええ?! マジかよ。

おれは、あんな状態なのは世界でおれだけだ、と思ってたぜ。

ぼそっと池井多 わかる、わかる。ひきこもりはみんな、「こんな状態なのは世界で自分一人にちがいない」と思うものなんだ。それで絶望する。

だから私はこのGHOを作ったといっても過言ではない。

きみの友達で今ひきこもっている人たちは、その点、幸せなんじゃないか。彼らはきみというひきこもりの先例がいることを知っているから。少なくとも「自分だけ」とは思わないだろう。

エトゥンディ おう、その通りだぜ、ブラザー。

でもよ、おれはガチで、「こんなのはおれだけだ」と思ってたぜ。

 

・・・「エトゥンディの場合 第2回」へつづく

 

・・・この記事の英語版

・・・この記事のフランス語版

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< プロフィール >
アルメル・エトゥンディ
元ひきこもり・現ひきこもりサポーター
人道主義協会 オクシド・ルーメン(#OCCIDO LUMEN)代表理事
カメルーン (中央アフリカ)







 

インタビュアー >
ぼそっと池井多 :まだ「ひきこもり」という語が社会に存在しなかった1980年代からひきこもり始め、以後ひきこもりの形態を変えながら断続的に30余年ひきこもっている。当事者の生の声を当事者たちの手で社会へ発信する「VOSOT(ぼそっとプロジェクト)主宰。
facebookvosot.ikeida
twitter:  @vosot_just 

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