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近所づきあいから逃げ回る私。そんなある日、隣のおばさんから一本のキュウリが差し出された……ひきこもりにとって恐怖の瞬間・・・

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「あなた何してる人」第2回

文・ぼそっと池井多

 

 

・・・「あなた何してる人 第1回」からのつづき

近所と没交渉

前回「あなた何してる人(1)」では、私が「あなた何してる人?」と聞かれる瞬間をつとに恐れて暮らしている、ということを書かせていただいた。

 

だから、私から近所づきあいを求めることは皆無である。

ゴミを捨てに行った時などに、たまたま近所らしき住人とばったり鉢合わせになると、仕方なく愛想笑いをうかべて頭ぐらい下げるが、世間話が始まりそうになると、すばやく身をひるがえして去っていく。

言うまでもない。世間話など始めようものなら、

「あなた何してる人?」

という質問が必ず出てくる。その前に消えなくてはならない。

 

このようなひきこもりのベテランになってくると、相手の口元を見ているだけで、

「あ、そろそろ『あなた何してる人?』という質問が出てくるな」

ということが察知できるようになってくる。

 

どんな道も、奥は深い。

武道などの達人は、相手の身体に触れる前に、殺気を発するだけで相手を倒せるなどとよく言われるが、ひきこもりの達人も同様である。三十年もひきこもりをやっていると、言葉が発せられる前に、近所の人たちの会話の内容が読み取れるようになってくるのである。

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そんな私であるから、向こう三軒両隣に住んでいる近所のオバサンたちはよけいに、いったい私がどういう男であるのか知りたくてたまらないらしい。人は、隠しているところを見たい、知りたい。

それは、私という人間に対する関心よりも、

「近所に住んでいるのが、怪しい人間だったらどうしよう」

という、もっぱら彼女たちの防衛本能から来ているものらしい。

 

ところが、私がいつも間一髪のところで逃げるものだから、近所のオバサンは誰もが私の素性を知ることのできないまま、何年もの月日が経っていたのであった。

 

たとえば、このまま私が突然死でもすれば、近所の誰も訪ねてこないままに、私は誰にも発見されないで何か月も過ぎるだろう。


しかし、そこには、ある種の均衡があった。
彼らが私の生活に入ってこない。私も彼らの生活に入っていかない。
近所づきあいは生まれない。そんな均衡の上に、私は安心してひきこもり生活をいとなんでいたのである。

「地域のつながり」というものが、さも温かく良いものであるかのように全国的にいわれているのを聞くと、思わずぞっとして、「地域のつながり」のない安寧なひきこもり生活を、いつまで守っていくことができるだろうか、などと考えていた。

ところが、思いがけずその均衡が破られるときがやってきたのである。

 

一本のキュウリ

破綻は、一本のキュウリから始まった。

ある日、めずらしく外出した先から帰ってきた私は、自分の部屋への階段を昇るところで、隣の家のおばさまにとつぜん声をかけられたのである。

「うち、西町で家庭菜園やってるでしょう。そこで採れたのよ。
よかったら、どうぞ」

隣の家のおばさまが差し出したのは、ヘチマとまちがえるほど見事なキュウリであった。食べごたえがありそうだ。あまりに唐突ではあったが、それほど高価な物でもないため、断るとかえってこちらが変な人になってしまう、…いや、変な人であることがバレてしまう。そういう状況にあった。だから、仕方なくおそるおそる彼女の差し出すキュウリを受け取った。

もちろん、こんなことはここへ引っ越して以来、初めてである。

 

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引っ越してくる前、私は3LDKの団地に住んでいた。そこで人生で三回目の深いうつに落ち、昼間も雨戸を閉て、部屋を洞窟のように真っ暗にして4年間ひきこもった。働けず、貯蓄を切り崩して生きながらえていたが、やがてそれも底を尽きてきたとき、ホームレスになることを覚悟した。

当時、東京では大きく分けて4カ所、ホームレスの生活場所があった。新宿西口、日比谷公園、上野公園、隅田川岸である。

私は、たとえ財産を持たなくても情報だけは確保できる場所で生きていきたいと願い、日比谷図書館のあった日比谷の野外を将来の生き場所と思い定めた。

しかし、ケースワーカーのすすめにより、家賃の安いアパートへ引っ越して、そこで生活保護で生き延びることになった。そのとき引っ越してきたのが、いま住んでいる1Kの、おそらく昭和40年代に建てられた木造ボロアパートの二階の一室である。

駅から歩いて35分。周囲の住民には、誰ひとり駅から歩いてくる者はいない。皆、車を持っている。そして、家を持っている。個性的な一戸建てが建ちならぶプチ高級住宅地に、私が住むボロアパートと、隣に建つボロアパートだけが、貧困層の住居として、まるで太陽の黒点のように負の存在感を示している。

 

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キュウリをくれたおばさま、すなわちキュリー夫人ならぬキュウリ夫人は、そうしたプチ高級住宅地の一コマを成す、白亜の一戸建てに住んでいるのである。私のボロアパートの隣である。

キュウリ夫人の御年は、古稀を迎えたころであろうか。夫である老人は、たぶん定年まで辛抱して会社を勤めあげることで、この一戸建てを建てた。タバコがやめられなくて、毎晩自分の建てた家を追い出されて外でホタルになっている。

冬の夜の寒空の下で口元から火の玉をふくらませている彼の姿が、

「ああ。会社員になって、マイホームを建てるために一生を棒にふらなくてよかった」

と、カーテンのすき間から彼を見下ろしているひきこもりの私に、つくづく思い知らせてくれている。

キュウリ夫人の白亜の一戸建ては二世帯住宅である。一階と二階をあわせて、部屋数は十ほどか。同居している四十前後とおぼしき息子夫婦には、小学生の息子が二人いる。

私のボロアパートの大家は遠くに住んでいるので、いつしかこの隣家のキュウリ夫人が大家代わりとなって、私のアパートの住人の監視役を担っている。キュウリ夫人と大家は、経済的に同じ階層ということで、誼(よしみ)を通じているものらしい。社会階級を感じる。

キュウリ夫人は植物を好み、白亜の一戸建ての大きなベランダは鉢植えの花であふれている。しかし、土の庭がないので野菜は作れないと見え、ちょっと離れた西町に家庭菜園の土地を借りているというわけだ。

 

やはり新鮮なとれたての野菜はうまい。キュウリは美味しくいただいた。

だが、ここで私は、はたと頭をかかえた。
戴き物をしたからには、何か御礼をしなければならない。いかに生活保護で暮らしていようとも、私は乞食ではないのだ。

お返しに何を持っていけばよいのか。

ひきこもりとして生きていると、ふだんそのような社交がない。物の贈答。年賀状や暑中見舞いのやりとり。盆暮れのつけ届け。根回しやワイロ。……そうした煩わしさから無縁に生きているので、いざ自分がそうしたことに手を染めなくてはならないとなると、どうしてよいかわからなくて頭をかかえるのである。

だが、そうやってお返しで悩んでいる時にはすでに、キュウリ夫人の「近所づきあい開始」の術中にはまっていたことを、私はまだ気づいていなかった。

 

・・・「あなた何してる人 第3回」へつづく(たぶん)

・・・この記事の英語版