・・・「ひきこもり名人となった私(4)」からのつづき
ひきこもり名人 母親には、
何を訊かれても、何を話しかけられても、
何の反応もしない、
というのを貫きとおしています。
ぼそっと池井多 しかし、お母さまが海外旅行で買ってきた
しょうもないTシャツを着ている、
といったことがご著書に書かれていましたが?
ひきこもり名人 それがね、ぼくの
生まれながらにして持った素質なんですね。
頭の中とか、理性では、断固シャッターを閉めて、
「母とはいっさいコミュニケーション取らない」
って決めているんだけど、
生まれながらの、このお坊ちゃんというか、人間性的には、
母が買ってきたTシャツを、つい着てしまう。
それで結果的には親孝行してしまう。……
ぼそっと池井多 それは名人の才能なんだと思う。
私なんか蕁麻疹(じんましん)が出て着れないもの。
ひきこもり名人 ふつう、着れないでしょう。
ぼくも、そう思いますよ。
ふつうは見た瞬間、ゴミ箱に捨てるっていうか……
ぼそっと池井多 そんな他人の
海外旅行のおみやげのTシャツなんて
何の価値もない、っていうか……
それを、どうやって着ろって話ですよ。
でも、名人は、実家に住み続けるために、着るんですか。
ひきこもり名人 着る、っていうか、着ちゃうんですね。
……。
……。
ぼそっと池井多 でも、そういうふうに名人が、
お母さまの買ってきたTシャツを着れるようになるまでには
家庭内力学が変化した、
ってことがあるんじゃないですか。
つまり、お父さまが定年を迎えて、
お父さまも一日中、家の中にいるようになって、
いままでは昼間、家で
母親とだけぶつかっていればよかったものを
父親が新たな対抗勢力として勃興してきた、と。
そこで名人は、
父親と母親の連合を相手に戦うのではたまらないから、
少なくとも母親を味方につけちゃおうと思って、
母親の買ってきたしょうもないTシャツを着る、
ということはないですか。
ひきこもり名人 そう、そう、家庭内三国志。
家の中で三者がにらみあっているうちは、
均衡がとれている、と。
どこか二つがくっつくと、
くっつかないもう一人は滅亡してしまう。
・・・「ひきこもり名人となった私(6)」へつづく