ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

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小説「遊べなかった子」#10 プレイボール

ひきこもり当事者・喜久井(きくい)ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

 

文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer 

 

   プレイボール


   一日目

 次にみさきの家が流れ着いたのは、複雑な図形の描かれた島だった。
 そこには、みさきと同い年くらいの、カイプラという男の子がいた。
 「ようこそ線球の試合会場へ!さっそく始めようよ!」
 カイプラは元気な声で、みさきを強引にゲームへ誘う。けれどみさきは「線球」という言葉を初めて耳にしたし、ゲームで使うらしいバットのような平たい道具も、楕円形をした小さなボールも、見たことのないものだった。
 「ぼく、やったことない。できないよ」と言ったけれど、
 「それなら、一から教えてあげる。ちょっとルールは多いけど、すぐに慣れるよ!」と言う。
 カイプラは、バッターボックスのような四角い線の中にみさきを招いて、線球についての説明を始めた。
 「このボールがあるだろ。ストライカーが守備側を攻めるんだけど、ボールの落ちた位置でポイントが決まる。七回までくり返して……、あ、でも6回にカクメイがなければフロンティアのボーダーがあるから、その場合はノーサイドだけど、それはめったになくて……」
 カイプラはゲームのルールについてあれこれ説明した。けれどみさきには、いくら聞いてもどんなゲームなのかほとんどわからなかった。カイプラは、とにかくやりながら覚えればいいと言うので、みさきはゲームを始めた。


 「プレイボール!」カイプラがよく通る声で叫んだ。
 線球は、それほど走り回るゲームではないようだった。カイプラの投げたボールを、みさきが平たいバッドで打つと、ボールが5メートルほどボテボテと転がる。グラウンドにはいくつもの長い線が引かれていて、ボールがその線のどこに転がるかによって、得点したりしなかったりするようだった。
 しばらく続けると、「これでオーバになっただろ?ノーサイドだから攻守交代だね」と言う。ゲームを進めながら、カイプラは細かな説明した。けれど何十分かが過ぎても、みさきにはやっぱりルールがわかなかった。3回にはカイプラが大量得点したらしいし、5回には「サイドチェンジ」と言って、急にボールを打つ場所が変わった。7回にはみさきが逆転する大チャンスがあったらしいけれど、1時間半くらい「線球」をすると、結局はカイプラが勝ったらしかった。
 「25対0で、ぼくの勝ちだね!どう?ちょっとはわかっただろ?」とカイプラはさわやかに言う。

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 「待ってよ。さっきはボックスから打ってボーダーを越えたら得点になるんじゃなかった?どうしてオーバになるの」と、みさきは何とかゲームを覚えようとしていた。
 「だってカクメイがあって、もうヒストリーがノーサイドになってたじゃないか。さっきの線がもう使い物にならないんだよ」と言う。カイプラとみさきは、実際の試合以上にルールの話に時間がかかった。二人は何時間もかけてルールについて話した。
 「なんで5回だけ得点が溜まるってことになるのさ……」
 「さっきも言っただろ、それは6回が特別で……」
 二人はグラウンドの隅で、ほとんどケンカをするようにして言い合った。
 桃色の空は夕暮れの光をなびかせながら、歳月の流れを引き連れていく。グラウンドは赤く染まり、二人の少年にお別れの時を伝えていた。
 カイプラは言った。
 「今日はもうここまでにしよう。これ、ルールブックがあるから、読んでくるといいよ」
 カイプラの差しだした分厚い本を、みさきは受け取った。
 「うーん。あんまり楽しくないよ、このゲーム。わかんないけど、一応読んでみる」
 とみさきは言った。
 カイプラは線球のための道具を拾い上げて、「じゃあまた明日な!」とお別れを言う。みさきも、「そうだね、また明日」と元気なく応えた。みさきはグラウンドの島に漂着している、自分の〈舟の家〉へと帰っていった。

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   二日目

 朝が来て、みさきはまた、カイプラとゲームをした。2時間近く「線球」をして、今度は85対0で、みさきの勝ちだった。

 また夕陽の色がグラウンドを染めて、あちらこちらに引かれた線を強調させていた。一日の終わりに、みさきは読みこんだルールブックを返した。
 みさきは昨日よりも大きな声で、「じゃあまた明日!」とお別れを言った。カイプラは「そうだね、また明日」と応えて、二人は別れていった。

   最後の日

 みさきはグラウンドの島を歩き回った。そこにカイプラの姿はなく、誰も来る人はいなかった。

 月日が流れると、いつしか〈舟の家〉は動き出していて、グラウンドのある島は見えなくなっていた。

 

   つづく

 

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