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短編小説「島めぐりの断片」 遊べなかった子#13

ひきこもり当事者・喜久井(きくい)ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

 

文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer

 

   島めぐりの断片


 焼けた朱色の空の下を、みさきの居る〈舟の家〉は流れていった。
 逃げているのか、追いかけているのかわからない。目的地もないまま、行くあてもないまま、海を流れていった。

 

 

   正しい人

 たどりついた島には、一人だけ、ずっと働きどおしの人がいた。オフィスの中で資料を読んでは、大量にある小さなコンテナを、あっちへ、こっちへと忙しそうに運んでいた。
 その人がみさきに話しかけることはなかったし、みさきがその人に話しかけることもなかった。
 何日かが過ぎて、〈舟の家〉はまた流れていった。

 


   見えない島

 〈舟の家〉は数日、同じ海の上にとどまった。
 みさきは島に気づくことなく、〈舟の家〉はまた流れはじめた。

 

 

   さいわいの島

 幸福そうな島があった。
 みさきは降りなかった。

 

 

   もう一人の子

 何もない町があった。みさきが島の中を歩いても、誰にも出会わない。けれど、海岸の海側に一軒だけ、中に人がいるらしい家があった。
 みさきは〈舟の家〉に戻って考えた。
 ――あの家はたぶん、ぼくの〈舟の家〉と同じように、流れている家だ。中にぼくくらいの子がいて、たどりつく場所がなくて、きっと家の中で過ごしている。
 日が過ぎて言っても、もう一人の子が外に出てくることはなかった。みさきも町を歩くことはなく、ほとんど外には出ずに過ごした。
 時が経って、〈舟の家〉はまた流れていくようだった。もう一人の子とみさきが、出会うことはなかった。

 

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  帝国

 みさきは眠り続けていた。

 


  待っている人

 「みさき君 どうか待っていてください」という置手紙があった。初めて訪れた島の、さびしげな一軒家の中、机の上に置かれた手紙だった。
 夕暮れの空がまぶしくて、みさきは目を細めた。みさきは誰も、何も待つことなく島から出ていった。

 


  老父の島

 コンクリート製の、四角い形の島があった。みさきはその場所に見覚えがあって、前に〈老父〉と話したところだと思い出した。けれどそこには誰もいなかったし、何も起こらなかった。

 


  国

 みさきは、勇気を出して話しかけようとしたけれど、結局言葉が出せなかった。みさきが話しかけられることもなかった。

 


  待っている人(2)

 駅のホームに一人、〈待つ人〉が居るだけの国だった。
 年老いた〈待つ人〉は言った。
 ――あなたが産まれるよりも前から、私はずっと待っている。電車のやって来ないこの駅で、どれだけの年月が過ぎたのか、もうわからない。でも私はここにいないといけない。やって来るはずのない人でも、私しか待つ人がいないなら、私は待っていないといけない。
 〈待つ人〉はそう言って、駅のベンチから動かなかった。みさきには、遠くで線路が途絶えているのが見えた。

 


  さいわいの島(2)

 

 

 

 

 

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  さいわいの島(3)

 幸福そうな島があった。
 みさきが〈舟の家〉から降りることはなかった。

 


   つづく

 

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  執筆者  喜久井ヤシン

(きくい やしん)1987年東京生まれ。8歳頃から「不登校」になり、中学の三年間は同世代との交流をせずに過ごした。二十代半ばまで、断続的な「ひきこもり」を経験する。「ひきポス」では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。