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【暗い曲トップ10】絶望の極地。日本音楽史に残る暗黒の歌い手十傑〈呪怨編〉藤圭子・中島みゆき他

  親しい友も愛しき人もない
  寄る辺を失った独りの夜に
  心はさまよい茫漠を往く。

  人を憎しみ恨んだ果てに
  我が身が悲しみの鬼となつて
  あらゆる大地から孤絶しても

  時またぐ嗚咽が楽となり
  不二の呪言が旋律と化す
  魂の共鳴はおとずれる。

  歌だけは共にあったのだ。

  呪怨から生まれた曲たちは
  絶望の極地にこそよく響く。
  この暗夜に鳴け音楽よ、今。

独断と偏愛による【暗い曲特集・暗黒の歌い手十傑】を、
〈呪怨編〉と〈煉獄編〉の二回に分けてここに記す。 

 

※この記事はオススメの曲を紹介するものですが、執筆者の文章をはじめ過剰な表現が含まれています。ご了承ください。 

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其之一 激動の時代の怨歌歌手 藤圭子/「圭子の夢は夜ひらく」

圭子の夢は夜ひらく?藤圭子RCA BEST COLLECTION

 六十年代に生まれた「夢は夜ひらく」の原曲には数十種の歌詞が付けられ、人を変え時代を変え多くの歌い手たちによって声の魂を入れられてきた。八代亜紀ちなきなおみ等の濃厚なバージョンから、極度の性的鬱屈がこもる三上寛版など、「夢は夜ひらく」は演歌的な情念を刻印する音楽の器である。
 しかしこの器に最も深く暗澹たる歌声を響かせ、時代の寵児となったのは藤圭子唯一人であった。十八歳でデビューしアルバム「新宿の女」と「女のブルース」が昭和四十五年の暗い世相を映して日本の音楽業界を席捲。オリコンランキング37週連続1位獲得という不滅の記録が伝説となる、その渦中に発表されていたのが「圭子の夢は夜ひらく」である。

十五、十六、十七と、
私の人生暗かった
過去はどんなに暗くとも
夢は夜ひらく
(「圭子の夢は夜ひらく」)

 「演歌」ならぬ「怨歌」と評されたドスの効いた重低音に、時として高音が傷口のごとく閃く歌唱は腹にうねって臓腑に響く。沢木耕太郎との対話が記録された『流星ひとつ』(新潮社 2013年)では悲痛な幼年期が語られており、父親から殴られバケツが鼻血でいっぱいになったといった過酷な被虐待体験も口をつく。歌か、さもなくば死か――極限状態から這いずり出て億万長者へと成り上がった栄達も、しかし平成二十五年における自殺によって自ら幕を閉じることとなった。その大きく深淵な影の長さは実娘である宇多田ヒカルにまでとどき、現代の日本にも遠くから届く哀痛な残響を伝えている。 

 

其ノ二 偉大なる“殺意の歌姫” 中島みゆき/「うらみ・ます」「殺してしまおう」

生きていてもいいですか

 初期の中島みゆきの曲には濃密な絶望の表現があり、少なからぬ曲において“死”を歌ってきたシンガーソングライターであるが、厳密に言えばその死とは他殺のことであった。アルバム『生きていてもいいですか』(1980年)の冒頭に収録され、憐憫の涙声まじりの録音によって人々に衝撃を与えた「うらみ・ます」でも、絶望の最底辺において生じているのは自殺念慮ではなく裏切った相手への殺意的怨念である。

ドアに爪で書いてゆくわやさしくされて唯うれしかったと
あんた誰と賭けていたのあたしの心はいくらだったの
うらみますうらみます
あんたのこと死ぬまで
(「うらみ・ます」)

 七十五年のデビューから長大なキャリアへと至り、数百の曲にこめられた多種多様な情念の質量からすれば、自殺を主題とする曲は意外なほど少なく、自ら死ぬことなどありえない精神性の点では強固な生存欲も感じられる。
 「それ以上言わないで」(1985年)、「た・わ・わ」(1991年)等中島みゆきが殺しの語句を含んだ曲の中には、レコード未収録作ながら「殺してしまおう」という直截な題を持つ一曲も存在する。

もう騙されないわ
あいつなんか殺してしまおう
殺してしまおう 殺して殺してしまおう
(「殺してしまおう」)

 デビュー四十年を越えてなおも第一線に立ち新曲を生み出すその才能の横溢は、自らの命の選択に迷わない強靭な生命力の根幹が生涯を貫いているためであるかもしれない。 

 

其之三 七十年代フォークの孤峰 山崎ハコ/「飛びます」「呪い」

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 ギター一本で若者の苦悩を切々と歌うフォークシンガー達にあっても、七十五年にデビューした山崎ハコの暗い曲調と叫び声さながらの声量ある歌声は傑出したものであった。処女アルバムの表題作にあたる「飛びます」は、投身自殺を暗示した言葉を含んで鬼気迫る凄みを聞かせる。

いいんです 報われぬとも
願いは叶わぬとも
この思いは 本当の私だからです
今 私は 旅立ちます
一つの空に向かって 飛び始めるのです
(「飛びます」)

 日本の混沌とした一時代に呪術的な歌声を残し、中でも七十九年発表のアルバム『人間まがい』に収録された「呪い」はまさしく呪怨の曲として、現代にあっても苦悩する者の聴覚を通じて忘れえぬ歌となり語り継がれている。

コンコン コンコン 釘をさす
わらの人形 血を流す
泣いているように いったい誰の血
  〔中略〕
コンコン コンコン コンコン コンコン
コンコン コンコン コンコン コンコン…
(「呪い」) 

 

其之四 石井好子 及び日本シャンソン界の星霜/「かもめ」「暗い日曜日」

決定版 石井好子

 一九二二年に生まれた石井好子は、戦後まもなく歌手となってフランス・パリで世界最良の歌い手達と交流し、日本の音楽界にヨーロッパの風を運んだ。「かもめ」「リヤン」「私を殺して」等物語性の強いシャンソンの歌詞を日本語へ落とし込み、フランス語を交え悲劇を音楽により物語った。二〇一〇年に八十七歳で亡くなるまで雄々しくスケールの大きな歌声を聞かせた、日本シャンソン界を代表する歌い手の一人であった。

遠い海原で 命を失くした水夫は
袋に入られ さかまく波間に流される

水夫のむくろは 石ころのように沈んで
おぐらく冷たい岩間の墓場に葬られる
(「かもめ」)

 淡谷のり子芦野宏等歴史的人々から、現代の加藤登紀子クミコ等まで、シャンソンの歌い手たちが生み出した音楽には一筋縄ではいかない名曲奇曲が揃っている。
 中でもダミアの歌唱で知られる「暗い日曜日」は、原曲がラジオ放送された際に曲の持つ暗鬱さに影響を受けて自殺者が相次いだといい、一部では“自殺の聖歌”として黒い名声をとどろかせた異曲である。

憂いに閉ざさるる心
今はすべて絶えし望み
吾が心むなしくさめて
遠き空の彼方思い
夕暮れの暗き部屋の
窓にさす夕日を嘆く
暗き日曜
(「暗い日曜日」淡谷のり子版)

 

番外 武満徹 「死んだ男の残したものは」他 死が歌われる合唱曲

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 二十世紀後半の現代音楽を代表する存在・武満徹が、詩人の谷川俊太郎の言葉に音楽的生命を与えた合唱曲に「死んだ男の残したものは」(1965年)がある。

死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった
思いでひとつ残さなかった
(「死んだ男の残したものは」)

 独唱でなく合唱で歌われることにより、身じろぎできない緊迫感と迫力を生み、広大な戦地で不条理な死を遂げた者たちへの大いなる鎮魂歌となっている。谷川俊太郎の言葉がここでは明るく機能せず、予断を許さない重度ある作曲に固められている。

 この他の特筆すべき合唱曲としては、結婚を約束した女の子が突如ダンプに轢かれ一切の救いなく終わる「チコタン」(1968年)、逆に飲酒運転の加害者となった父親を持ち、叫び狂う少年を描いた「日曜日~ひとりぼっちの祈り~」(1970年)等、作詞逢菜泰三と作曲南安雄のコンビに社会への憤懣を込めた暗曲がある。

チコタン 死んだ
ダンプにひかれて チコタン死んだ
横断歩道で
黄色い旗にぎって チコタン死んだ
(「チコタン」)

見て見ぬふりして まわり道
そやのに みんなが追ってくる
みんなの声が追ってくる
「人殺しの子」「人殺しの子」「人殺しの子」「人殺しの子」
(「日曜日」)

 ポピュラーミュージックと違い直接に歴史的事案や社会問題が主題となる合唱曲を、実際の子供達が歌う哀哭の表現は、今日からすれば非教育的な理不尽さを持っている。そしてそれゆえに現代の穏便さからは生じえない怒憤が音楽に渦巻き、耳目を鷲掴みにさせる稀な磁力を宿すこととなった。

 

其之五 活動五十年となる盲目のシンガー 長谷川きよし/「心中日本」

コンプリート・シングルズ

 硬軟織り交ざるギターの音色に凛とした低音の声が乗る、一九六九年にデビューした長谷川きよしは約半世紀に渡り自らの音楽を聴衆に届けてきた。高度な演奏技巧を持つギタリストであり、映画のごとく一場面を歌い描くシャンソン歌手であり、盲目の生涯を担い独自のたたずまいでステージに立つ稀有な歌い手である。
 一九七一年に発表された「心中日本」は、何らかの規制により「心ノ中ノ日本」に改名されたが、その歌詞に宿るやるせない寂寞の魂は消えていない。(もっとも野坂昭如は72年に「心中にっぽん」の題でカバーしている。)

二人で暮らせばだめになる
別れりゃなおさらだめになる
星があわないせいなのか
広い夜空にながれ唄
日本せまいぞ ラリパッパ
タンナタラリヤ ラリパッパ
(「心中日本」)

 

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  ↓ 後編「日本音楽史に残る暗黒の歌い手十傑〈煉獄編〉」

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喜久井伸哉(きくいしんや)(旧筆名 喜久井ヤシン)
1987年生まれ。詩人・フリーライター。 ブログ
https://kikui-y.hatenablog.com/entry/2022/09/27/170000

 

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