ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

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短編小説「裸の王様と見えないパレード」遊べなかった子 #21

ひきこもり当事者・喜久井ヤシンさんによる小説「遊べなかった子」の連作を掲載します。12歳の少年みさきは、海の上をただよう〈舟の家〉に乗り、行く先々で奇妙な人々と出会います。さびしさやとまどいを経験していくなかで、少年はどこへたどりつくのか……?時にファンタジー、時に悪夢のような世界をお楽しみください。

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文・絵 喜久井ヤシン 着色 PaintsChainer


   裸の王さまと透明なパレード

 

 ドン、ドンと太鼓が響き、笛の音は空へと高らかに響いていた。みさきがおとずれた国では、パレードの真っ最中だった。城下町の大通りを、お城から来た隊列が歩ていく。
 「わあ、見えた!見えたよ、王さまだ!」
 「すっごいなぁ、素敵な服!」
 町中の大勢の人が、パレードに見とれて歓声をあげ、拍手している。みさきは人ごみをかきわけて、みんなの言う王さまを見ようとした。どんな豪華な姿でいるのだろうと楽しみだったけれど、真ん中に見えたのは、下着姿で堂々と歩いていくおじさんだった。その後ろからついていく召使は、裾を持つかのようにして歩いている。楽器を奏でる演奏家たちも、特に飾りのない地味なかっこうだった。町の人たちの方が、よほど色あでやかな服を着ている。
 「まさか、あの裸の人が王さま?パレードも、ふつうのかっこうの人たちが歩いているだけじゃないか」
 町の人たちの誰もが、みさきの見えないものを見ているようだった。「豪華絢爛だね」とか、「王冠が輝いてるよ」とか言って、全員で楽しんでいる。
 みさきは思い切って、大人の人たちに話しかけてみた。
 「あの、王さまの服って、なんのこと?みんな何を見て騒いでるの?」
 何人かのおばさんたちがみさきの声を聞いて、突然笑い出した。
 「あれまあ!見えないのかい?だったら大変だよ。ぼくちゃんは頭の悪い子だ!」
 「忘れちゃったの?あの王さまの服はね、バカには見えない生地で織られているんだよ。見えないんだったら、おバカさんってことになるよ!」
 おばさんたちはゲラゲラ笑って、みさきに取り合わなかった。こんな話が、どこかの昔話であった気がする。みさきは恥ずかしくなって、その場からすぐに退散した。

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 パレードの観衆の中を歩いていくと、人々の話し声が耳に入ってくる。王さまの服やパレードの山車は、見えないながらも細かなところまで決まっているらしい。王さまの服は金色の絹で編まれていて、王冠には大きなサファイアがついている。召使は棒きれを持っているだけのように見えたけれど、町の人たちの噂声によると、それは水晶の飾り付きの象牙の杖だった。

 大勢の人たちが熱狂していたけれど、みさきには何も面白くなかった。音楽をのぞけば、平凡な姿の人たちが、平凡に歩いているだけなのだ。
 「どうしよう。人も多すぎるし、こんなところ、とっとと出ていこうかな」
 みさきが迷っていると、すこし離れたところから、ひときわ大きな歓声と拍手があがった。平凡な姿の護衛たちのあとで、シャツ姿の召使が、高価そうな乳母車を押して歩いていた。
 「王子さまだ!小さな王子さまだよ!」
 「わぁ、笑ってる!ぼくらの方を見てくれてるよ!」
 今度は、豪華絢爛な乳母車の中に、幼い王子さまがいるらしかった。愛らしいほほえみで、国民たちの前を通っているということだ。けれどみさきには、服どころか王子の姿も見えない。
 みさきは、そばにいた青年に質問した。
 「ねえ、あの王子さまも、やっぱりバカには見えないんだよね?見えている人は、頭が良いってこと?」
 青年は驚いたようだった。
 「ええ?それは王さまの服の話だろ。王子さまは違うよ。見えない人は『不さいわいの人』なんだ。大事な王子さまを見ることのできる人が、この国でずっと生きていける、『さいわいの人』じゃないか」
 青年はこともなげに答えた。
 「『さいわいの人』?幸せでいられるってこと?」
 「そうだよ、見てごらん。あんなに魅力的な王子さまがいるんだ。この国の人間でいられるってことがどんなに『さいわい』か。君にはわからない?」
 「ふうん……」

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 みさきは青年から離れた。そしてそばにあった、枝の突き出ている木に登った。大人の背丈を少し越えるくらいの高さだけれど、あらためてパレードの全体を見渡すことができる。何度見ても、乳母車の中に王子さまはいないし、山車も家来たちも平凡な見た目でしかない。
 みさきは、叫んでしまおうと決めた。――見えないものを見えると言って、全員が同じことを考えないといけないなんておかしい。どうせぼくはこの国の子じゃないし、秘密を暴いたことで、もしかしたら感謝されるかもしれない。そうだ、言ってしまおう。――
 心臓は高鳴ったけれど、みさきははっきりと息を吸い込んだ。
 そして叫んだ。
 「王子なんていないぞ!」
 木のまわりにいる人たちが、歓声をやめて木の上のみさきを見た。
 「王子なんていない!王子さまなんてどこにもいないぞ!みんながみんな、同じように思わされているだけだ!乳母車も家来たちも、なんにも特別じゃないぞ!」
 みさきの声を聞いた人たちに、沈黙が広がっていった。顔を見合わせる人があり、みさきを指さしてヒソヒソと話している人もいる。みさきの声はこの国の人たちに届いていき、パレードには静けさがおとずれた。
 「王さまだって裸だ!パンツ姿で、お腹でっぷりの、はだかんぼだ!金色の服なんか着ちゃいないぞ!」
 みさきは期待した。大勢の人が本当のことに気がついて、「たしかにそのとおりだ」とあらためる。自分たちのおかしな思い込みに気がついて、ついには王さまに向かって笑いだすことを。
 しばらくすると、黙りこんでみさきを見ていた人の一人が、ふり返ってパレードに向き直った。そしてもう一度、王子さまに向かって拍手を始めた。一人、二人とみさきを無視しはじめて、拍手は大きくなっていった。パレードは変わらずに続けられ、大勢の人たちがまた、みさきの見えないものに見とれている。みさきの声はあっという間に忘れられて、何事もなかったみたいに、また元の歓声と騒ぎが戻った。

 何人かの大人の人が、急ぐふうでもなく木の周りに集まってきた。さっき話した青年が手を伸ばして、みさきが木から降りるのを手伝った。
 「ほら、静かにして、降りてごらん」
 青年は両腕でみさきのわきの下を持ち、みさきをゆっくりと地面に降ろした。青年の目は、間違いをしでかした人間を見るときの、哀れみの目をしている。周りでは、何人かの大人の男の人たちが話していた。
 「しょうがねぇなあ、騒いじゃって」
 「外国から来た子だろう。何にも理解してないんだ、まあ許してやれよ」
 パレードの歓声はまた大きくなって、「素敵!」とか、「きれいだなあ!」とか、みさきには見ることのできないものが称賛されていた。 
 「わかってる、わかってるんだよ。君はまだ、この国の『さいわいの人』にはなれないみたいだね。かわいそうに」
 と青年は言って、静かに立ち去った。周りにいた大人たちも、みさきにたいした注意を向けずに、またすぐにパレードの観衆の中に消えていった。みさきと同じくらいの年の男の子が、離れたところから言葉を投げた。
 「お前、もっとうまくやれよ!ちゃんとわかってるふりをしようぜ?」
 みさきを気にかけた人は、その子が最後だった。ざわざわと騒がしい人波は、パレードに合わせてゆっくりと動いていく。派手な山車らしき物に、豪華な馬車が通っていったらしい。特別らしい楽器を奏でる人々と、奇抜な格好の踊り子が通ったらしい。隊列は過ぎ去っていき、だんだんと遠ざかっていった。

 時間が経つにつれて人波も減り、大通りにはパレードを楽しんだ、満足気な顔の人たちが行きかっている。夕暮れの赤い空が、人通りの少なくなった町を照らしていた。みさきのそばを通りすぎる人たちが、この国のパレードを褒めたたえていた。歩き過ぎ去っていく家族は、「かわいい王子さまが見られて良かった」と、にこやかに話していた。

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 執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の三年間は同世代との交流をせずに過ごした。20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター 喜久井ヤシン 風刺家101 (@ShinyaKikui) | Twitter


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