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「ゲイがオススメするLGBT映画」の企画を無視。マニアックすぎる〈男同士の愛を描いた映画〉特選

   お詫び

 本当はこの記事は、「ゲイがオススメするLGBT映画」になるはずだった。私はいわゆる「ゲイ」で、ひきこもっている時に、それなりの数の映画を観てきた。最近なら『ボヘミアン・ラプソディ』や『おっさんずラブ』の映画化など、いくつかLGBTの話題をピックアップすることもできる。読みやすいエンタメ情報を集めることもできた。

 けれど、普段は別にゲイを意識して映画を観ているわけではなく、セクシャリティの分類を越えた名作(迷作)もある。どうせならあまり語られないような、マニアックな作品を紹介したい欲が出てしまった。
 その結果、この記事では誰も一生観ないような映画が集まっている。入手困難なので「オススメ」でさえない。それでも私には大感動だった作品だちで、忘れられるには惜しいものばかりだ。当初の企画からは完全にズレたけれど、これはこれで紹介してしまおうかと思う。「LGBT映画」ではなく、(ほぼ男同士の)「愛を描いた映画」5選だ。


※1~4本目までネタバレなし。一応最後に、「ちゃんとオススメできる『愛と性を描いたLGBT映画ベスト10』を掲載しています。

 

Ⅰ 寄宿舎~悲しみの天使~

寄宿舎 ?悲しみの天使? [DVD] 

 ジャン・ドラノワ監督 1965年 フランス 
※『悲しみの天使』『寄宿舎 ジョルジュとアレキサンドル』のタイトルでも公開。

   STORY
 舞台は1920年代のカトリック寄宿舎。少年たちは、神父による厳格な規律の中で共同生活をしている。貴族の息子であるジョルジュも、父親の言いつけどおりに清廉潔白な生活を送っていた。しかし13歳の美少年アレクサンドルと出会い、惹かれあうようになったことから、悲劇の歯車が動き出す。

   POINT
 『トーマの心臓』の萩尾望都や、『風と樹の詩』の竹宮恵子等、「24年組」と言われる少女漫画家たちに影響を与えた作品。日常のふとした瞬間も、少年同士ではスリリングになる。厳粛なミサでの視線の交わり、温室でささやく言葉、一瞬でおこなわれる手紙の受け渡し……。それらすべてが特別な瞬間だ。現在のBL作品でも、同性というだけで手をつなぐことが特別な意味を持つように、何気ないシーンにも緊張感がある。
 60年代のフランス映画が生んだ薫り高いモノクロの映像美で、二つの悲しい魂が描かれている。
 (なお19年1月の執筆時、Amazonでは本作の中古DVDに約3万5000円の値がついていた。希少価値高すぎだ。)

 

Ⅱ 惜春鳥 

異才の人 木下恵介―弱い男たちの美しさを中心に

木下恵介監督 日本 1959年 
※画像は『惜春鳥』の1シーンが表紙の、石原郁子著『異才の人木下恵介』から。

   STORY
 故郷の会津若松に昔の親友が帰省したことで、五人の男たちが旧交を温める。しかし東京から帰ってきたその同窓生は、友に言うことのできない悪事を隠していた。若い男たちの思惑の交差が、白虎隊の哀史と重ね合わせて語られる。

   POINT
 特筆すべきは、不可解に多い風呂の場面。男の裸体がテーマといってもいいほど無駄に脱いでおり、初期の『薔薇族』のグラビアみたいな構図が登場している。物語は一応男同士の友情として描かれており、同性愛描写があるわけではない。しかし50年代末のホモソーシャルな関係の例として、興味深いものがある。
 木下恵介監督は、黒澤や小津の世界的名声に比べると、現在では高いとはいえないだろう。けれど『二十四の瞳』(1954年)や『楢山節考』(1958年)の例のように、洗練された作風を持っている。
 話は変わるけれど、木下監督の『破れ太鼓』(1949年)は日本ニート史に残すべき作品だ。働かないでピアノばかり弾いている息子が、一生働くつもりがないことを父親に伝える名場面がある。全然知られていないけれど、個人的にはニート必見の作品だと思っている。

 

Ⅲ キラーコンドーム 

キラーコンドーム [DVD]

 マルツィン・ヴァルツ監督 1996年 ドイツ

   STORY
 男たちが次々にペニスを奪われる事件が続発し、巨大な逸物を持ったゲイの刑事が調査に乗り出す。好みの美男子との熱い捜査を続けるうちに、ペニスを食いちぎる人工生物、「キラーコンドーム」の存在が発覚する。刑事ははたして、人類滅亡にかかわる壮大な計画を止めることができるのか。

   POINT
 2000年前後の頃に、レンタルショップの商品がVHSからDVDに切り替わる時期があった。ワゴンには捨て値でVHSが売られており、そして捨てるにふさわしいB級作品が投げ売りされていた。「キラーコンドーム」はそんなワゴンの中で出会った一本で、調べたらカルトムービー界で名を残している。ドイツらしいビターな笑いが詰まったコメディだ。

 重要なのは、すべてがシーンがシリアスに作られている点。男同士の愛もセックスも、すべてが真剣に語られている。このコメディは、すべてを真剣に語ることによって、根本的なバカバカしさを増大させている。エイズ差別を描いた『フィラデルフィア』(ジョナサン・デミ 1993年)も、アウシュビッツの同性愛者を描いた『ベント/堕ちた饗宴』(ショーン・マサイアス1997年)もシリアスだった。けれど人々に愛を訴える熱意に関して、本作の刑事は人後に落ちない。「ベストLGBT映画」のような企画ではランクインしない種類の作品だけれど、忘れがたい名スピーチをする場面がある。

 

Ⅳ エンジェリック・カンヴァセーション 

エンジェリック・カンヴァセーション [DVD]

デレク・ジャーマン監督 1985年 イギリス

   STORY
 奇才デレク・ジャーマン監督によるアーティスティックな映像詩。男が廃墟、泉、荒れた庭などをめぐる彷徨の旅をし、スクリーンに愛と孤独が刻まれていく。男たちが肉体を重ねる幻想的なイメージは、愛し合う性交の場面のようでもあり、憎しみあって闘争する姿のようでもある。

   POINT
 映像の流れを愉しむ現代アートの一種ともいえる作品。物語らしい展開のすべては、抽象的なイメージになって伝えられている。たとえば、愛した男と水の湧き出る泉に飛び込み、水しぶきをあげて泳ぐ場面がある。けれど時を経て、同じ男は一人荒れた庭に座りこみ、わびしい水たまりを見つめる。この変化は、愛液の溢れ出る性交のあった関係が、一人きりで自慰をするほかなくなったわびしさの表現と思われる。象徴的な場面の連続を、想像力を駆使して読みとっていく作品だ。

 

 Ⅴ ぼくを葬る

ぼくを葬る [レンタル落ち]

 フランソワ・オゾン監督 2005年 フランス

   STORY
 若いフォトグラファーががんを宣告され、余命がわずかしかないことを知る。しかし親しい人々にもがんのことを秘密にし、同性の男の恋人とは理由を告げずに別れていく。自らの死と向き合う中で、ある時友人の女性から子どもがほしいという申し出があり……。

   POINT  ※ネタバレあり
 フランスの名匠・フランソワ・オゾン監督による一本で、この記事で取り上げた他の作品に比べると入手しやすく、一部で高い評価も受けた。本作は、「何を描いたか」よりも、「何を描かなかったか」で観ると面白い。

 (ネタバレをするけれど、)クライマックスで、フォトグラファーの男は海辺に横たわり、がんによって死を迎える。この海辺の場面が最高だ。
 ゲイと海辺の組み合わせは、この半世紀ほどの映画でくり返し表れてきた。たとえば『ベニスに死す』(ルキノ・ヴィスコンティ 1971年)では、老学者が美少年に見とれながら海辺で亡くなる。これはトーマス・マンの原作があり、古代ギリシアの同性愛文化が下地になっていた。
 また、『ロングタイム・コンパニオン』(ノーマン・ルネ 1990年)では、仲間と死別した人々が、トボトボと歩く海辺のラストシーンがある。ここにはエイズ禍の絶望感が漂っていた。
 (つけ加えると、『シングルマン』でのキザなナンパや、『ムーンライト』での臆病な性愛の場面も海辺だった。)

 それらに対して、『ぼくを葬る』の海辺には何もない。性と愛が描かれていながら、ギリシア文化も、エイズも、セックスもない。特別な「ゲイ」としてではなく、ただの一般人として死んでいく。これは、同性愛が異常なものではなくなったからこそ描きえた、現代的な到達点だと思う。

 

   あとがき

 異性愛者が『タイタニック』や『ローマの休日』のような恋愛をしているわけではないように、ゲイだからといって、映画的な体験をしているわけではない。ほとんどは目立つことのない毎日を、精一杯に過ごしながら日々を越えている。『ぼくを葬る』の平凡な人物は、特別でも劇的でもない人間をとらえていた。恋愛やセックスでもなく、そもそもゲイとして過ごしているわけでもない、一人の人間であることころに親近感を覚えた。

 とはいえ、映画が一世一代の物語に没頭させてくれる芸術であることに変わりはない。以下にはおまけとして、異性愛以外で「愛と性を描いた映画ベスト10」をピックアップする。

 

おまけ 個人的にちゃんとオススメできる
「愛と性を描いた映画ベスト10」

ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ(字幕版)

1.ヘドヴィグ・アンド・アングリー・インチ
(ジョン・キャメロン・ミッチェル 2001年 アメリカ)
性別を超えてロックスターを目指すヘドヴィグが歌う。映画の魔法がかけられている。

 

2.ブエノスアイレス
(ウォン・カーウァイ 1997年 香港)
異国の地での男同士の葛藤を、濃密な空気感でとらえた。二人の名優が主演。

 

3.キャロル
(トッド・ヘインズ2015年 イギリス)
50年代のNYを舞台にくり広げられる女性同士の恋。極上の映画美術がある。

 

4.ぼくのバラ色の人生
(アラン・ベルリネール 1997年 フランス、ベルギー、イギリス)
男の子の体を持った女の子の物語を、溢れ出しすぎの色彩で描いている。

 

5.ベニスに死す
(ルキノ・ヴィスコンティ 1971年 イタリア、フランス)
美少年タッジオを渇望する老学者を描いた、ヴィスコンティによる不朽の名作。

 

6.GF*BF
(ヤン・ヤーチェ 2012年 台湾)
戒厳令下の台湾での、男女三人の「友情」を描く。愛の痛みが伝わる傑作。

 

7.ブローク・バック・マウンテン
(アン・リー 2005年 アメリカ)
二人のカウボーイの秘められた生涯。2000年代を代表するゲイ映画。

 

8.パレードへようこそ
(マシュー・ウォーチャス 2014年 イギリス)
炭鉱夫たちのストライキに同性愛団体が協力。明るく希望的なメッセージが伝わる。

 

9.私のロランス
(グザヴィエ・ドラン 2012年 カナダ、フランス)
性別を変えた教師と、その恋人の葛藤を描く。監督は公開時23歳の俊英。

 

10.アデル、ブルーは熱い色
(アブデラディフ・ケシシュ 2013年 フランス)
青色の髪の女性との、人生を変える出会い。熱烈なラブシーンを含む話題作。

 

 

  執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の三年間は同世代との交流をせずに過ごした。20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター  喜久井ヤシン(@ShinyaKikui)さん | Twitter

 

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