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ニーチェもカフカも敵わない。最恐の思想家〈シオラン〉の名言集 ブックガイド付き

 シオラン という思想家がいる。

 一般ではあまり知られていないこの思想家は、神と人間を否定する数々の書物を残した。数行の短い言葉からなるアフォリズムを特徴とし、シオランは万物を呪わんとする。

 激怒  憂鬱 嫌悪 恐怖 憎悪 不安 絶望 ……その言葉の中ではあらゆる苦しみが渦を巻き、読む者に地獄を案内する。

 今回はその一端を紹介する。

 

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自殺のアフォリズム

 特に死に関する言葉において、シオランの舌鋒は激しい。

結局のところ、私たちが自殺しないのは、自殺の理由がありすぎるからだ。

『カイエ』

生の秘密の一切は、次の点に帰着する。すなわち、生には何の意味もないが、にもかかわらず私たちはそれぞれ生に意味を見出しているのである。

『思想の黄昏』

なぜ私は自殺しないのか。生同様、死が私に嫌悪感をいだかせるからだ。

『異端者シオラン』

毎日毎日が、私たちに、消滅すべき理由を新しく提供してくれるとは、素敵なことではないか。

『告白と呪詛』

 シオランには、徹底したペシミズム(悲観)がある。生まれてきたことを呪い、人間を否定し、ひいては宇宙の始まりそのものを憎しむ壮大な憎悪がある。その否定の精神は、ヨーロッパにおいて「ニーチェ以後の最良のアフォリズムの書き手」と評されている。

 本のタイトルからして、『崩壊概論』、『欺瞞の書』、『敗者の祈祷書』、『苦渋の三段論法』など、普通ではない。生涯に残した20冊ほどの書物は、すべてに異常な情念がこめられており、そのまがまがしい思念は老年に至っても衰えることはなかった。

敗者の祈祷書 (叢書・ウニベルシタス)

 

悲痛のアフォリズム

たった一度でも理由なしに悲しくなったことがあれば、私たちは生涯、それと知らずに悲しかったのだ。

『思想の黄昏』

あらゆる人間が私を人間から切り離す。

『思想の黄昏』

生まれないこと、それを考えただけで、なんという幸福、なんという自由、なんという広やかな空間に恵まれることか!

『生誕の災厄』

……私は呼吸する——それだけで、私を病院に閉じ込めるに足る口実になる。

『崩壊概論』

われわれが生きて行けるのは、ただわれわれの想像力と記憶力が貧弱だからにすぎない。

『崩壊概論』

 シオランの文章は修飾が多く、およそ現代的ではないバロックの文体で書かれている。詩ならざる詩を書きつづっていた文学者であり、細かな情報を理解せずとも、読み進めることそのものに享楽を受ける。語る内容が死や否定でありながら、これほどエネルギーにあふれた文学もない。

 私は悲観に満ちたシオランの言葉を読むことで、多大な生命力を受けてきた。書物全体としては宗教的・神学的な批評が多く、理解しづらい点もある。だが一言一言の切れ味が鋭く、次の言葉を求めてページをめくってしまう。否定は時に哄笑へとかたちを変えて、人間社会を切りとった喜劇に及ぶ。

 以下の言葉など、絶望がいきすぎているために、もはや滑稽の域に達していないだろうか。

街頭に出たとき、人々を見て最初に頭に浮かぶ言葉は「皆殺し」である。

『世界毒舌大辞典』

わたしたちは、すくなくとも一日に十五分咆哮する能力をもつべきであろう。

『時間への失墜』

時間への失墜 (E.M.シオラン選集)

文学のアフォリズム

 あらためて略歴を記すと、シオランは1911年、現ルーマニア領の地域に生まれた。1931年ブカレスト大学文学部卒業後、若くして罵倒に満ちた書物を発表し、異端の思想家として歩み始める。1937年からはパリに移り、執筆する言語をルーマニア語からフランス語に変更。人間の楽観性を壮大に批判する『歴史とユートピア』(1960年)などが評価され、思想家としての地位を固めた。1995年、85歳で亡くなるまで、宗教・文学・歴史・西洋音楽などに関する過剰な言葉を書きづつった。

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 多くの著書が断片的な文章で成り立っており、シオラン自身もそのことについて書いている。

私は断章のために生まれたのだ。

『カイエ』

罵詈雑言、電報、墓碑銘。これが文章の手本だ。

『苦渋の三段論法』

どちらかしか好きになれない。うわ言か、警句かだ。

『告白と呪詛』

 偉大な西洋哲学は、着想を論理的に構築し、巨大な体系的思想を作り上げてきた。しかしシオランの最も得意とした形式はアフォリズムであり、それは時として前後の脈絡がなく、お互いに矛盾した主張を含むことさえある。思想家としては異常なことかもしれないが、一文一文が短刀となって、読む者の脳天に突き刺さる力を持っている。

 『シオラン対談集』の中では、『自分をぶん殴る代わりに書く』、『私のすべての本は失敗に終わった自殺だ』と言っている。まっとうな学者にこのような発言はありえないだろう。
 しかしその学識は深く、哲学では中国古典からニーチェ、文学においてもダンテやシェイクスピア等を渉猟し、幾多の批評を試みている。

書物とは一箇の危険であるべきだ。

『四つ裂きの刑』

独創的な思想家は深く掘り下げるというより、襲いかかるものである。

『深淵の鍵』

人がある作品を生産するか否かは問題ではない。一番大切なのは、自分自身にも他人にも価値あることを言ったかどうかなのです。しかしこれだけは申しておきましょう。私がこれまでに書いてきたすべての文章において、私は他人のことを考えたことは決してなかった、と。私は私のために書いてきたのです。 

『危険を冒して書く』

カイエ 1957‐1972

孤独のアフォリズム

 シオランの絶望感には覚えがある。私が「ひきこもり」状態で、人との関わりが立たれていた時期に、ひしひしと感じていたあの孤独感だ。誰ともふれあうことなく救いのない毎日が過ぎていき、残酷な歳月に身が老いさらばえる。その時、シオランの言葉はあった。

私たちはひとつの仕事をもつことを求められている。——まるで生きることがひとつの仕事、それももっとも困難な仕事ではないかのようだ。

『思想の黄昏』

悲哀を味わったため、漠然たるその機微に通じようとして、ある人は一秒をかけ、ある人は一生をかける。

『苦渋の三段論法』

 私はこのような言葉を、虚無的な年月が過ぎ去ることに対する、大いなる慰めとして読んだ。お気楽に日々を過ごしていける人々にはわからない、暗く厳しい人生を生きる人たちのための言葉ではないか。

 他にもある。

人間は、おのれ自身であることの苦悩に直面するよりは、恐怖という汚物にまみれることの方を選ぶ場合があるのだ。

『歴史とユートピア』

私には疲労という才能がある。

『カイエ』

混沌はなんと快適な枕であろう。

『苦渋の三段論法』

ペシミズムとは、自分の期待を裏切った人生というものを許せない敗北者の過酷さなのである。

『崩壊概論』

充分に不幸ではないという不幸…… 

『思想の黄昏』

 シオランの読書は精神に劇薬を与える。すべての文章が苦しみを語っているが、それらの言葉を読んでいくうちに、いつしか自身の深奥から、ある種のたくましさのようなものが湧き上がっている。地獄を突き抜けて歓喜へ至り、時には行きすぎて躁的な状態にまで届かせるために、それはそれで正常ではない精神となる。私はこのような読書体験を、シオランを読む以外に味わったことがない。

 絶望のきわみにある人、もしくは全人類を哄笑したい人に、シオランの本を通しで読むことをオススメする。
 そして死を考えている人にも。シオランを読んでから自殺しても遅くはない。少なくとも私は、シオランによって救われた者の一人だ。

歴史とユートピア

シオランを読むためのブックガイド

 私なりに、いくつかオススメの本を紹介したい。
 まず、弱冠22歳で出版した『絶望のきわみで』から『思想の黄昏』まで、原文をルーマニア語とする和書が5冊ある。この時代の著書の尊大さには比類がなく、自らが異端の神になったかのような壮大な批判が展開されている。

 圧巻は『思想の黄昏』であり、シオランにしか到達できないアフォリズムが詰め込まれている。ただ激しいだけではなく、詩情豊かな哀感が含まれている言葉が多く、豊穣な読書体験へといざなう。『ルーマニアの変容』のみ自国の歴史をテーマに絞っているが、他の3冊も生命を呪うアフォリズムが基本であり、1ページごとにシオランの毒を浴びることができる。 

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(『思想の黄昏』は、編集者オリジナルの帯文がすでにイッている。)

 フランス語に変わった以降の著書は十数冊訳されている。現代ではほとんどが絶版になってしまっているが、古書であれば法政大学出版局のものが比較的入手しやすい。その中では、『四つ裂きの刑』がシオランのアフォリズム的精神の入門になるだろう。執筆ではないが『シオラン対談集』でもペシミズムは遺憾なく発揮されている。しかし『オマージュの試み』だけは親しい人々への愛情が語られており、シオランとしては異例な肯定の思考が表れている。

 『歴史とユートピア』(1960年)は思想書として高い評価を受けており、訳者の一人はシオランの頂点という。しかし散文的に書かれているため、私としては神経をしびれさせるような一文が少ない印象を受けた。好みの問題だが、アフォリズムを求めるなら他の書が良い。

 フランス語時代のもので挙げるなら、一つは『崩壊概論』、もう一つが『生誕の災厄』だろう。どちらもこの世に生を受けたことの恨みを込めて、あらゆるものを敵視する攻撃的な生命力が宿っている。

 また、シオランの死後に出版された『カイエ』は、二段組みで1000ページを越える大著。定価が2万7000円というのが安く感じられるほど、翻訳出版されたことに感心する。いかに日本の読者がシオランを求め、類例のない強靭な言葉を求めているかがわかる。

 シオランの著書以外では、パトリス・ボロンによる評伝に『異端者シオラン』があり、詳細な来歴が参照できる。比較的軽い本では、鹿島茂の 『悪の箴言』に略歴などが収録されており、新しい本なので入手もしやすい。だが個人的には、シオランのまがまがしい書物を直にふれ、その重く深淵な底なし沼に沈んでしまうことをお勧めする。

悪の箴言(マクシム) 耳をふさぎたくなる270の言葉


   参照

『絶望のきわみで』 金井裕訳 紀伊國屋書店 1991年
『欺瞞の書』 金井裕訳 法政大学出版局 1996年
『ルーマニアの変容』 金井裕訳 法政大学出版局 2013年
『思想の黄昏』 金井裕訳 紀伊國屋書店 1993年
『敗者の祈祷書』金井裕訳 法政大学出版局、1996年
『崩壊概論』有田忠郎訳 国文社 1975年
『苦渋の三段論法』 及川馥訳 国文社 1976年
『歴史とユートピア』 出口裕弘訳 紀伊國屋書店 1967年
『時間への失墜』 金井裕訳 国文社 2004年
『深淵の鍵』 出口裕弘・及川馥訳 国文社 1977年
『生誕の災厄』 出口裕弘訳 紀伊國屋書店 1976年
『四つ裂きの刑』 金井裕訳 法政大学出版局 1986年
『オマージュの試み』金井裕訳 法政大学出版局 1988年
『シオラン対談集』 金井裕訳 法政大学出版局 1998年 ※顔写真は本書から失敬した。
『カイエ』 金井裕訳 法政大学出版局、2006年
ジェローム・デュアメル著『世界毒舌大辞典』吉田城訳 1988年
ジェイソン・ワイス著『危険を冒して書く』浅野敏夫訳 法政大学出版局 1993年
パトリス・ボロン著『異端者シオラン』金井裕訳 法政大学出版 2002年
鹿島茂著 『悪の箴言』 祥伝社 2018年

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 執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の3年間は同世代との交流なく過ごした。20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験している。2015年シューレ大学修了。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter

 

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