ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

『ひきポス』は、ひきこもり当事者、経験者の声を発信する情報発信メディア。ひきこもりや、生きづらさ問題を当事者目線で取り上げます。当事者、経験者、ご家族、支援者の方々へ、生きるヒントになるような記事をお届けしていきます。

「ひ老会」とは何か。ー ひきこもり当事者の立場からひきこもり高齢化・8050問題を考える ー

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文・ぼそっと池井多

 

 

 

 

これまでテレビで放送された「ひ老会」の様子をご紹介します。

  

まずは2018年8月22日、NHK EテレハートネットTV」で

「ひ老会」が紹介されたときのもの。

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2018年9月27日、BS11インサイドOUT」で

「ひ老会」が紹介されたときのもの。

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2019年1月7日、TBS(地上波)「Nスタ」で

「ひ老会」が紹介されたときのもの。

 

2019年3月29日、NHK「ニュースウォッチ9」で紹介されたときのもの。


20190329NHK「ニュースウォッチ9」HIKIPOS ひ老会

 

「ひ老会」へのお問い合わせやご参加申し込みは、

このひきポスではなく、

 

チームぼそっと

vosot_just@yahoo.co.jp (「@」を半角に変えてください)

 

までお願いいたします。

 

メールには、

(1)呼ばれたいお名前(本名でなくてもかまいません)

(2)お立場

  例 ひきこもり当事者30年、ひきこもりの親20年

   行政支援者3年 など

(3)いま困っていること

  例 親が死んだらどう生きていけばいいか悩んでいる

    支援者なのだが、こういう事例で悩んでいる など

 

をお書きください。

 

場の安全を守るために、参加が確定した方にのみ正確な開催場所をお知らせしております。

 

約2ヶ月に1回の不定期開催。

なお、次回は

2019年7月27日(土)

です。

 

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以下、「ひ老会」に関する雑文です。

 

いくつかのテレビ番組でご紹介いただいたためか、

私がぼそっとプロジェクト(*1)の一環として

主宰させていただいている「ひ老会」について、

このひきポスにもお問い合わせをいただくことが多くなった。

 

 

そのため、このひきポスでも「ひ老会」の説明を

少し書かせていただこうと思う。

 

ひ老会」は、ひと言でいえば、

昨今しきりに叫ばれるようになってきた、

ひきこもり親子の高齢化「8050問題」を、

ひきこもり当事者の立場から語り、考える会である。

 

この「ひきこもり当事者の立場から」という部分が大切である。

なぜならば、親の立場やメディアの立場など、

当事者以外の立場からは、

すでにさかんに8050問題が語られていて、

それらに私のようなひきこもり当事者が違和感を抱いたために、

ひ老会」が始まったからである。

 

きこもりといを考える」から来ている。

 

初めのころは、

参加資格は子の立場、ひきこもり当事者に限らせていただいてきた。

しかし、ひきこもりの親御さん、支援者、専門家、

メディアの方の中にも、

「ひきこもり当事者の立場から」8050問題を語る、

ということに強く同意してくださる方々はいるので、

最近はそういう方々のためにもご参加いただけるようにしている。

 

第1部のシェア・ミーティングにおいては、

専門家だろうが支援者だろうが取材者だろうが、

誰もがひきこもり当事者と同じ土俵に立って

「シェア」としてご自分のことを語っていただく。

 

ひきこもり当事者を、ただ外から傍観したり、

どこか高みから見下ろすだけのような取材者は

固くお断りをしているし、途中からでも帰っていただく。

 

なぜならば、

人は生きていればみんな何らかの問題を抱えているはずであり、

親子や老化といった問題は

ひきこもりであるなしにかかわらず人に到来し、

誰もが「人生の当事者」であるはずだからである。

  

「上の立場にいる専門家から、

何かを指示されるわけでも、教示されるわけでもないのに、

そんなところに参加して、いったい何の役に立つものか」

と思われる方もいらっしゃるだろう。

 

ごもっともな疑問だと思う。

 

しかし、自分と似た問題を持つ他の当事者が、

人として同じ地平から発する声は、

参考やヒントになることがみっちり詰まっており、

耳をすませば、宝の山なのである。

 

そこから役に立つ情報や知恵を自ら「拾う」ということで

「拾う会」であるとも言える。

(たどりつく人はみな疲れているので、

「疲労会」だという説もある。)

 

けれども、つまるところ

「ひ老会」で聞けるもっとも価値ある声は、

「自分の声」なのではないか、と私は思う。

 

似たような問題を抱えた他者たちの前で、

あらためて自分の問題を語ると、思わず

「自分は、こんなことを考えていたのか」

と気づかされることが多い。

 

目の前に共感的な聞き手を獲得するまでは、

けっして言葉になって出てくることのなかった

自分自身の声に目を覚まさせられるのである。

 

専門家や支援者など、他の人から何か言われるのではなく、

苦しみや悲しみや困っていることを

たどたどしくてもいいから、言葉にして聞いてもらうことから

自分自身が何か解決のヒントを得る。

 

答えは自分の中に在るのである。

 

それが得られていくときの深い充実感は、

やはり体験しないとわからないだろう。