著・写真 ゆりな
瞳が、人形にはめ込まれたビー玉のように
表情は、思考と筋肉の結び付きが緩み、
「嘘」と呼ばれる行動に手をつけ始めている。
今はまだ顔の皮膚と仮面の隙間に指を入れてひき剥がすことが出来 ても
いつしか面は、皮膚と仮面が一体化して、 その境も分からないくらい同化し、
その同化したことさえも忘れてしまうのか。
あんなにもなりたくなかった"大人"になっていく
大人になることから逃げ続け、抗い続けて
純粋でいることに固執したゆえ
自らの器に、"自分"を閉じ込めた過去
綺麗事を教えるなら
先にこの世界の絶望を教えてほしかったと懇願した日々。
そして私は、
残酷にも
当時の鮮やかな感情を失っていく
自分の感じたすべての感覚を言葉にしなきゃ
目に見える形にしなきゃ
そこにちゃんと"感情"が存在していることを証明したくて。
私の言語化する理由はそこにあった。
自分の取り巻く環境を、今の状況を、感じた気持ちを
一秒たりとも逃さず心に記録し、言葉に残すことで
常に私の体のそばに置いておきたかった。
私の頭の中には常に言葉があって
その言葉を愛でることが
私にとっての心に平穏をもたらす
ひとつの為せることだった。
けれど
言葉を口にすると、
世界に「私の世界」が溶けた
言葉を発すると
自分の体を奪われる感覚に襲われた
手がどこからか伸びて内臓を奪いにくるように
私は世界と同化するのが怖かった
今
社会と交わったその接点から
あらゆる人の考え方、生き方、正義が体に入り込んで
私の思考はそれと混ざり
"社会"に近づいていく
生きづらさを知らなかった昔の自分とは異なる
また別の場所から栄養され始めている
これまで
胎盤から伸びる血管によって
栄養され、生き延びてきた
それがなければ私は飢え
従わなければ罵倒され
それを当たり前だと思わなければ
"私"が壊れた
時が
その不気味さに気づいたとき、
私は
粘膜もろとも引きちぎり
「成人」になる
うなだれた血管を地面に置き去り
その残骸に
「無」の眼差しを送る
それでも虚しさと名残惜しさの感情も
同時に沸き上がるのを認めざるを得ない
人はどん底にとどまり続けることはできない
その事実に、私は人間の思考の限界を感じ、申し訳なさを抱え、
「ごめんなさい」と一人、部屋で嘆いた。
苦しみのどん底で生き続けられないことは
過去に、人に傷つけられた自分を裏切る行為になること
そして、 これから私が出会うであろう人を傷つける恐れに繋がること
その自らの示唆に
怯えて泣いた。
けれど、
私はもうその日に戻れない。
綺麗事を口走りそうになる自分
死ねなければ世界は続いていくこと
これらを諦め、受け入れる姿勢を持ち始めている。
そして、そんな自分を嫌悪する自分もいる。
いつしか
さっきまでの自分を今の自分と切り離して
過去の自分を記憶から消し
あたかも「今、産まれた」 ように装って器用に生きようとする様をも想像できる
これまで関わってきた人たちに無礼で、 無慈悲で感謝の欠片もない態度で。
傷を癒すことは時にして
心を手放すことと同じに成りかねない
その細い綱を渡るような怖さは私に身震いを起こさせる
これまでにかけてくれた言葉を、人を、
顧みず前に進もうとしている
こんな卑劣で卑怯なことがあるだろうか。
卑劣で卑怯な感情は、後ろめたさという炎に薪をくべる
なのに止められない。
心が安定する方へ
自分が心地よいと感じる方へと
歩を進めている自分に
ずるさ、むごさが
鮮烈に目の前を横切る
そのむごさは、いつか人の手をとる気持ちに間に合うだろうか
黒くて、暗い手に私は目をやる。
私はいま、ここにいる。
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編集後記
この記事は6ヶ月以上前から書き始め、 したためていたものを再編したものです。
こんなにも筆が進まず、 記事を出すのに時間がかかってしまったのは
むき出しの感情を言葉にすることが苦しかったこと、
私の頭の中をあらわにすることが怖かったこと、
そして、
この言葉たちを自分だけの目で見たとき、
時間の経過のなかで自分がどう思うかを日々観察していたい思いが あったからです。
改めて、口調や、言葉の選び方に時間を費やしましたが、 この歳月をかけて
当時の感情が朽ちてしまう前に
形にすることができたのは
少し縁深い気分です。
読み返す度に
その時の衝動で書いた感情は薄れ、その当時から離れていく自分
今も部屋の隅で「ごめんなさい」と嘆いた日を覚えている自分
この気持ちの揺れを闘っている自分
様々な角度からの自分を抱え、私は生きています。
そして、
今、自分の思っていることを「間違っている」 と否定しきる道に深く分け入る足に、 どうか振り返る瞬間がありますように。
ゆりな
執筆者 ゆりな2018年2月、ひきポスと出会う。「私はなぜこんなにも苦しいのか」ひきこもり、苦しみと痛みに浸り続け、生きづらさから目を背けられなくなった。自己と社会の閒-あわい-の中で、言葉を紡いでいけたらと思っています。
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