みさき
こんにちは。ぼくはみさきです。
ぼくは自分だけの船に乗って、波のある海を行きました。空は朝日からすこし過ぎて、白さのまざった青空です。5月の、晴れわたった空です。
長い海の道を過ぎていくと、小さな島があったので、ぼくはそこに上陸しました。小高い山があり、緑は多く、動物も住んでいました。無人島かと思いましたが、ぼくはぼくに似ているけれど、違う人の、なぎさ、という少年と会いました。なぎさは言いました。
ここは、防空監視哨っていうんだ。ぼくはもう何十年も、ここで空の見張りをしながら生きている。
「ぼうくうかんししょう」といっても、古い無線か何かの機械が置かれた、粗末な一室でした。「何十年」というのは老人になる年月ですが、ぼくたちには伝わる意味です。なぎさは、ずっと緊張しながら、何十年も戦いの最中でした。「敵」の軍機が見えたら、すぐ「本部」に連絡するのがなぎさの役割です。だけど……
この無線機って、動くの?ほこりだらけだし、電源もついてないように見えるけど。
いざという時に点けるから、大丈夫だよ。
と言います。重々しい見た目ですが、使い物にならないなら、どこかオモチャみたいな気もしました。使えるようには見えなかったけれど、ぼくは黙っていました。
なぎさに話を聞くと、軍用機が飛んできたのは、もう十何年も前が最後だったと言います。それも、拡声器の声で、
センソウ シュウケツ キカン セヨ
センソウ シュウケツ キカン セヨ
と、言っていたそうです。戦争が終結した、帰還せよ、というメッセージです。
それなら、どうしてまだ、この監視塔に居るの?
ぼくが聞くと、なぎさは自信をもって答えました。
そんな声なんて、敵の罠に決まっているだろ。島から出たら、あっというまに殺されるね。
そう話すなぎさの後ろには、青い空と、平和そうな海がありました。ぼくは聞きます。
何十年もこの孤島にいて、どうやって過ごしているの?
空を監視するので必死だけど、でも、ぼくは書きとめている。
何を?
遊びを。
防空監視哨の隅にはたくさんの紙片があり、なぎさは、見せてくれました。紙片には、たとえばこんなことがつづられています。
1 永遠のすべりだい
とてつもなく長いすべりだいを滑っていった。風がきて、体は空に流されて、半分だけ飛び落ちるようにして、どこまでも滑っていった。そのすべりだいのおわりについて、語ることはできない。まだ滑りおわっていないせいで。
2 途方もないブランコ
町全体がブランコに乗っていて、生まれてから死ぬまで、ずっとそこにいる。あまりにも大きなブランコなので、下がっているところなのか、上がっているところなのか、どちらなのかわからない。だけど町の一生は楽しくて、あっというまだ。
ある少年がいて、一夜ずつ、未知の遊びと出会う物語がありました。これはその物語の断片で、一夜ずつ、なぎさは夢を記録するようにして、本当にあったことのように、大事に書きつづっていました。
ぼくはバラバラに読んでいきました。他にも、こんなものがあります。
719 作り終わらないねんどの国
生まれたときにひとかたまりのねんどを与えられて、一緒に育っていく。はじめは小さなオブジェを作り、だんだんと大きな、テーブルや、家や、道を作るようになる。育っていって、立派な人になったら、もっと大きなものを作る。自分の世界に住んで、自分の世界で子どもを育てる。いつまでも、作りつづけている途中だ。
999 果てしない結び目
北の方に、特別な糸で編まれた、宙に浮いている国があった。クモの巣よりも細かく編み込まれた国で、家も道も編まれたことでできている。結び目のはしかどこで、どうやって浮いているのか、それを解明した人はいない。その国は糸と糸とを結びつけることで、ほんの少しだけ道をのばしてきた。けれど結び目は、一人の人が、一生に一度だけ作れるものだった。一生につき一度だけ、糸と糸を結びつけることで、北の民族はたどりつこうとしていた。道のゴールはまだ見えていない。
なぎさは、こんな遊びの物語を、1000編まで書き終えて、そこまででストップしたそうです。記録してもよかったのですが、気分でなかったそうです。なぎさは、目をそらして言います。
つまらないことだけどね。
いや、面白いと思うよ。
みさきは?何をしてきたの。
一番こわい質問だよ、それ。ぼくも長い時間だったけど、どうかなあ。
みさきも、じゃあ、これの続きをやってみたら?1001番目が書きかけだから、1002番目から。
なぎさのつづきのを?わからないけど、できないんじゃない?
どうでもいいやつだし、ためしに一個書いてみたら?いいよ、いらなかったら捨てちゃえば。
たぶん、意味はないよ、やっても。
意味?ないっていうか、なくっても、意味になるものなんだよ、こういうのは。
何を書いたらいいんだろ。
べつに、好きなものを適当に書いたら?
そう……。書きたくないものならいっぱいあるよ。舟の家がどうとか、桃色の空がどうとかっていうのは嫌だな。変な国とか、狂った人ばかり出てくるのも嫌だ。
……。
……。
……。
長くなるかもしれないけど、いい?
べつに、いいよ。時間……時間だけはたくさんあるし。今日一日でも、明日中でも。みさきのことだったら、まあ、待ってもいい気がするし。
ぼくもなぎさにだったら、話せる気がするよ。この場所はけっこう、くつろげるみたいだし。
監視はしているけどね。でも、落ちつくのはたしかだと思うよ。
じゃあ、何かはやってみるよ。
ぼくは紙片を手にとって、つづりはじめます。まず、タイトルは?どんな話になるかわからないので、最後につけてもいいかもしれませんが、一応、なぎさではなくぼくの物語なので、「みさき」、としました。ぼくは、語りました。
1002 みさき
「遊べなかった子」 #30 文 喜久井ヤシン
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あとがき
2018年4月から始まった連載「遊べなかった子」は、2019年5月の今回をもって完結します。本作は、一回につき2000~4000文字ほどの分量で、隔週の土曜日に掲載されました。
「物語にならない」ことを物語ろうとしているため、ほとんどの話がわかりづらくなっており、恐縮ながら、読者への負担を強いるものとなっています。
全体の流れとしては、初めの何話かまでは主人公以外に人間が登場せず、15話まではすべて1対1の関係が描かれます。多くの人が登場し、ある程度の起承転結が表れるのは16話目以降です。そのため、短編小説らしい一話読み切りの話をお求めの方は、16~26話のみご覧いただくのがよいかと思います。
記事が深刻になりがちな『ひきポス』の中で、本作は唯一のフィクションでした。サイトの雰囲気を軽くする役割が果たせたとはいえませんが、少しでも気晴らしを生みだせたなら幸いです。
お読みいただきありがとうございました。
喜久井ヤシン
執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の3年間は同世代との交流なく過ごした。20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験している。2015年シューレ大学修了。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter