文・写真 ぼそっと池井多
被害者になりえた自分
あの日、バス停でならんでいた子どもたちや、そこを通りかかった人たちは、まさか一分後に自分があのような目に遭うとは、夢にも思っていなかったことだろう。
犠牲となった一人ひとりに、生活があり、感情があり、明日があった。それを想う時に胸に差し迫ってくる痛切は、「哀悼の意を表します」などといった儀典的な言辞でとうていまかなえるものではない。
どんなに注意していても、人はあのような目に遭うことがある。
一歩家から外へ出たら、そこに通り魔が包丁をかざして通りかかるかもしれない。あるいは、アクセルとブレーキを踏みまちがえた車が突っこんでくるかもしれない。
こうした不確実性は、すべての人が持つものである。
その恐怖におびえて家から出ないひきこもりもいる。
無差別殺傷事件が起こるたびに、人はそこに「被害者になりえた自分」を嗅ぎつけ、自分や愛する人が被害に遭わないように、なんとかこのさき手立てはないかと考えあぐね、あれこれの周辺事実を因果関係の線で結んでみたりする。加害者が持つさまざまな属性が、こうしてつぎつぎと話題のまな板に乗せられる。
日本人、男性、両親には育てられなかった、成育歴に恵まれない、スキンヘッド、大量殺人に関する書籍を所持、50代、就職氷河期、…ひきこもり。
そのどこに凶悪の原因を求めるか。
日本国民が一億総出で犯人の人物像を推理したがるのは、なにもFBI捜査官の映画を観すぎたためではない。つまるところ、自分や愛する人を次なる被害から守りたいからではないのか。そのこと自体をどうして責められよう。
私が少年のころは、何か凶悪な事件が起こるたびに「在日がやった」ということにされていた。1988年、東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件のときには、全国的にオタク・バッシングが横行した。2008年、秋葉原無差別殺傷事件が起こったころは、何かあれば「ハケンが起こした」と言われた。
そして働き方改革を経た今は「ひきこもり」である。タレントの中にはひきこもりを「百万人の悪魔」と呼ぶ者も出てきた。
これらは何を物語るか。
凶悪な事件が起こると、多くの人は原因を自分の内ではなく、外に求めたがる。そこで「在日」「おたく」「ハケン」「ひきこもり」といった、マジョリティの市民が持っていない属性へ原因が帰せられていくのである。
彼らはやがて「ひきこもりは犯罪者予備軍」(*1)などと教えこまれ、再発防止のヒントを得た気になって、ひとまずほっとしていることだろう。
加害者になりえた自分
私たちひきこもり当事者も、そこに「被害者になりえた自分」を投影する。しかし厄介なことに、「加害者になりえた自分」という像も同時に浮かんでくるのである。
川崎事件の後、私は多くのひきこもり仲間からこのようなメッセージをいただいた。そのなかには女性の当事者もいる。
「明日は自分があんなことしでかすんじゃないかと、不安」
「偏見助長を抑制するために、メディアで語られているひきこもりは、みんな清く、正しく、美しい。でも、自分はそうじゃない。もしかして、自分はひきこもりにも入れてもらえなくなる?」
「なぜ人間にはこんなに格差があるのでしょうか。いじめやパワハラ、屈辱の繰返しの人生です。突然、その人間たちをマシンガンやバットで打ちまくりたい気持ちに襲われます」
「テレビを見てた親の様子がなんかおかしい。練馬の事件のように、明日は自分が親に殺されるのか。もし親が殺さなくても、社会に殺されるのか。」
返信に書いた。
「私もそう感じている」
と。
いっぽう公の場面で私は、ひきこもりへの差別を助長しないよう呼びかける言葉を発し、そちらがメディアに取り上げられたりもした。
「ひきこもりを差別するな」と叫ぶ声と、「自分も無差別殺人犯になってしまうのではないか」という声は、一般市民からすれば、同じ人間から聞こえてくるはずのものではないと思うだろう。
ところがそうではない。一人のひきこもり当事者の中に、往々にして矛盾とも受け取れるそれら二つの声が混濁しているのである。
「一人で死ね」論争の虚空
私も、加害者になりえた自分を感じていた。
「ひきこもりから脱しよう。そのためには、ひきこもりの原因となっている慢性うつを治そう」
そう考えて、東京・港区にある精神科クリニックに通い始めたのは何年も前である。そこは集団療法を用いており、登録している何千人もの患者たちを住民とする「患者村」の様相を呈している。
何年も通い「治療」なるものを施されるなかで、ある日私は突然、信じていた主治医から信じられない冤罪をいくつも着せられることになった。なぜ主治医がそんな挙に出たのか、理由はいまもって語られない。たぶん発端は、治療者の遊び心か医療過誤の隠蔽だろう。主治医はかつて斯界の大御所とされた精神科医だったので、自らの持つ権威を恃みとしてそんな言動に出たのである。
心の癒しを求めた精神医療の場でこんな体験にさらされた私は、はじめはびっくりした。治療者の言葉は神の託宣とばかりに妄信する他の患者たちから、いっせいに私は敵視され、迫害され、やがて追放されることになった。私が語る言葉に耳を傾けようとする者はいなかった。
「患者村」の生活がすべてになっていた私は、世界から疎外された格好になった。またそれは昔、家族の中で母の虐待を指摘したときに、指摘する私が悪者とされ家族の外へ追放された過去を、構造的に再現する出来事でもあった。
そのときである、私が通り魔になってやろうと思ったのは。
ホームセンターで分厚い刃の肉切り包丁を購入し、その大御所が営むクリニックへ隠して持ちこみ、主治医はもちろん、主治医が流布する作り話を信じる転移患者たちを一人残らず刺してやりたい、と暗い夢を見たものである。
それ以外に真実の訴えようがないと思われた。
血なまぐさい願望を煮えたぎらせた者に対して、「一人で死ね」などと言ったところで無効である。そういう状態にある者の目には、無実な市民も自分への加害者として映っているのだから。
そこで「一人で死ね」と言われれば、
「なぜ、オレだけが損をしなければならない」
という不公平感を増幅させるだけであろう。
むしろ、そういう精神状態に追いやられた者は、凶行のあとに自身が死ぬことすら不公平と思っているかもしれないのである。彼から見れば「加害者」である一般市民を殺傷した時点で、もしかしたら彼にとってそれは「借りを返した」状態であり、できればそこから自分の人生のリセットに入りたいところなのだが、社会の掟からしてそれは許されず、司直の手に委ねられ、さらなる屈辱を負わされることが予見されるがために、
「そんなくらいなら、自分の手で死んでおこう」
という思考回路によって凶行後の自殺を遂げたのかもしれず、「一人で死ぬ」か「他人を巻き添えにする」かといった対立項の問題ですらなかったのではないか、と考えられる。
言い換えれば、彼はおそらく凶行へ及ぶのに「一人で死ぬか否か」という問いを経ていない。
市民たちへの問い
こう考えてくると、私もれっきとした犯罪者予備軍である。
私が犯罪をおかしていないのは、たまたまあの事件の容疑者が持たなかった、いくつかの僥倖(ぎょうこう)に恵まれているからにすぎない。包丁のかわりに言葉という刃物を所持して、今の所それが何とか使えているからに他ならない。
私は「ひきこもりは犯罪者予備軍である」とはけっして言わない。あくまでも主語は「私」だ。
しかし、一人の人間が、世界から疎外され、迫害され、抑圧されたなら、たとえどんな身分の人であろうと、最後の力が残っていれば、「窮鼠(きゅうそ)、猫を噛む」(*2)とばかりに何らかの形で暴発を起こすことはあるのではないだろうか。
それは、なにもその人の生まれや造りが特殊だったからではない。
ひきこもりだったからでもない。
「人間だったから」にすぎないのだ。
だから私は「私は犯罪者予備軍である」というであろう。
苦渋の告白とも、高らかな凱歌ともつかない口調で、その言葉を宣するであろう。
だが、そんな私を色眼鏡で見る健全な市民たちに、……実際に犯罪をおかしてしまうことと犯罪者予備軍に留まることの間には千里のへだたりがあることを記銘しつつ、事件の元となった凶悪の源をけんめいに自分の外に見いだそうと図る、清く正しく美しい一般市民たちに、私はこう問うであろう。
「ええ、私は犯罪者予備軍ですよ。でも、あなたは?」
(了)
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*1. 犯罪者予備軍
「犯罪予備軍」という表現がよく使われるようだが、これは文法的におかしい。犯罪は行為であり、ほんらい兵士などの人からなる軍を形成しない。「者」は人を表わす。
*2.「窮鼠、猫を噛む」
「追い詰められたネズミは、かなうはずもない大敵ネコに対しても牙をむき、戦いはじめる」との意。
※ 写真はイメージです。
< 筆者プロフィール >
ぼそっと池井多 :まだ「ひきこもり」という語が社会に存在しなかった1980年代からひきこもり始め、以後ひきこもりの形態を変えながら断続的に30余年ひきこもっている。当事者の生の声を当事者たちの手で社会へ発信する「VOSOT(ぼそっとプロジェクト)」主宰。
facebook: vosot.ikeida
twitter: @vosot_just
参考記事
練馬ひきこもり長男殺害事件に想う