(編集 喜久井ヤシン)
筆者の独断と偏見で選ぶ・最新の〈生きづらマンガ大賞〉を発表!アニメ化で大注目の話題作から、誰も知らない隠れた名作まで。あまり紹介される機会のない外国の作品もご紹介。新たな一冊と出会えるマンガ特集をお届けします。
- まなざしに宿る愛の狂気 『血の轍』
- 食べた。愛した。闘った。『ビースターズ』
- これは、私だ。『ダルちゃん』
- 毎度おさわがせします 『生理ちゃん』
- 私の生きづらさの理由は? 『見えない違い』
- うまくいっても、失敗しても、人生はまわる。『スピン』
- 古今東西のバカ男列伝『禁断の果実』
まなざしに宿る愛の狂気 『血の轍』
『血の轍』押見修造著 小学館 2017年‐ (既巻5巻)
『血の轍(わだち)』は、『惡の華』や『ぼくは麻理のなか』など、毒々しい怪作を送り出してきた押見修造の最新作だ。中学生の静一を溺愛する母親が描かれるが、回を追うごとにその「愛」は猟奇的になっていく。同級生の少女から静一に宛てた手紙が届いたときには、優しげなほほえみを見せながら、その手紙をゆっくりと破いていく。ビリビリになった紙切れは、少年の心そのものが破かれたかのような一場面だ。
セリフは極端に少なく、大ゴマを贅沢に使って人物の顔が描かれている。本作を支えるのは「まなざし」の表現だ。日本のマンガは外国のマンガと比べ、目が大きく描かれるといわれる。少女マンガは特にその傾向が強い。その理由は日本人が日常的にアイコンタクトを重視しているためだといい、サングラスが欧米に比べて不自然に感じられることともつながっている。本作は母子関係の異様さも、まなざしで伝える目の雄弁さも、日本もしくは東アジアの漫画からしか生まれえない境地で描かれている。
食べた。愛した。闘った。『ビースターズ』
『BEASTARS』板垣巴留著 秋田書店 2017年‐(既巻14巻)
『BEASTARS(ビースターズ)』は作者の長編連載デビュー作にして、マンガ大賞・手塚治虫文化賞などを受賞した話題作。今年の10月からはアニメもスタート予定だ。肉食獣や草食獣などが共存する動物たちの世界で、演劇部に所属するオオカミの青年・レゴシの生活が描かれる。レゴシの成長物語としての面白さとともに、殺人(食肉)事件のサスペンスも加わり、物語はいくつもの謎をからませながら加速していく。
学園ものらしい恋や友情のドラマがあるが、小型の草食動物の少女に対して、肉食獣であるレゴシの悩みは深い。肉食獣の本能による食欲も、青年男子の性欲も、思春期の繊細な関係欲も、全部がいっぺんにやってくる。さらには、被害者を救うヒーローであろうとしながらも、同時に自分が加害者になりえる葛藤を持つ。単純な正義と悪ではなく、罪を背負う当事者としてレゴシは闘う。そこに、一筋縄ではいかない苦悩の鋭さがある。
これは、私だ。『ダルちゃん』
『ダルちゃん 』はるな 檸檬著 小学館 2018年(既巻2巻)
〈生きづらマンガ大賞2019〉・国内編大賞受賞作(勝手に決定)。2017年から18年にかけて、ウェブサイト「花椿」で連載されていたはるな檸檬の作品を単行本化。
主人公となる20代の女性は、職場でうまく立ち回り、まわりの空気を読みながら、一人暮らしの毎日をがんばって乗り越えている。だが正体は、体も心もダルダルに変形する「ダルちゃん」で、〈人間〉は仮の姿だった――。
「花椿」が詩を積極的に公募・掲載していることもあり、本作は詩が重要なテーマとなっている。自分の本当の姿を隠し、人の顔色を見ながら生きていく「ダルちゃん」は、当初自分の声をもっていなかった。しかし信頼できる人たちとの出会いによって、自分の言葉を見出し、かけがえのない詩へと昇華されていく。
全編カラーの鮮やかさで、繊細かつ大胆かつ美しく描かれている。生きづらさに憂(うれ)うダルちゃんの横顔は、類を見ないほどエレガンスだ。
毎度おさわがせします 『生理ちゃん』
『生理ちゃん』 小山健著 KADOKAWA 2018年
マンガはありとあらゆるものを擬人化してきたが、本作が擬人化したのはなんと生理。都合の悪いときに限って「まいどー」と、ずかずか土足で踏み込んでくるのが「生理ちゃん」だ。脱力系ゆるキャラ(?)的な風貌で、嵐のようにやってくるときもあれば、静かに寄りそうときもある。女性ならあるあるの納得ネタから、冗談にならない切羽詰まった痛みの話、さらには女性を困惑の渦に巻き込む「童貞くん」の登場まであり、悩みと笑いのスパイラルは深まる。
女性にオススメ……ではあるが、むしろ女性の体のことを考えてこなかった男性こそ読むべきで、作者も男性である。要は性別に関係なく、マンガを読む人全員にオススメできる作品だ。
ちなみに19年7月現在、ウェブメディア『オモコロ』で一部を読むことができる。今年11月には、二階堂ふみ主演で映画が公開予定。さらなる読者を呼ぶだろう。
私の生きづらさの理由は? 『見えない違い』
『見えない違い 私はアスペルガー』ジュリー・ダシェ原作 マドモワゼル・カロリーヌ作画 原正人訳 花伝社 2018年
文化庁メデイア芸術祭マンガ部門新人賞受賞作
「見えない違い」は、フランス発のグラフィックノベル(日本でよくある分類ならイラストエッセイ)だ。アスペルガー当事者による原作が、イラストレーターの手でカラフルにマンガ化されている。
27歳のマルグリットは、仕事はできるが同僚とのコミュニケーションをうまくとることができず、毎日のように相手を困惑させてしまう。周囲の音に過敏で、抽象的な言い回しを理解できないために、いつも疲れ果てている。しかしある時、自分がアスペルガー(アスピー)であることを知り、これまでに経験してきた生きづらさが理解できるようになる。
当事者手記ならではのディティールで、対人関係での困りごとの対処法など、実際的な記録とガイドになっている。医師たちによってアスペルガーがどのように発見されてきたかの歴史など、ていねいな案内もついた良書だ。
原作者のジェリー・ダシェは、読者に以下のメッセージを贈っている。
私はこのマンガをあなたたちに捧げます。
社会の規範から逸脱しているあなたたちに。
あなたたちの“違い"は問題ではありません。
それはむしろ答えなのです。
うまくいっても、失敗しても、人生はまわる。『スピン』
『スピン』ティリー・ウォルデン著 有澤真庭訳 河出書房新社 2018年
2018年アイズナー賞受賞作
〈生きづらマンガ大賞2019〉・外国編大賞受賞作(もちろん独断で決定)。
国際的評価の高い作家による、自伝的な長編作品。
少女の毎日には、静かな痛みがくり返しやってくる。フィギュアスケートの練習の日々、同性への恋愛感情、居場所を見つけられない疎外感。少女の頃の心の揺れが、グレーの静謐(せいひつ)な筆致で描かれ、文学的な深さをもって綴られている。
フィギュアの技の細かな表現や、早朝のスケート場とそこにいる少女たちの空気感などは、経験者でなければ描けないものだ。長い物語となる本作には、フィギュアスケーターとしての成功も、一生を変えてしまうような劇的な恋愛も出てこない。ただ一切は過ぎていき、少女は成長し、大人になる。誰にでもある十代の時代の、さして事件的ともいえない苦しさや辛さがある。そしてそこにこそ、読む人にとって真に自分の経験してきた人生だと感じさせるような、おごそかな味わいがある。
「感動!」とか「号泣!」とかの派手な言葉で宣伝されるべきマンガではない。これは自分の内部に、海ほどの悲しさがあったことを思い出させる、静かな涙を知らせる名品だ。
古今東西のバカ男列伝『禁断の果実』
「禁断の果実 女性の身体と性のタブー」リーヴ・ストロームクヴィスト著 相川千尋訳 花伝社 2018年
※以下には性的な用語が含まれています。ご注意ください。
スウェーデンから届いた衝撃の“フェミニズム・ギャグ・コミック”。女性の心身がいかに「医学」の名の元に好き勝手されてきたかを告発する内容で、笑いに包んでいるようでいて、全然包みきれていない怒りが爆発している。マンガというには文字だらけではあるが、マンガでなければ読むのが耐えられないほどのきつい記述でいっぱいだ。
冒頭から「女性器に興味を持ちすぎた男」ランキングの発表があり、女性のオナニーの禁止、クリトリスの切断手術、魔女狩り時代の性器調査など、地位の高い男たちによるありえない行為列伝となる。正しいはずの「医学」がいかに恣意的に作られるか、また現代でも生理用品のコマーシャルでいかに「洗脳」的な言い回しが流布しているか。本作の語り手の女性からは本音のツッコミがガンガンくりだされ、噴飯しているヒマもないほどだ。
しかし最新の学術研究を参照した本書はガチである。圧倒的なエネルギーの込められた本作は、近年の隠れた名著である。
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執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年東京生まれ。8歳頃から学校へ行かなくなり、中学の3年間は同世代との交流なく過ごした。20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」状態を経験している。2015年シューレ大学修了。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter
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