ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

『ひきポス』は、ひきこもり当事者、経験者の声を発信する情報発信メディア。ひきこもりや、生きづらさ問題を当事者目線で取り上げます。当事者、経験者、ご家族、支援者の方々へ、生きるヒントになるような記事をお届けしていきます。

【1000文字小説】〈悲しみ〉が故障したアンドロイドを修理するだけの簡単なお仕事です

 

ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。

 

f:id:kikui_y:20200801105207j:plain

青木克雄 / 炎の記憶



   〈悲しみ〉が故障したアンドロイド

 

俺がアンドロイドの修理工を始めてから、早三十年になる。

専門は体のパーツ修理だが、メンタル面のアップデートをすることも珍しくない。

 

仕事柄狂った奴にはたくさん会ってきたが、このあいだの来客もなかなかだった。

 

そいつは、自分の足でふらっと俺の修理屋にやってきて、「ヘロー」と陽気な挨拶をした。

「予約してないんだけど、イイカナ?ボクのご主人から、修理屋へ行ってこいって命じられちゃってサ。ボク自身は必要ないと思うんだケドね!」

アンドロイド特有のデジタル音声だ。

 

そいつは上等なヒューマノイドで、ざっと見たかぎり、体は何ともなかった。

「どこ系統のトラブルなんだ?」

「ご主人は、ボクの言動がおかしくなったって言うんダ。設定はいじってないんだカラ、変わったはずナイのに!」

「どうかな。見てやるから、こっちに来な」

 

俺は修理用の寝台にアンドロイドを寝かせ、コンピューターに接続した。

「いったん〈意識〉を切るぞ。しばらく眠ってろよ」

「ああ。モシ壊れたところがあるナラ、サッサと直してくれよ!」

アンドロイドを停止させると、そいつはゆっくりと目を閉じて、一時的に睡眠状態になった。

俺は専用のソフトを使い、トラブルシューティングをおこなった。

結果はすぐにわかる。

発見されたのは、大脳辺縁系の問題だった。

「感情の一部が、動かなくなっちまってるみたいだな」

俺は感情の修復をコンピューターに指示し、外側の備品のメンテナンスを始めた。

時間はたいしてかからない。

ソフトのおかげで、アンドロイドの感情は、すぐに元通りだ。

 

修復が終わると、俺はアンドロイドの意識を戻し、

「気分はどうだ?記憶はそのままだから、何が変わったかわかるだろう?」と声をかけた。

「オハヨウ!いやあ、そう言われても、ジブンではなんとも……」

そいつはしばらくヘラヘラしていたが、ふと表情を失い、うつむいた。

視床下部のシステムが問題なく動いている証拠だ。

「……ああ、ようやくわかったよ。ボクは〈悲しみ〉の感情を失くしていたのカ。人間社会でやっていくには、〈悲しみ〉が欠かせないものネ。同情もできるし、共感もできる。楽しいことしかワカラナイんじゃ、ご主人との会話がうまくいかナイのも当然か。ハハハ……」

アンドロイドとはいえ、誰かが落ち込むところなんて見たくないもんだ。

「おい、大丈夫か?」

アンドロイドはゆっくりと立ち上がり、「ウン。大丈夫だよ」と答えた。

喜怒哀楽の感情のなかで、〈悲しみ〉だけがボロボロになるなんて、どんな境遇で生きているんだろうって思うけどな。

 

修理完了の手続きをすませ、俺はそいつを送り出した。

修理屋を出ていくアンドロイドの背中に、俺は言ってやった。

「感情が壊れたら、またうちに来な。サービスしてやるよ」

アンドロイドは、半分だけふり向いて答えた。

「アリガトウ!あなたは良い人だ!」

 

その横顔は笑っていたが、涙の機能がよくはたらいていたよ。



 

 

END

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

絵 青木克雄(あおき かつお)

 

文 喜久井ヤシン(きくい やしん)
Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui

 

※物語はフィクションです。実在の人物・出来事とは無関係です。



  オススメ記事

 

www.hikipos.info

www.hikipos.info