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生きづらさを笑いとばせ! ネットフリックスの〈スタンダップコメディ〉特選 名ゼリフ&日本の芸人情報つき

(文 喜久井ヤシン) 

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人間のみがこの世で苦しんでいるので、笑いを発明せざるを得なかった。

(ニーチェ「権力への意志」)

 

笑いがなければ何になるだろう、この人生は。

——スタンダップ・コメディ。
それはお笑いを基軸とした、一人舞台のエンターテインメントだ。
ばかばかしい笑いだけでなく、マイノリティの悲痛な叫びも、社会への真剣な訴えも、上質な一人芝居もある。
日本ではなじみが薄いものの、世界的にはメジャーな舞台形式となっている。

スタンダップの舞台では、通常なら口にしてはならないほどの、過激な発言がよく飛び出す。
しかし心の傷ついた者にとっては、激しい言葉こそが、魂を救う劇薬になりうる。
私はスタンダップの刺激的な言葉に、大きな慰めを受けてきた。

有料の映像配信サイト「ネットフリックス」では、数多くのスタンダップコメディが視聴できる。
今回はそのなかから、特に印象的だったステージをご紹介する。

 

 

 性的な話題やブラックジョークなど、18禁の内容を含んでいます。ご注意ください。

 

超絶技巧のアメリカンジョーク
『ジミー・カーの超絶グレイテストヒッツ』

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旅先では、愛の病にかかることがある。
……クラミジアともいう。

いじめられている友達が自傷行為をしていた。
……どっちの味方なんだ?
 

(客席に向かって)認知症者向けのショーは、一つのジョークで2時間もつ。

……認知症者向けのショーは、一つのジョークで2時間もつ。

……認知症者向けのショーは……

 

ジミー・カーは、精密で過激なジョークを連発させる凄腕だ。
一言一言に爆笑を起こす驚異的なステージで、「笑える」ことに緊迫感さえ感じられてくる。

たたずまいはなんとなく「いい人」そうだが、そこは欧米のショーヴィズ界。どぎつい性的なネタが満載となっているので、苦手な人は注意が必要だ。

ネトフリでは「再生」をクリックしていきなり始まることもあり、はじめの5分だけでも見てほしい。ケタ違いの「笑い」の迫力が伝わってくるはずだ。

 

:同じジミー・カーによるステージ「怪しいビジネス」は、ディスりと変態ネタが軸になるので、初心者にはオススメしない。 

MORE→『デイブ・シャペルのどこ吹く風』,『クリス・ロックのタンバリン』 どちらも超大物で、スタンダップコメディの商業的規模の凄さがわかる。しかし大ベテランが貫録のステージを見せているため、逆にスタンダップ入門者には向かないかもしれない。 

 

 

世界最強の妊婦が放つ
『アリ・ウォンの人妻って大変!』
 

youtu.be

親になったからって、いきなり成長するわけじゃない。
私も元のクソ女のまま。増えた責任を何とかしてるだけ!

 

欧米の女性と比べて、「東洋人女性はおしとやか」なイメージがあるって?
まって。このアリ・ウォンのステージを見てほしい。中国とベトナムの血筋をもった、強烈な目力の妊婦を。

夫との「尻舐め」プレイや強烈な母親ネタの数々は、「女性は〇〇でなければならない」なんて縛りを爆破させる。
この舞台を見ていたら、日々従っている日常の決まりごとなんて、小さなことに思えてくるだろう。 

もっとも、夫の頭をつかんで性技を仕込んだ件など、最強レベルのどぎついセックスネタが出てくる。
一部の人(日本では大半の人?)が許容できないレベルのジョークがわんさか出てくるので、若干の覚悟をもって視聴すること。

 

MORE→『イライザ・シュレシンガーのベール反対!』爆笑の結婚式を描きながら、フェミニズムを伝える語り口が熱い。

MORE→『クリスティーナ・パジスティーの母は弱し』セレブへの毒舌をまじえつつ、高齢出産で会陰切開した話まで飛び出す奔放なトーク。

 

歌うメンヘラDJ!
『ボー・バーナムのみんなハッピー』
 

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(歌)なぜ僕はここにいるんだろう……
入場料分笑わせるため

 

売れっ子の歌手みたいな外見からくり出される売れっ子の歌手みたいなポップソング、それがショーン・メンデスの……いや違う、ボー・バーナムの歌ネタだ。

バーナムは、1990年アメリカ生まれ、ユーチューバー育ち。スタンダップというには音楽的すぎな、エンタメミュージシャンの一人舞台となっている。 

かなりの変わり種だが、史上もっともポップな自殺推奨ソングや、失恋バラードソングからの家庭内暴力ヒップホップメドレーなど、ハイライトシーンを連発している。

序盤は歌詞の節々に心の闇を感じてひっかかるが、終盤になると全体が病んでいるので、もはや全然気にならなくなる。

 

MORE→『アダム・サンドラーの100%フレッシュ』 役者として有名なサンドラーのスタンダップ(?)、ないし歌ネタ中心のエンタメショー。

 

 

変人であることなんて気にしない……
『ジェイムズ・エイカスターのレパートリー』
 

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シラフからほろ酔い、そして酔っ払いから二日酔いへ……
泣かずにすむのはほろ酔いのあいだだけ……。
僕は悲しいジョークも言うんだ。

 

あなたは、段ボールの閉め方について10分間本気で熱弁する奴を、面白いと思ったことがあるだろうか?私はない。ただしこのステージ以外では。

ストーリーがあるようなないような、ぐにゃぐにゃした話題展開をするのがエイカスター流。
スタンダップ(起立)を膝立ちで始めている時点でひねくれているが、誰も考えたことがない(し考える必要もまったくない)自問自答が盛りだくさんとなっている。

なにげに、イギリスで一番の売れっ子芸人といわれている。このような芸人が売れるとは、さすがは『モンティ・パイソン』を生んだ国、イギリス人の偏屈なセンスだ(誉め言葉)。

 

MORE→『ユ・ビョンジェ 言いたいことも言えない』韓国人による韓国語のスタンダップ。有名俳優も政治家もネタの犠牲になっている。時にはこんな「韓流」もいかがだろうか。

 

 

コメディを破壊した一世一代の告白
『ハンナ・ギャズビーのナネット』

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レズビアンを笑わせられないコメディアンは誰か?
……歴史上の全芸人。

私の地元では、レズビアンよりユニコーンの方がよく話題になるくらいだった。
……ちなみに、ユニコーンは存在しない。

同性愛行為よりも料理する回数の方が多い。
……でも、私は「シェフのコメディアン」とは言われない。

 

レズビアンの自虐ネタで売れっ子になったギャズビーは、ショーの前半で自伝的なジョークを述べる。

しかし、ショーの中盤で芸人からの引退を宣言し、自ら自身の〈コメディ〉を破壊する。

この舞台は観る者に驚愕と困惑をもたらし、圧倒的な語り口によって動揺を起こす。

本作はマイノリティとして生きることの弱さと強さを、どんなドキュメンタリーよりも迫真に記録している。
知的な人間の残した、一世一代の奇跡的なスピーチだ。

「笑い」ではなく「笑いの破壊」なのだが、個人的にはネットフリックス中最高の感動だった。この一本だけでもネトフリに加入した価値があったといえる。

 

MORE→『エレン・デジェネレス それ、わかる!』,『ワンダ・サイクスのどうかしてる!』……スタンダップは、マイノリティが強い存在感を発揮できるジャンルだ。日本ではまず見つからないが、両者とも女性の立場から「当事者としてLGBTを笑いにできる芸人」である。

 

 

世界でここだけの歴史の授業
『ジョン・レグイザモのサルでもわかる中南米の歴史』

www.youtube.com

 

コロンブスは新世界のドナルド・トランプだった。

 

この圧巻の一人舞台は、演芸としても演劇としても演説としても、全部が最上級の魅力に到達している。
レグイザモは父親として、学校でいじめられた息子のために、ラテン系の埋もれた歴史を「講義」する。学校の授業では教わらない3000年分の歴史語りは、観る者に深い笑いと感動をまき起こすものだ。(これほどのユーモアをもった講師は、代ゼミにだって絶対にいない。)

スタンダップコメディの魅力には、「当事者の語り」がある。
第三者が語れば社会的な攻撃(差別的発言)になることでも、当事者本人による発言は、社会的な防衛手段を伝えてくれる。
本作も、語りのふしぶしにマイノリティであることの辛さや怒りがしみ込んだものだ。しかしそこから発酵した精神のたくましさは、ほかの何物にも代えがたい、人間性の薫陶を生み出している。

 

MORE→『ヴィール・ダースのインド、それもこれも』インド出身のコメディアンが、玄関のセットの前から客席に語りかける。味わい深い話芸が魅力。

MORE→『ロニー・チェンのアメリカをぶっ壊す!』 マレーシア出身のコメディアンが、アジア系としてアメリカに物申す。スリリングな言葉の交響楽が築かれた。

 

 

伝説の芸人が残した熱狂のステージ
『リチャート・プライヤー ライブ・イン・コンサート』

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ラストに紹介するのは、少々古い映像。リチャード・プライヤーによる伝説的な舞台だ。
プライヤーは、動物のパントマイムや「心臓発作」の擬人化など、あらゆるものの形態模写をおこなう。
最高水準の技量で、(セックスネタ多めの)笑いの短編集を編み出している。

しかしこのステージの価値は、黒人差別の激しい、過酷な時代の声であるという点だ。差別体験からくる痛烈なジョークは、プライヤーでなければ笑えない痛々しさを含んでいる。
会場に響く観衆の笑い声は、ほとんど絶叫に近いほどの歓声だ。

笑いがいかに力を持っていたか、傷ついたものにどれだけ笑いが必要だったか――。それを感じさせる稀有なステージであり、会場の熱量の高さ(と散らかり具合)も時代を感じさせる。

 

MORE→「エディ・マーフィー ライブ!ライブ!ライブ!」 役者として知られるエディ・マーフィーが、22歳の時におこなった白熱のステージ。強力なセックスアピールで、ロックコンサートのような大歓声を生み出している。

 

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以上、ネットフリックスのスタンダップコメディから、一部のオススメを紹介させていただいた。
ネトフリ未契約の方でも、一部のコメディアンにはユーチューブなどの動画サイトで翻訳が見られる。
スタンダップを見たことがないという人でも、未体験の笑い(と自己主張)の世界に出会えるかもしれない。

過激な表現で知られる思想家のシオランは、「対談集」で以下のように述べている。

(友人の自殺願望に対して)私は「まだ笑えるなら、自殺はするなよ。笑えなくなったら、自殺もいいだろうよ」と答えました。だれかに意見を求められたら、これが私に言えるぎりぎりの言葉です。絶望の理由がゴマンとあっても、笑える限りは、生きてゆかなければならない。笑いこそは生に対する唯一の、大いなる弁明です!

孤独で無残な人生にも、せめてわずかな笑いを。
スタンダップコメディは、人生に救済の可能性を与えてくれるかもしれない。

 

 

ご覧いただきありがとうございました。

※ 2020年9月27日時点の、Netflixで視聴可能な作品を紹介しています。なお引用の発言は、ネットフリックスの字幕をもとに、読みやすくするため一部を加筆修正しました。 画像リンク先のユーチューブは主に英語視聴のみですが、ネットフリックスでは全作品に日本語字幕がついています。

 

 

〈おまけ〉 日本人のスタンダップコメディ・芸人ガイド

参考までに、日本のスタンダップ事情もちょっとだけご紹介。

スタンダップ=「個人の話芸」と広くとらえるなら、いわゆる「ピン芸人」たちがおり、漫談形式では綾小路きみまろが人気だ。

しかし国内メディアの保守性ゆえに、ほとんどテレビ出演できない芸人たちがいる。

 

日本で特にスタンダップらしいステージを見せるのは、リベラルなネタの松本ヒロではないか。
自民党の政治家たちの声帯模写や、憲法を擬人化した「9条君」など、立川談志も賞賛した知的な笑いがある。 

落語界では、立川流の一部の人たち(立川談笑等)の寄席に行くと、子どもに聞かせられないレベルの危険なマクラを聞けることがある。

しかし噺家のなかでもっとも右翼から狙われやすいのは、間違いなく快楽亭ブラックだろう。
下ネタと皇室ネタをかけあわせたR18の創作落語は、日本語話芸の極北に行き着いている。(そのため、ほとんどの人がついていけない。)

世界を相手にした日本人コメディアンとしては、かつてTAMAYOが活躍していた。(タモリ等とも親交があり、著書が複数出ていたが、現在では入手困難。)

若手には、HPで日本語のステージを公開中のSaku Yanagawa等がいるものの、国内で観られるステージは限られるだろう。

 

大手メディアで紹介されにくい「社会的な笑い」という点では、劇団のシティボーイズが忘れがたい。

漫才コンビでは、米粒写経(居島一平・サンキュータツオ)の二人のインテリっぷりに、スタンダップと相性の良さそうな知性を感じる。

毛色は違うが、ユーチューバーのせやろがいおじさんは、時事ニュースを扱っていながらたびたびバズる芸人だ。

 

スタンダップ関連の団体としては、日本スタンダップコメディ協会や、外国人による日本語のスタンダップおコメディ焼きが定期イベントを開催している。

ユーチューブなどでネタも公開しているが、チャンスがあれば、一度生で鑑賞してみるのをオススメする。

 

現在の日本では、社会派の笑いは表に出てきずらい。

しかし戦前の添田唖蝉坊あきれたぼういずなど、風刺的な演芸の歴史は存在している。
次代の日本に、新たな笑いのスタイルが盛り上がる可能性は、十分にあるのではないだろうか。

 

 

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 執筆者 喜久井ヤシンきくい やしん)

詩人・ライター。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。『ひきポス』では当事者手記の他に、カルチャー関連の記事も執筆している。ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter  

 

 

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