ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。
大怪獣100万頭 VS 僕
本当にごめん。
はじめは一頭だけだったんだ。
ある日突然、街に巨大怪獣が現れて、僕のいる世界を襲いに来た。
僕は平凡な一市民として、ただ逃げまどっているだけだった。
だけど、「君こそ選ばれしヒーローなんだ!」っていう奴が、いきなりやってきた。
(たとえ事前に丁寧な連絡があっても、信じられたわけじゃないけど。)
そいつは僕に〈ヒーローに変身できる力〉をさずけて、いきなり「さあ、怪獣と戦おう!」なんて言うんだ。
信じられないけど、それは本当だった。ぼくは変身して、突然、必殺技まで放てるようになった。
でも、そんなこと誰だって未体験だろ?
怪獣はゴツゴツした見た目でこわそうだったし、戦う方法とか知らない。
怪獣の吐く息に毒でもあって、変な病気になったらとりかえしがつかないじゃないか。
僕は慎重を期して、命をかけるのは明日にしようと思ったんだ。
でも翌日になってみると、大怪獣が増えて、二頭になっていた。
一対一でも大変そうだったのに、いきなり二対一で戦うなんて無理だろう?
もっと万全の準備がいると思って、僕はもう一日様子を見たんだ。
そうしたら次の日は三頭になっていて……。
詳細ははぶくけど、僕の世界には今、大怪獣100万頭が定住している。
街のはずれに立って世界をながめると、地平線まで、怪獣たちの姿がならんでいる感じだ。
怪獣たちは律儀なもので、僕がヒーローに変身したときでなければ、街を襲撃しないらしい。
それでも怪獣はこわい存在だし、いつだって、僕を狙っているような気がする。
今日、僕はとりあえず家にいて、コーラを飲みながらテレビを見ている。
ヒーローの力をさずけた奴は、毎日のように、「いいかげん戦いに出ろ!」と怒鳴るようになった。
僕だって、やっぱり怪獣を倒すべきだとは思うんだ。
たぶん頑張れば、怪獣一頭か、もしかしたら二頭いっぺんにだって倒せる。
家にいても全然落ち着かないし、ヒーローになる以外で、僕の人生のあてはない。
……このあいだ久しぶりに、勇気を出して変身したんだ。
でもビルの陰から様子をうかがっただけで、7、8頭の巨大怪獣にガンつけされた。
ぼくはすぐさま変身をといた。
情けないなんて言わないでくれ、無理にきまってるじゃないか。
100万頭の怪獣たち全部を相手に、勝利することなんてできない。
今日も窓の外からは、大怪獣の鳴き声が聞こえてくる (100万頭分の)。
耳元では「戦え!戦え!」といううんざりする声がしている。
僕は布団をかぶる。
世界よごめん。これが今の僕だ。
END
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絵 あしざわ たつる
文 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年生まれ。詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。
Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui
※物語はフィクションです。実在の人物・出来事とは無関係です。
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