ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。
北九州納税促進会編 『世界昔ばなし全集』第4巻
僕は、ベッドの中の子どもに向けて言った。
「さあ、今夜も寝るまえに、『世界昔ばなし全集』の、面白いお話を読んであげるね」
「イヤだ。その本つまんない」
と、子どもは首をふる。
「ためになるお話なんだよ。北九州のお役所の人たちが、いっしょうけんめい作ったんだ」
「イヤ!」
「今夜は、外国のお話を集めた第4巻だよ」
「イヤ!」
僕は子どもの声を無視して、『世界昔ばなし全集』の読み聞かせを始めた。
「むかしむかしあるところに……」
~ アリとキリギリス ~
アリ国は、キリギリス国に怒りました。
「遊んでばかりのキリギリス国に、金なんて出すことはない!」
アリ国は後進国援助の見直しをし、借欺(しゃっかん)の停止を決めました。
キリギリス国は、その年の冬は何とか乗り越えられました。
しかし、その後はもちこたえられません。
キリギリス国は、翌年の夏、緑が生い茂る季節に、財政破綻しましたとさ。
〈教訓〉みなさんも、遊びすぎて、老後の蓄えがおろそかにならないようにしましょう。
~ ジャックと豆の木 ~
ジャックは、真面目に働きました。
一粒の豆の種から始めて、大農園をつくりあげたのです。
農場の資本によって、都心部にビルも所有するようになりました。
不動産で儲けたジャックは、さらに、高層ビルの建設に乗り出しました。
空に住んでいた巨人は、雲の上からビルの建設に気づきました。
巨人は人間がこわくなり、ジャックのいる街から逃げ出しましたとさ。
〈教訓〉よい子のみなさんも、真面目に働いて、計画的なライフプランを構築しましょう。
~ シンデレラ ~
魔女は、シンデレラに向かって言いました。
「お前にこれをさずけよう」
魔女が差しだしたのは、ヘッドライト付きヘルメット、ガーターベルト、そして安全靴でした。
「そして、乗り物はこれさ」
魔女はシエンタを出しました。トヨタのミニバンです。
「カボチャの馬車じゃなくて?」
シンデレラは疑問でしたが、魔女は意に介しません。
「これからの時代は、キレイなお姫様ではなく、よく働く娘が選ばれるんだよ。女性が輝く社会のために、お前も活躍しないとね」
シンデレラの足もとに、安全靴(JSAA規格適合)が差しだされます。
シンデレラが靴に足を通すと、安全靴はぴたりと合いました。
「まあ。わたし、これからこの靴で働いていくのね!」
それ以来シンデレラは、フルタイムの労働者となり、出世していきました。
良いパートナーともめぐりあい、共働きをしながら、力強く生活していきましたとさ。
〈教訓〉みなさんもよく働き、きちんと税金を納めましょう。
・・・・・・
僕は『世界昔ばなし全集』をとじて、子どもに話しかけた。
「今日はこれでおしまい。どうかな、楽しかったかい?」
子どもは、もうベッドのなかで眠り込んでいた。うめき声をあげながら、苦しそうな顔をして。
END
――――――――――――――――――――――――――――――
絵 あしざわ たつる
文 喜久井ヤシン(きくい やしん)
詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。
Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui
※物語はフィクションです。実在の人物・出来事とは無関係です。
オススメ記事
www.hikipos.info
www.hikipos.info