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ひきこもり娘と父の擬似親子対論 第1回 「いつまで “生きづらさ” なんて言ってるんだ」

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第3回「ひきこもり親子 公開対論」より 擬似父娘対論

 

文・ゆりな

文・編集 ぼそっと池井多

 

VOSOTチームぼそっと)では、親と子、それぞれの立場から言い分をぶつけあう「ひきこもり親子 公開対論」を開催し、実の親子では対話できない当事者・親御さんたちが、それぞれ相手の立場が何を考えているかを知るために、さまざまな形式で対話することを試している。

 

2019年6月1日に、大田区蒲田にある産業プラザPioで開催した第3回「ひきこもり親子 公開対論」では、家庭内で自分の父親と対話が困難な状況にある当事者ゆりなさんが、父親とほぼ同じ齢の当事者である私、ぼそっと池井多を父親に見立てて、普段なら言えない思いや問いをぶつけ、私がゆりなさんのお父さんの答えを想像して受け答えする擬似親子対論を開催し、非常にご好評いただいた。

その様子を2回にわたってお伝えする。今日はその第1回目。

ひきこもり娘の父に「なりすます」

ぼそっと池井多 今回、初の試みとして、「私が親になる」ということをやってみたいと思います。

私に子はおりませんし、私自身ひきこもり当事者ですが、今回は子どもの立場である女性ひきこもり当事者にご登壇いただいて、私を彼女のお父さんに見立ててもらい、家庭の中では決してお父さんに言えない言葉や聞きたいことを私にぶつけてもらおうという趣向です。

彼女が何を言い出すか分からないので、いまは戦々恐々としております。

私はよく、「ふつうの人」の生活を知るために、「ふつうの人」になりすましをして近所の集まりに忍びこんだりしているのですが、ここでも彼女のお父さんになりすましをして、彼女の言葉を受け止めてみようという試みです。

私は父親になったことはありませんし、演劇もあまり経験がありません。演劇っぽいことをやったのは、高校2年生のときに文化祭で悪代官の役をやったのが最後でした。

「越後屋、おぬしも悪よの」

というような悪役でした。

今日、私が演じることになる彼女のお父さまは悪役ではないでしょうから、まったく不慣れなんですけれども、なんとか務めてみますので観客の皆さんどうぞよろしくお願いいたします。

 

所詮なりすましの父親ですから、

「本当の父親はあんなこと言わないよ」

「世の父親はそんなこと考えてないよ」

というようなこともあるかと思います。

そういうことはあとで全体対論の時に、観客席から皆さんに出していただき、

「本当の父親としてこう言いたい」

あるいは

「うちの夫だったらこう言う」

といったことをご発言いただければと思います。

 

それでは今日、娘をやってくださるゆりなさんです。

皆さん拍手でお迎えください。

 

(ゆりな登壇 会場拍手)

 

ぼそっと池井多 さて、ゆりなさんのお父さまは、私とほぼ同じ年齢なのですよね。

ゆりな そうですね。

ぼそっと池井多 あなたのお父さまとして、今日はあなたのことを何とお呼びしましょうか?

ゆりな ゆりと呼んでください。

ぼそっと池井多 逆に、ゆりさんのことをお父さまは普段、家庭の中で何と呼んでいますか?

ゆりな 「おまえ」です。

ぼそっと池井多 ゆりさんはお父さんをなんて呼んでいらっしゃるんですか?

ゆりな 私は「お父さん」と呼んでいます。

 

すぐ二階へ上がってしまうお父さん

ぼそっと池井多(ゆりの父) よし。……ゆり。おまえは、なんかこの頃、お父さんと話すの避けてるんじゃないか?

ゆりな(ゆり) 避けているのはそっちじゃない?

ぼそっと池井多(ゆりの父) 私がおまえと話すのを避けている? そんなことはないだろう。

お父さんは、いつもゆりと話をしてみようかと思うんだけど、なんかね、おまえが逃げているように見えるんだな。

ゆりな(ゆり) 私はむしろ……お父さんが仕事から帰ってきて、機嫌が悪いとリビングを通らずに、すぐ2階の自分の部屋に入ってしまうお父さんを見て、すごく寂しくなる。

ぼそっと池井多(ゆりの父) そうか。そういう時もあるかな。

まあ、職場っていうのはいつも色んなことがあるから、そりゃあ帰ってきて機嫌が悪い時もあるさ。

そういう時に、お前たちと顔を合わせると、お前たちに仕事のことで当たってしまうかもしれない。そういうわけにはいかないだろう。だから、お父さんはそういう時はリビングを通らないようにしてるんだよ。

それだと、ゆりは寂しいのか?

ゆりな(ゆり) ……娘としては、……せめて、一言でもいいから、「仕事で疲れてるんだ」とか弱みを見せてくれるような言葉があったら、私からもお父さんに近寄れるのになって思う。

ぼそっと池井多(ゆりの父) そうか、そういうものか。

私はね、仕事で疲れるのは当たり前だと思っているから、そんなこといちいち言うのは「男らしくない」と思うんだな。そういう愚痴を家族にこぼすのは、なんかみっともないと思ってね、言いたくないんだよ。

ゆりな(ゆり) 私はその「男らしさ」というところに、お父さんの生きづらさがあると思うんだけど

ぼそっと池井多(ゆりの父) なに、生きづらさ? お前たちの世代はよく、生きづらさ、生きづらさというけれど、人生なんて生きづらいもんだよ。

なんかこの間もな、どこかのテレビで、自分たちの生きづらさを訴えるとか言って、ひきこもりたちが『ひきポス』とかいう訳の分からない雑誌を出している、という話をやっていたが(会場笑)、お父さんは、

「そんな甘ったれたこと言ってるんじゃないよ」

と思ったね。人間、生きづらいのは当たり前じゃないか。

そんなこと言っていると、いつまでも一人前の大人になれないぞ。

 

人は働くものだぞ

ぼそっと池井多(ゆりの父)ところで、お前、最近また、仕事をしていないようじゃないか?

ゆりな(ゆり) うん

ぼそっと池井多(ゆりの父) 仕事しなきゃダメじゃないか。

人は、働くものだぞ。

ゆりな(ゆり) (うつむきがちに、無言でうなずく)

ぼそっと池井多(ゆりの父) なんだ、そこで納得しちゃうのか。(会場笑)

ゆりな(ゆり) 働かなくちゃいけないのは分かってる。だけど、身体がどうしても……働くことというよりも、人と関わることを拒否してる。

ぼそっと池井多(ゆりの父) 人と関わることを恐れてる? それは例えばどういうことだ?

ゆりな(ゆり) 人の表情や、顔色を見て発言を変えなくちゃいけないこととか……

ぼそっと池井多(ゆりの父) 「働く」ということは、つまりそういうことなんだよ。

お父さんだって、職場で上司や部下の顔色を見て、そのたびに言うことや言い方を臨機応変に変えるよ。人間というのは、どこでもそれをやっていくもんだろう。

ゆりな(ゆり) なんでそんな簡単に「自分の正義」を曲げられるのか、私には分からない。

ぼそっと池井多(ゆりの父) 「正義を曲げる」? ……だって、それ以外にどうしろっていうんだよ。

 

ゆりな(ゆり) (1分20秒間の沈黙)

生きていくということは、自分の中にある信念とか、正義を、ある程度曲げていかなくちゃいけないのは分かってる。

言葉で、自分と人を隔てて生きていかなくちゃいけないのも分かってる。

だけど、私にはそんな残酷なことはできない。

ぼそっと池井多(ゆりの父) じゃあ、お前は今のままずっと生きていくのか?

ゆりな(ゆり) だから、今、強くなるために、当事者活動をして、記事を書いたり、自分の気持ちを整理してる。

ぼそっと池井多(ゆりの父) 記事を書いたりっていうのは、さっきお父さんが言った、『ひきポス』とかいう雑誌のことか?

ゆりな(ゆり) うん

ぼそっと池井多(ゆりの父) じゃあ、ちょっとお父さんも読んでみるかな。(会場笑)

・・・第2回へつづく

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<プロフィール>

ゆりな 2018年2月にひきポスと出会い、物書きデビュー。
以降、自身の体験や心に触れる違和感・痛みを書き綴る。
自己否定の限界が訪れた先で、社会とぶつかった接点に残る傷は、今も薄い皮膜を帯びながら、「生きること」への恐怖を訴えてくる。
苦しさの根源に向き合い、自己と社会の-あわい-の中で、言葉を紡いでいきたい。

ぼそっと池井多 東京在住の中高年ひきこもり当事者。23歳よりひきこもり始め、「そとこもり」「うちこもり」など多様な形で断続的に35年ひきこもり続け現在に到る。VOSOT(チームぼそっと)主宰。2020年10月、『世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(寿郎社)刊。

  

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