ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。
3.8メートルの悲しみ
ヨルヒコ君は、8歳のときに突然、3.8メートルになった。
それはやっぱり、大きすぎる。
背が高くなったわけではない。子どものサイズの、4頭身くらいのまま、まるごと大きくなっていた。
「家のサイズに合わないから」と言われて、ヨルヒコ君は親から捨てられた。
最初に会った警官はやさしい人で、ヨルヒコ君の親に憤慨していた。
だけど保護されたときも、警察署に収まらなかったので、ヨルヒコ君は一晩、パトカーの横でうずくまっていた。
ヨルヒコ君は、「小さな子のための家」というところに、住むことになった。
ヨルヒコ君くらい大きな子は、他にいなかったけれど。
その家ではたまに、外から大人の人がやってきて、一緒に住む子どもを探すことがあった。
けれどヨルヒコ君の大きさは、大人が思っているサイズより、どうしても大きい。
「この子は、うちの子ども部屋に合わないから」と断られる。
大人が連れて帰るのは、家の改築が不要な子ばかりだ。
ヨルヒコ君は、「小さな子のための家」で、他の子と一緒に育っていった。
でも、いつも遊びの仲間はずれだ。
バスケットをすると、嫌われる。
鬼ごっこでは、全力を出せない。
おままごとでは、お椀をつぶす。
かくれんぼは、圧倒的に不利。
大きな指では、えんぴつもにぎれない。
ヨルヒコ君はいつしか、いつも一人で過ごすようになった。
周りにあるものは、どれも小さすぎるのに、さびしさだけはいつも、とても大きかった。
一年が経ち、二年が経った。
理由はわからないけれど、ヨルヒコ君の体は、だんだんと縮んでいくようだった。
背は3メートルになり、2.5メートルになり、2メートルになった。
身体測定で、周りの子たちは「大きくなったね!」と喜ばれていた。
ヨルヒコ君だけは、「小さくなって、良かったね!」と言われた。
十代に入ってからは、日に日に小さくなっていった。
高校生になった頃、ついには平凡な170センチ。
ヨルヒコ君の変化は止まった。
変わったところがなくなったので、周りの先生たちは、ヨルヒコ君をふつうの子として扱った。
「なんで友達と一緒に遊ばないの?」と言わたけれど、ヨルヒコ君には、遊び方がわからなかった。
誰かから「うちに遊びにこいよ」と誘われても、
「頭がドアを通らないだろう」と思えて、断っていたせいかもしれない。
先生から、将来のためにと職業訓練を勧められても、
「自分の指ではたぶん無理だ」と、あきらめていた。
友達と一緒に出かけても、親睦会で料理屋にいても、
ヨルヒコ君だけはいつも、ちょっとだけ距離のあるところにいた。
ヨルヒコ君は、
成長して、
大人になって、
仕事をして、
年をとった。
ヨルヒコ君はいつしか、白髪頭の、小柄なおじいさんになった。
ふつうの大きさ家具をそろえた、ふつうの大きさの家に住んでいる。
けれどいつでも、どこでも、どうしても、身の置き所がないような気がしていた。
さびしさの大きさは、一生涯、3.8メートルより小さくならなかったのだ。
END
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絵 あしざわ たつる
文 喜久井ヤシン(きくい やしん)
詩人。8歳から不登校。ひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。
Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui
※物語はフィクションです。実在の人物・出来事とは無関係です。
※「第2回引きこもり文学大賞」応募作を、作者自身が加筆修正しています。
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