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インドの女性ひきこもり:アハーナの詩「いたずら」

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インド・コルカタ  写真 Unsplash

文と画 アハーナ・バッタチャルジー

訳・ぼそっと池井多

 

いつものように夏休みがやってきた。

学校は子どもたちに

「どこかへ行ってください」

と丁重にお願いをしていた。


私は楽しいオモチャがいっぱい詰まった

夢の国への逃避行を計画していた。

そこでは、MちゃんやRくん、Ⅰ坊や Fちゃんなどなど

あとはもう名前も思い出せない友達と

一緒になるはずだった。


私たちは、近所の無愛想な人たちに

いたずらをしてやろうと企てていた。

標的にするには、年寄りであればあるほどいい。

でも、私はよく思った。

「驚いて大声で叫ばれたときに、

入れ歯が落ちたらどうしよう?」


そうなってはかわいそうだということで、

私は母にいたずらをすることにした。

母は躰が弱く、巻き毛で、他の人よりも体格が軽い人だった。

彼女はいたずらに引っかかった。

そして、おそらくあまりにも深い興奮の奈落の底に落ち、

目を覚まさなかった。


昏々と二週間ものあいだ眠りつづけたあと、

彼女の額には、

まるで熟したマンゴーの濃厚な果汁のように

血が流れ込んでいった。

母が死んでいくのを見た私の心は、

楽しみから恐怖へと変貌した。


犯罪かいたずらか?

決めることはできない。

おそらく両方だ。

それは時間だけが教えてくれることだろう。


いつものように、

夏休みが終わった。

私は逃避行から学校へ戻った。

そして友達は皆、裁判官になった。


 

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画 アハーナ・バッタチャルジー

 

幼いころ、私は友人を多く持っていませんでした。

そもそも、私は一人でいるのが好きだったのです。

学校で一緒に遊んでいた知り合いは何人かいましたが、私は彼らにそれほど興味がありませんでした。


でも、私には想像上の友達が何人もいました。

彼らは、本物の友達のように、何かにつけて私へ暴言を吐くようなことはしませんでした。

だから、私は何よりも彼らとの付き合いを楽しんでいました。


私はいたずらが好きな子どもでした。

毎年、夏休みで学校がなくなると、いたずらの度合いが激しくなってきました。


あるとき、私は母にいたずらをしてしまいました。

私の母はほんとうに静かで落ち着いた女性で、私の人生にはあまり介入せず、ただ私に愛と必需品を与えてくれる人でした。


そのいたずらは致命的なものとなりました。

母は失血し、ついにはその怪我のために帰らぬ人となってしまったのです。


この事件をきっかけに、私は「精神病の子」と呼ばれるようになり、周囲の人々は私の前では表情を装い、陰で悪口をいうだけになりました。


それ以後、私は誰にも面倒を見てもらえず、一人で放置され、正気を失いました。

人の集まる場所には行かなくなりました。

家を出て、「普通」といわれる生活を送ろうとし始めたのは、ほんの数年前のことです。

 

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画 アハーナ・バッタチャルジー

 

 

< プロフィール >

アハーナ・バッタチャルジー :  1997年、インド・コルカタに生まれる。長い間、精神的に孤立し、何事もやりたくなく自殺ばかり考えていた時期があった。書くことだけが自分であるための逃げ道だった。現在、コルカタにあるジャダプール大学文学部に在籍中。

 

 この記事の原版(英語)

 

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