今回は、2000年代前半に発行された「ひきこもり当事者のための雑誌」3点を紹介します。まだ「ひきこもり」という言葉が広まったばかりの時代、当事者たちは何を考え、何を発信していたのか。知られざる「ひきこもり」の歴史を発掘します。
Ⅰ 2000年創刊の文通情報誌『ひきコミ』
最初に紹介するのは『Hiki♡Com`i(ひきコミ)』です。
不登校情報センターの活動から生まれた雑誌で、サブタイトルは「不登校、ひきこもり、対人不安の人から発信する個人情報誌」。
創刊号の発売は2000年の12月で、「20世紀に出版されたひきこもりの雑誌」というレアな存在です。
斉藤環の『社会的ひきこもり』が出たのは1998年であり、まだ「ひきこもり」という言葉が広まったばかりの時期でした。
『ひきコミ』の中心となっていたのは、当事者たちの文通希望欄です。
当時はインターネットで交流する文化が根づいていなかったため、一般紙での文通募集は活発におこなわれていました。
『ひきコミ』はひきこもりや不登校者に特化しており、対人恐怖症やいじめの経験のような話しにくい内容も、多くの投稿者が率直に書き綴っています。
※筆名は隠しています。
自己紹介のなかには、「ひきこもり歴8年です」「仕事を辞めて以来引きこもっています」などのコメントや、「ひきこもりが否定的に報道されている」など、分析的なものもあります。
投稿欄の年齢は20代が中心ですが、30代以上の人も珍しくありません。
(年代としては、このときの30代が現在の「8050問題」の当事者になります。)
また、『ひきコミ』には中高年や女性の「ひきこもり」が何人も登場しています。
20年前、「ひきこもり」は若い男性の問題としてとらえられており、女性や中高年はほとんど認識されていませんでした。
しかし、当時の紙面にはすでに多様な「ひきこもり」の姿があります。
世の中の「ひきこもり」のイメージは、20年前から実態とかけはなれたものだったようです。
『ひきコミ』 創刊号の書誌情報
名称 Hiki♡Com`i (ひきコミ)
副題 不登校、ひきこもり、対人不安の人から発信する個人情報誌
号数 2001年1月号(第1号)
編集 心の手紙交流館
発行 株式会社子どもと教育社
発売 2000年12月
版型 B5版
ページ数 64ページ
定価 480円
一般誌としては2002年の第18号が最終号ですが、2003年以降も手作りの冊子として制作。不定期で継続し、2012年の第97号をもって終刊となりました。
Ⅱ 居場所から生まれた同人誌『クラヴェリナ』
つづいて紹介するのは『クラヴェリナ』です。
『クラヴェリナ』は、2002年から2004年までに、7冊が刊行された同人誌です。
雑誌創刊のきっかけは、ひきこもり当事者たちの居場所「スペース1」(通称「スペワン」)でした。
設立者はOご夫妻で、息子が当事者であったことから、ひきこもりの活動にたずさわるようになりました。
当時はひきこもりに対する行政的支援や居場所運営などがほとんどなく、手さぐり状態での発足だったといいます。
居場所は週に2回ほど開放され、ひきこもり当事者が自由に参加し、英会話やパソコン勉強会、映画の制作などもおこなわれていました。
参加者の中には、現在「ひきこもりUX会議」や「ひきこもり女子会」などの活動をおこなっている、林恭子さんもいました。
林さんによれば、当時の「スペワン」は「参加者みんなの仲が良い、オアシスのような場所だった」といいます。
あるとき、「スペース1」に集まった参加者から「雑誌を作りたい」という声が上がり、『クラヴェリナ』の制作が始まりました。
紙面の内容は身辺雑記から旅行記、オススメの映画、4コマ漫画など、多岐にわたっています。
「ひきこもり」がコンセプトだったわけではありませんが、特集に「甘えとは何か」、「親と子」、「あなたの『きっかけ』、なんですか」などがあり、「ひきこもり」にまつわる悩みが中心となっています。
2004年、「スペース1」の閉鎖とともに、『クラヴェリナ』も惜しまれつつ終刊となりました。
書誌情報
名称 クラヴェリナ(Clavelina)
制作 スペース1
発行社 株式会社ポプルス
創刊 2002年 6月(第1号)
終刊 2004年 8月(第7号)
発行部数 各号200部以上(推定)
版型 B5
ページ数 各号30~50ページ
定価 200円
Ⅲ 「ひきこもり」による「ひきこもり」のための雑誌『イリス』
最後に紹介するのは『IRIS(イリス)』です。
『IRIS』は「ひきこもり」や「生きづらさ」が主なテーマとなっていた同人誌で、 2003年から2006年の約3年のあいだに、12冊が刊行されました。
創刊のきっかけは、NPOの東京シューレがひきこもり当事者向けにおこなっていた「土曜サロン」・「木曜サロン」です。
参加者から、「自分たちの経験をもっと世の中に受け止めてもらいたい」という声があり、雑誌制作が始まりました。
紙面は当事者の手記をはじめ、詩やマンガ作品、ひきこもりを持つ親の手記など、密度の高い内容となっています。
東京シューレによる「土曜サロン」や「親の会」で講演をおこなった著名人へのインタビューも掲載されており、紙面には芹沢俊介、田口ランディ、平田オリザ、保坂展人等、多くの識者も登場しています。
記事のなかには、自身の趣味をのびのびと書いているエッセイもあれば、緊張感をはらんだ体験談もあります。
2000年代前半は、インターネットで自身の言葉や作品を伝えることが、今ほど一般的ではありませんでした。
思いを表現する場が限られているなかで、紙の雑誌は貴重な機会だったと思われます。
語り難い鬱屈した思いを吐き出す媒体として、紙の雑誌の存在は格別の重要性があったことでしょう。
『IRIS』書誌情報
名称 IRIS(イリス)
副題 生きにくさを感じている私たちからあなたへ
編集人 IRIS編集局
発行人 NPO法人東京シューレ
創刊 2003年4月24日(第1号)
終刊 2006年3月31日(第12号)
版型 B5版
ページ数 各号120ページ以上
定価 800円
おわりに 古い「ひきこもり雑誌」を取り上げた理由
私はこれまで、「ひきこもり」に関する多くの本を読み、NHKのキャンペーンによる報道も観てきました。
そのため人に比べて、少しは「ひきこもり」について知っているつもりでいました。
しかし数か月前に、初めて『クラヴェリナ』や『ひきコミ』の存在を知り、自分の無知に驚きました。
正式な書籍として長く残るものと違い、時事的な雑誌という媒体は、実に忘れられやすいものだと思います。
それは『冊子版 ひきポス』の存在意義をかえりみることにつながりました。
『ひきポス』は、これまでに発せられてこなかった当事者の声を、社会に届けようとする試みです。
その点では、「0を1にする」活動だと思っていました。
しかし、「ひきこもり」という名前が社会的に付与されたときから、当事者は声を上げ、自身の体験を語ってきました。
「ひきこもり」の偏向的なイメージを批判する声は20年前からあり、「0を1にする」発信は、すでに幾度となくおこなわれてきた。
その点では、すでにたくさんの「1」があります。
そうであるならば、私は「1を0にしない」ための活動もしたいと思いました。
「ひきこもり」という言葉は便利ですが、具体的な誰か一人を想定できるものではありません。
現在の「ひきこもり」は、若い男性だけでなく、女性や中高年も含むようになりました。それは定義が広がったというより、元々の定義が狭すぎたのです。
『ひきコミ』などの雑誌を一読すれば、20年前から女性や中高年の当事者がいたことがわかります。
今回の雑誌紹介も、「ひきこもり」のイメージを解きほぐすための一助になればと思います。
文・写真 喜久井ヤシン
取材協力
不登校情報センター 松田武己さん
全国不登校新聞社 林恭子さん
シューレ出版 須永祐慈さん
※今後の『WEB版 ひきポス』で、各誌の詳細を紹介予定です。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
執筆者 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年生まれ。詩人。幼少期から20代半ばまで、断続的な「ひきこもり」を経験している。
ツイッター 喜久井ヤシン (@ShinyaKikui) | Twitter