ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

『ひきポス』は、ひきこもり当事者、経験者の声を発信する情報発信メディア。ひきこもりや、生きづらさ問題を当事者目線で取り上げます。当事者、経験者、ご家族、支援者の方々へ、生きるヒントになるような記事をお届けしていきます。

【1000文字小説】一人ぼっちのわたしが日本政府の〈孤独証明書〉の発行を断られた理由

 

ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。

 

f:id:kikui_y:20201231133819j:plain

とおふじさおり 『生い立ちに名はない』より 



 

   孤独証明書

 

 私がいくら〈孤独受付窓口〉で文句をいっても、決定はくつがえらなかった。

 「おかしいでしょう。私の〈コドク〉申請が認められないなんて!」

 窓口の職員は動じず、

 「落ち着いてください。申請書類に、間違いはありませんでしたか?」と冷静に応じた。

 「ちゃんと専用の窓口で見てもらいました。私には友達がゼロだと認められています!」

 完璧に孤独な私に、落ち度はないはずだった。

 

 20ⅩⅩ年、日本では孤独が社会問題となり、政府は「孤独証明制度」を開始した。

必要な人に〈孤独証明書〉を発行し、人や社会とのつながりを強化するのが目的だ。

〈コドク証〉があれば、生活保護や障害者手帳のように、行政のサービスも受けやすくなる。

私は幼いころに両親を亡くして以来、天涯孤独の身だった。

それなのに、〈コドク証〉の申請が断られたのだ。

 

 「理由を教えてください!」

 私は職員につめよった。

 「書類の提出後には、ソーシャルワーカーとの話し合いが必要です」

 「それもやりましたよ。担当した人は、私に友達も恋人もいたことがないと知って、同情してくれました」

 「〈最終孤独判断所〉での面談も必要です。そこで認められないと、証明書は発行されません」

 「判断所にも行きましたよ。効率化をはかるとかで、集団面接みたいに、何人もの人と並んで受け答えしました。大勢の人の中でも、私が一番孤独だったはずです」

 私は〈コドク証〉の申請にどれほどの手間がかかり、どれほど大変だったのかを長々と話した。

やがて職員はうなづいて、

 「ははあ、おそらく完璧すぎたのが原因ですね」と言った。

 「なんですって?」

 「おそらく、窓口での申請も、ソーシャルワーカーとの話し合いも、〈集団孤独相談会〉も、うまくやりすぎたんですよ。それだけ行動して、人に孤独を訴えられれば、社会とも人ともつながれます。つまり、〈コドク証〉は必要ないんです。却下されたのはそのせいですね」

 私はぶぜんとして答えた。

 「じゃあ、どうやったら〈コドク〉だと認められるんですか?申請しないと、証明書はもらえませんよね?」

 「〈孤独担当大臣〉の方針ですから、それをわたくしに言われましても。あっ、申し訳ありませんが、受付のお時間が過ぎました。また明日お越しください」

 「ちょっと待って!」

 私は窓口で粘ろうとしたが、職員は取り合ってくれない。職員は窓口に「休止中」の札を置いて、事務室の奥に引っ込んでしまった。

 

 一人とり残された私は、仕方なく役所の待合室に戻った。

待合室には誰もおらず、ポツンと置かれたテレビだけがまばゆく照っていた。

〈コドク証〉のためにあちこちの窓口を回ったというのに、これでは全部が無駄足だ。

つけっぱなしのテレビでは、偶然政治家が〈コドク証〉についての演説をしていた。

 「わたくしどもは、日本のコドクな人に真摯に耳を傾け、誠心誠意対応をしています。今後も世の中のコミュニケーションの輪を広げ、絆で結ばれた、支え合いの社会を築いていきます」

 年老いた男の政治家が、原稿を棒読みで語っていた。

そんな映像を、私は一人ぼっちの待合室で、一人きりのまま見ていた。

 

 

 

 

    END

———————————————————————————————————————

 

  プロフィール

 

絵 とおふじ さおり 

f:id:kikui_y:20201125174228j:plain
油絵画家・イラストレーター。多摩美術大学院修士課程修了。
2020年11月、子ども時代からの〈生きづらさ〉を絵本にした『生い立ちに名はない』を発表しました。
HP 絵本と居場所ブログ→ https://saori-world.work/
   イラスト等のご注文→ https://saoriendo.amebaownd.com/

 

 

文 喜久井ヤシンきくい やしん)

1987年生まれ。詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。
Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui

 

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・出来事とは無関係です。



 

  オススメ記事

 

●「やっぱり一人が好き」な気持ち 

www.hikipos.info

 

●イギリスの「孤独担当相」設立の話題から 

www.hikipos.info