ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。
孤独証明書
私がいくら〈孤独受付窓口〉で文句をいっても、決定はくつがえらなかった。
「おかしいでしょう。私の〈コドク〉申請が認められないなんて!」
窓口の職員は動じず、
「落ち着いてください。申請書類に、間違いはありませんでしたか?」と冷静に応じた。
「ちゃんと専用の窓口で見てもらいました。私には友達がゼロだと認められています!」
完璧に孤独な私に、落ち度はないはずだった。
20ⅩⅩ年、日本では孤独が社会問題となり、政府は「孤独証明制度」を開始した。
必要な人に〈孤独証明書〉を発行し、人や社会とのつながりを強化するのが目的だ。
〈コドク証〉があれば、生活保護や障害者手帳のように、行政のサービスも受けやすくなる。
私は幼いころに両親を亡くして以来、天涯孤独の身だった。
それなのに、〈コドク証〉の申請が断られたのだ。
「理由を教えてください!」
私は職員につめよった。
「書類の提出後には、ソーシャルワーカーとの話し合いが必要です」
「それもやりましたよ。担当した人は、私に友達も恋人もいたことがないと知って、同情してくれました」
「〈最終孤独判断所〉での面談も必要です。そこで認められないと、証明書は発行されません」
「判断所にも行きましたよ。効率化をはかるとかで、集団面接みたいに、何人もの人と並んで受け答えしました。大勢の人の中でも、私が一番孤独だったはずです」
私は〈コドク証〉の申請にどれほどの手間がかかり、どれほど大変だったのかを長々と話した。
やがて職員はうなづいて、
「ははあ、おそらく完璧すぎたのが原因ですね」と言った。
「なんですって?」
「おそらく、窓口での申請も、ソーシャルワーカーとの話し合いも、〈集団孤独相談会〉も、うまくやりすぎたんですよ。それだけ行動して、人に孤独を訴えられれば、社会とも人ともつながれます。つまり、〈コドク証〉は必要ないんです。却下されたのはそのせいですね」
私はぶぜんとして答えた。
「じゃあ、どうやったら〈コドク〉だと認められるんですか?申請しないと、証明書はもらえませんよね?」
「〈孤独担当大臣〉の方針ですから、それをわたくしに言われましても。あっ、申し訳ありませんが、受付のお時間が過ぎました。また明日お越しください」
「ちょっと待って!」
私は窓口で粘ろうとしたが、職員は取り合ってくれない。職員は窓口に「休止中」の札を置いて、事務室の奥に引っ込んでしまった。
一人とり残された私は、仕方なく役所の待合室に戻った。
待合室には誰もおらず、ポツンと置かれたテレビだけがまばゆく照っていた。
〈コドク証〉のためにあちこちの窓口を回ったというのに、これでは全部が無駄足だ。
つけっぱなしのテレビでは、偶然政治家が〈コドク証〉についての演説をしていた。
「わたくしどもは、日本のコドクな人に真摯に耳を傾け、誠心誠意対応をしています。今後も世の中のコミュニケーションの輪を広げ、絆で結ばれた、支え合いの社会を築いていきます」
年老いた男の政治家が、原稿を棒読みで語っていた。
そんな映像を、私は一人ぼっちの待合室で、一人きりのまま見ていた。
END
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プロフィール
絵 とおふじ さおり
油絵画家・イラストレーター。多摩美術大学院修士課程修了。
2020年11月、子ども時代からの〈生きづらさ〉を絵本にした『生い立ちに名はない』を発表しました。
HP 絵本と居場所ブログ→ https://saori-world.work/
イラスト等のご注文→ https://saoriendo.amebaownd.com/
文 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年生まれ。詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。
Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui
※この物語はフィクションです。実在の人物・出来事とは無関係です。
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