ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。
ひきこもり養成講座
「外にばかり出てないで、たまには家にいなさい!」と母から叱られた。
私は時間さえあれば街歩きにスポーツにと、あちこち出かけるのが好きだった。
授業のない週末は泊まりでキャンプへ行き、友達とロッククライミングも楽しんでいた。
「別にいいでしょ、少しくらい家にいなくたって」
「考えてもみなさいよ。あなたが外を走り回っているあいだに、他の子は家の中で有意義に過ごしてるんだから。あなたが遠出してるのが知られたら、世間体だって悪いじゃないの」
母は私の体の心配よりも、近所からの悪評を気にしているのだ。
「私のことはほっといてよ!」
「外出ばかりして、恥ずかしくないの!」
しばらく激しい口論になったが、結局母親にはかなわなかった。
「当面のあいだ外出禁止です!〈ひきこもり養成講座〉に申し込んでおくからね。リモートで合格するまでは、部屋から出ないように!」
私は自室に押し込められて、外から鍵をかけられた。
この〈押し込み魔〉め。子どものことを何にもわかってないんだから。
私はしかたなくパソコンを開き、〈ひきこもり養成講座〉にアクセスした。
昔は「ひきこもり」が悪いイメージだったらしいけれど、今では社会的に必要だとかで、〈ひきこもり検定試験〉や〈ひきこもり証明書〉の制度もできている。
人々が自宅にいても経済が回ることがわかったため、最近では国が公認で〈ひきこもり〉を広めようとしていた。
長い〈ひきこもり〉のキャリアがあれば、履歴書の〈資格・特技欄〉に書けるくらいだ。
「こんにちは!ようこそ〈ひきこもり養成講座〉へ!」
講師の笑顔が画面に表れた。
「皆さんもご存知のとおり、現代人には適度な孤立が必要です。一人の時間を大切にするための〈引き込み力〉、略して〈コミ力〉を鍛えていきましょう!」
「ちょっと前まで、『コミュ力を鍛えましょう』って言ってたくせに?」
私は、ミュート機能を入れないままでつぶやいた。
カリキュラムを見ると、「孤立の大切さ」、「外出の危険性」、「偉人たちはいかに引きこもってきたか」など、先は長そうだ。
これが終わるころには、私もみんなと同じように〈ひきこもりのスキル〉が磨かれているのだろう。
私はパソコン画面を見ながら、ふと軽い孤独を感じた。
早くも〈ひきこもり養成講座〉の効き目があらわれたのかもしれない。
END
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プロフィール
絵 とおふじ さおり
油絵画家・イラストレーター。多摩美術大学院修士課程修了。
2020年11月、子ども時代からの〈生きづらさ〉を絵本にした『生い立ちに名はない』を発表しました。
HP 絵本と居場所ブログ→ https://saori-world.work/
イラスト等のご注文→ https://saoriendo.amebaownd.com/
文 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年生まれ。詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。
Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは無関係です。
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