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【1000文字小説】〈生活過保護制度〉を受給した結果、僕は引きこもるのをやめました

ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。

 

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〔イラスト カトーコーキ〕 

 

 

    生活過保護制度

 

朝8時にベッドから起き出すと、召し使いが驚いて言った。

「えっ、まだ朝なのに、もう布団を出るんですか!? お体に負担がかかるじゃありませんか。二度寝されたらいかがです?」

「いや、大丈夫だよ。ぐっすり眠れたからね」と僕は答える。

「それでは、すぐに朝食をお持ちしましょう!」

そう言って、召し使いは急いで支度にとりかかった。

きっと豪華な食事が出てくることだろう。

僕が住んでいるのはホテルのスイートルームで、24時間のフルサポートがついている。

それもこれも、「生活過保護制度」を受給しているおかげだ。

 

この制度は、「一定限度を超える貧困」など、いくつかの条件にあてはまると受けられる。

以前の僕は、精神を病んで働けなくなっていた。

悪い人間ばかりと出会い、追いつめられて、自分はもう自殺するしかないと思えていた。

しかし「生活過保護制度」の受給者は、「健康で文化的な最高限度の生活を享受する義務」が定められている。

同時に「最上の甘えとゆとりを堪能する義務」を持ち、嫌でも毎日贅沢に暮らさなければならない。

 

ある時ふと「仕事を再開した方がいいのかな……」とつぶやいたら、そばにいた召し使いが飛びあがった。

「どうしてそんなに働こうとするんです!?ずっとゲームでもしていればいいではありませんか!」と心から訴える。

この召し使いの過保護ぶりは見事で、僕が働こうとすると、気絶せんばかりに驚いて叫ぶのだ。

 

僕は制度の受給以来、日々豪華な食事をして、大画面のテレビでゲームをし、マッサージを受け、ふかふかのベッドで眠った。

外出の時は運転手付きの高級車で、必要もないのにボディガードがつく。

オペラや演劇もS席が用意されたが、僕には初めて観るものだったので、正直なところよくわからなかった。

それでも制度を受けながら月日を過ごしているうちに、世の中の見え方が変わっていった。
世界には面白いものがあると知ったし、悪い人ばかりでもないらしい。

体と心を休ませられたことで、僕は人生で初めて空が青色に見えたものだ。

 

ただし、「過保護制度」の継続には条件がある。

それは「仕事と活動の禁止」だ。

人の役に立つようなことをすると、受給の権利を失ってしまう。

ネットは見放題だが、写真や文章が表現につながるといけないので、SNSだけは禁止されていた。

受給している限りは、自分から好きなものを生み出すことはできない。

制度を受け始めた当初は、そんなことが問題になるわけないと思っていた。

僕にとって世界は暗く、狭いところで、鬱々とした人生を過ごすほかなかったからだ。

 

それなのに僕は最近、何らかの活動を始めたいと思うようになってしまった。

心身が健康になった今なら、こんな自分にも、人の役に立つことができそうな気がする。

僕はふかふかのベッドの中で、仕事をしている未来の自分の姿が思い浮かんだ。

明日は手始めに、挫折していた勉強をやり直してみようか。

いつの日か働き始めたら、制度の受給を停止することになる。

僕が打ち切りを言い出したときにはきっと、あの過保護な召し使いを、また叫ばせることになるだろう……。
 

 

 

 

 

 

    END

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  プロフィール

 

絵 カトーコーキ

父による心理的虐待、不登校、ウツ、ひきこもり、ニート、震災、原発事故などの経験を活かし、漫画を描き始める。

 既刊

『しんさいニート』/イースト・プレス

 連載中

『そして父にならない』/マトグロッソ

『山で暮らせばいいじゃない』/本当にあった愉快な話(竹書房)


その他、郡山市コミュニティーFM『今夜もギリギリチョップ』のパーソナリティーとしても活動中。

 

文 喜久井ヤシンきくい やしん)

1987年生まれ。詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。KIKUIYashin Twitter

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは無関係です。

 

 

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