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【1000文字小説】ボクは〈選択的夫婦別性〉に反対する

 ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。

 

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  選択的夫婦別性

 

「来週の火曜日から男になるんで、よろしく」

と「妻」からメールがきた。

ボクはあきれた。

また性別変えるのかよ……今年もう2回目じゃん。

 

西暦2××0年、人類は自由に性別を選べるようになった。

昔の日本では、夫婦で苗字が違う「別姓」さえ議論になったらしい。

だが自在に性別が変えられる時代にあっては、「別性」にするかどうかが問題だ。

 

ボクのパートナーのミサキさんは、生まれたときの性別が女性。

学生時代は「中性」にしていたこともあるらしいが、おおむね女性として生きてきた。

出会ったときも女性だったから、てっきり結婚したらミサキさんが「妻」、ボクが「夫」になるものだと思っていた。

だけどミサキさんは、「年末年始は男でいく」とか、「あなたも一度くらい『女』になったら?」とか、気軽に別性を選ぶ人だった。

 

今年で12歳になるナナミという子どももいる。(すくなくとも、いまのところは「娘」だ。)

簡単に性を変えるなんて、子どもにも悪影響がおよぶんじゃないか?

そう思って、ボクはリビングで遊んでいたナナミに聞いた。

「来週から、ミサキさんがまた男になるんだって。ナナミは、ミサキさんがママになったりパパになったりするなんて、嫌だよね?」

するとナナミは、「ううん」と首をふった。

「どんな人になっても、あたしたち家族でしょ?どっちだっておんなじじゃない」

ナナミはミサキさんに似て、思ったことをはっきり言う性格だ。

ボクは言う。

「でもねえ、家族の一体感とか、絆とか、大切なこともあるからね。この国の伝統についてお勉強をすると、ずっと母親と父親に分かれてきた歴史があるってことがわかるんだよ。ナナミには、まだ難しいかもしれないけどね」

ボクは話をつづけようとしたが、ナナミがさえぎって答える。

「なんで家族で違うことがあると、絆がなくなっちゃうの?昔の人が大事にしていたことよりも、いまのあたしたちを大事にする方法を考えたらいいじゃない?」

と、大人びた意見を言った。

頭が良いのはけっこうなことだが、ボクは黙りこんでしまった。

夫婦別性の話題では、「妻」も「娘」も、ボクの味方ではないらしい。

 

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火曜日になって、男性に変わったミサキさんが帰ってきた。

「ただいま!元気にしてた~?」と低い声で言い、

「おかえり!」と駆けよったナナミを抱きしめる。

「父」と「娘」の仲睦まじい光景だ。

(ボクとはしばらく「同性婚」になるが、それは今の世の中ではあたりまえのことなので、どうだっていい。)

 

なんてことのない親子の姿だが、「夫」のはずのボクは落ちつかない気分だ。

やっぱり夫婦である以上、男と女の区別くらいは、はっきり決まっているべきじゃないか?

ミサキさんが何度性別を変えても、ボクは女性に変わるつもりはない。

これからもずっと、「夫」として生きていくつもりだ。

なんたって、ボクは子どものころに性別を変えて以来、ずっと男として生きてきたんだからな。

 

 

 

 

 

    END

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絵・文 喜久井ヤシンきくい やしん)
1987年生まれ。詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。  Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは無関係です。

 

 

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