ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。
オレ、ライオン。
見世物小屋で飼われている。
仕事は一日中ゴロゴロしていることだ。
毎日人間のお客がたくさんやってくるから、オレはなまけることなく仕事している。
お客はオレの立派なたてがみを見て満足するし、オレも見世物小屋の団長から食べ物をもらって満足する。
正直言って、これ以上の仕事はないと思うね。
だがあるとき、オリのすぐそばで、見慣れない男が団長に向かって叫んでいた。
平和な暮らしをかき乱す奴の登場だ。
「ライオンがオリの中に引きこもっているなんて異常です!今すぐ扉を開けないと、とり返しのつかないことになるぞ!」
「なんだ、あいつは?」
オレはそばを散歩中の野鳥にたずねた。
「あいつは『引き出し魔』団体の奴だよ。百獣の王がオリの中にいるのは、間違いだって言ってるのさ」
「ふーん」
引き出し魔とかいう奴は、団長に向かってオレを逃がすように説得しているらしい。
「ライオンは広い草原で、獲物を追ってこそ幸せなのです!」
オレは(いや、エサくれるならそれでよくね?)と思いながら、聞き耳をたてた。
「あの苦しそうな顔を見てください!ライオンだっておかしいと思っているんだ!」
(全然思ってないし、わりと愛嬌のある顔じゃないかな。)
「このままじゃ心が弱ってしまう!怠け病になってしまうぞ!」
(そんな病気があるなら、ぜひともかかってみたいもんだ。)
「ダラけてばかりいたら、外の弱肉強食の世界を生き残れない!」
(だったら、お前がそんな世界に出さなければいいだろ。)
どうして他人が、オレの生き方を勝手に決めるんだ?
オスのライオンだからって、戦いが好きなわけじゃない。
オレはゴロゴロしながら平和に過ごすのが向いている。
見物に小さな子がやってくると、目を輝かせてオレを見ているのだ。
これって最高の生活じゃん。
オレは引き出し魔の奴を追い出そうと、ゆっくり立ち上がった。
引き出し魔の奴は、ちょうどオリのすぐそばにいる。
オレは死角からこっそりと忍び寄り、引き出し魔の頭を狙って、オリの隙間から鼻先を出した。
「ぎゃっ!」
引き出し魔が気づいたときには、目の前に見えるのはオレの牙だ。逃げようにも間に合わない。
「ほら見ろ!こいつは危険なライオンなんだ!食われちまう!」
叫び声をあげる引き出し魔の顔に、オレはためらわずに口を向けた。
そして、
チュッ。
オレは引き出し魔にキスをした。
そしてふり返ることもせず、悠然と元の寝床に戻った。
天上に腹を向け、これからやってくるお客さんたちが楽しめるよう、全力でゴロゴロした。
ちょっとばかし愛嬌も気にしながら。
あっけにとられた引き出し魔は、何も言えなくなってしまったらしい。
団長と目も合わせず、すごすごと見世物小屋から出ていったよ。
END
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絵 山本 朝子 (やまもと あさこ)
1986年生まれ。小学校に2ヶ月ほど通った末に不登校になり、家を中心に育つ。絵の学校やアルバイトなど経て、TDU・てきせん大学に入学。絵画、演劇、音楽などの表現活動を大事にしつつ、歴史を学ぶことや、不登校体験からくる生き難さの発見や捉え直しをしたり、人間が豊かでいるための価値観を模索している。
文 喜久井ヤシン(きくい やしん)
1987年生まれ。詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、毒親育ちのゲイ。Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは無関係です。
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