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【1000文字小説】ウサギとカメと競争主義社会

 

 ひきこもり経験者による、約1000文字のショートショートをお届けします。〈生きづらさ〉から生まれた小さな世界をお楽しみください。

 

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「ぼくが勝ったらどんな童話になるかな?」

 

 

   ウサギとカメと競争主義社会

 

『僕は道に迷ったことがない。正しい道がないんだから』(ある画家の言葉)

 

むかしむかし――いや、間違えた。このあいだの出来事だ。

あるところに、ウサギとカメがいた。

ウサギとカメは仲が良く、どちらもとても若かった。

あるとき二人は、「どちらがより幸福な人生をおくれるか、競争しよう」と決めた。

一生の道筋で、先に大きな幸せにたどりついた方が勝ちだ。

「そらいくぞっ」とウサギがいそいそスタートし、

「うん……いくよお」と、カメはゆったりスタートした。

 

それからウサギは、キビキビと勉強し、何でもテキパキとこなした。

学校の成績もトップで駆け抜けて、早くからエリート街道をまっしぐらだ。

眠気も吹き飛ばして、誰にも負けないよう走りつづける。

多くの動物たちからも、期待をこめて応援された。

「さあ、君ならもっと出来るぞ!急いで!急いで!」

ウサギは若き起業家となり、ベンチャー企業を立ち上げた。

ウサギは成功者の完璧な道を、猛スピードで走っていった。

 

一方のカメはというと、とてものんびりしていた。

学校の成績も悪く、友達からは、周りとズレていると言われた。

会社に入っても、動きがのろかったのでうまくいかない。

どうやらマイペースすぎて、周りにも迷惑をかけているらしい。

努力ではどうにもならない病気も経験し、長いあいだの休みもとった。

他の動物たちからは、「立ち止まっている時間も大切」と、口先だけで言われた。

(本心とは違っていたのだ。)

もっともカメは、自分なりの道を、最短距離で進んでいるつもりだった。

 

そうして何年も、やがては何十年もの年月が、ウサギとカメに流れ去っていった。

 

ある年のこと、年老いたウサギは、美しい海辺にやってきた。

ビーチの砂はキラキラ光り、水平線に夕日が沈んでいく。

ウサギは、「こうしてゆっくりするのもいいもんだな」 としみじみ思った。

これまで分単位のスケジュールで生きてきて、心からくつろぐことがなかったのだ。

浜辺にはお金がかかるものも、称賛も名誉もない。

それなのになんて魅力的で、幸せな気持ちになれるのだろう。

 

ウサギはふと、同じビーチにカメがいることを発見した。

ウサギは驚いた。

「カメさんじゃないか。君は、いつからここにいるんだい?」

「なんと。ウサギさんなのか。ぼくは、ずっと前から、この浜辺で暮らしているんだ。ほうら、ここは、夕日が美しいだろう?」

そうに言うカメは、満ち足りているようすだった。

 

ウサギは疲れた体で言った。

「カメさん。ぼくたちの競争は、ぼくの負けなんだな。ぼくはこんなにキレイな景色を、はじめて見た気がする。でも君の方がずっと早く、このビーチにたどりついていたんだ。」

「いいや、それはどうかな。」

カメは答えた。

「君は世界中を走り回って、がんばって生きてきたんだろ。うわさは聞いていたよ。すごく立派な道だったじゃないか」

「そうかな」

「そうだよ」

ウサギとカメは、お互いの道のりをたたえ合った。

 

ウサギとカメの、人生をかけた勝負を知って、よその動物たちはあれこれと話しあった。

ある者はウサギの負けだといい、ある者はカメの負けだといった。

あるやぼな哲学者は、どちらも負けているのではないかと言った。

いつ、誰が、どんなふうにウサギとカメを見るかによって、勝ち負けは簡単に変わるのだ。

 

ウサギはほんの少しだけカメをうらやみ、カメもまた、ほんの少しだけウサギをうらやんでいた。

お互いが相手のことを、自分の通れない道を行った、特別な勝者だと思っていたのだ。

ウサギとカメは清らかな浜辺で、沈んでいく夕日を長いあいだ見つめていた。

 

この物語の教訓は――いいや間違えた。

この話に、そんなものはない。

海も大地も、とても大きい。めでたし、めでたし。

 

 

 

 

    END

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文・絵 キクイ ヤシン
1987年生まれ。詩人。不登校とひきこもりと精神疾患の経験者で、アダルトチルドレンのゲイ。Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは無関係です。

 

 

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