今回は、ひきこもり経験者による創作をお届けします。息子に対する母親の親心がつづられ、年齢ごとの「願いごと」が語られます。しかしその願いごとは、だんだんとエスカレートしていくようで……。本作はフィクションですが、誰かにとっての実体験かもしれません。
息子1歳 病気の息子に
神さま どうか息子の命を助けて
病気になって苦しむ息子を
どうか元気にしてください
親としてほかに何もいらない
これだけが心からの願いです
一生に一度の望みです
このささやかな親心を
もしも叶えてくれるなら
ほかには何も望みません
ほかには何も望みません
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5歳 幼稚園のころ
友達と遊んでいる息子
だけど体の弱さが気がかり
背だって周りの子よりも低い
走るのやボール投げも苦手
どうしても周囲の目が気になってしまう
高望みなんてしないから
他の子と同じくらいにすくすくと育ってほしい
それが息子のためにもなること
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7歳 小学校低学年のころ
背が伸びて運動もできるようになった息子
でも学校が苦手のようで
行きしぶりをしてしまった
子どもは学校に行くのが当然
行かない子なんているはずがない
成績が悪くったっていい
でもせめて学校くらいは行って
私の望みはただそれだけ
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11歳 小学校高学年のころ
毎日学校に行く息子
でも宿題はおろそかだし
成績もずっといま一つ
忘れ物にも気をつけてね
一番になってとはいわない
でもほんの少しだけがんばって
みんなから遅れないようにしてほしい
これは親としてのささやかな願いごと
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13歳 中学生のころ
塾にも通うようになり
息子の成績は上々
なにも特別な子でなくてもいいの
高望みしすぎないようにしないと
でもねさすがにおとなしすぎる
もうちょっと積極的にならないとダメ
それが息子自身のためになるから
せめて自己主張はしてほしい
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15歳 高校受験のころ
面接の練習もして
ハキハキしゃべるようになった息子
あとは内申点の向上と
本番で緊張しないことだけ
睡眠不足にならないように
コンディションをととのえて
どうか高校に受かりますように
親として願うのはただそれだけ
16歳 高校入学のころ
第一志望の高校に入り
授業や部活は大変そう
体育祭や文化祭でも
あまり活躍できていないみたい
でもね息子よ落ちこまないで
あなたが健康でいてくれればいい
親の本心というものはね
他には何も望まないものなの
17歳 高校生のころ
息子にはこれまで
ささやかなお願いしかしてこなかった
ダメな親だったと思う
未熟な親だったと思う
でもね あなたはできる子なの
せめてもうひと頑張りしてほしいな
世間ではふつうのことなんだから
当然 大学受験はするでしょ
18歳 大学受験のころ
人のいうことなんて気にせず
あなたはあなたの道を行きなさい
自分の好きなことを選んで
自信をもっていきなさい
がんばれ 息子
親として心から応援している
願いはたった一つだけ
どうか合格できますように
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20歳 大学生のころ
まったく出来の悪い息子で
大学では遊んでばかり
友達と騒ぎすぎに思えるし
ゲームのやりすぎに思える
親として過干渉はいけない
口出しはほどほどにしないと
ただし
就活を成功させること以外には
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22歳 就職のころ
息子よ 就職おめでとう
あなたはあなたらしくあってくれたらいいの
自由に生きてくれたらいいの
親の願いはそれだけだから
だけど一つだけ言わせてもらう
その会社の評判はいまいちで
お給料だって安いみたい
もっとあなたに合う仕事があると思うの
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25歳 転職のころ
大きな会社に転職して
仕事や年収もまあまあ
気になるところはあるけれど
息子が満足しているなら仕方ない
でもねそろそろ連れてきて
未来のお嫁さんくらい
あの友達は結婚したらしいし
親として大した望みではないけれど
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30歳 結婚のころ
息子は幸せに暮らしている
結婚もしたし 出世もした
ところでご近所さんの家では
初孫が産まれたんだって
あの子は家を買ったそう
あなたは最近どうしてる?
親としてあれこれ望みはしない
望みはしない けどね
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32歳 乱心のころ
いったいどうしたっていうの?
息子の態度が変わってしまった
親の電話に答えもせず
実家に顔を見せにもこない
これまでのささいなお願いを
まるで親が悪かったように責める
親がどれだけ心配してきたか
息子はまったくわかっていない
33歳 休職のころ
息子はベッドにふせっていた
うつ病?休職?ひきこもり?
なにを言っているのかわからない
どうしてしまったというの
しっかりしないとダメでしょう
ほかの人たちがどう思うか
もう一度やる気を出しなさい
これは親として当然の願い
34歳
親はどうすることもできないの?
息子よ どうか元に戻って
話しかけてくれるだけでいい
笑顔になってくれるだけでいい
ありえないことなんて望んでいない
大それたことなんて望んでいない
ごくふつうであってくれたらいいの
ただささやかに生きてくれたらいいの
35歳 病気の息子に
神さま どうか息子の命を助けて
病気になって苦しむ息子を
どうか元気にしてください
親としてほかに何もいらない
これだけが心からの願いです
一生に一度の望みです
このささやかな親心を
もしも叶えてくれるなら
ほかには何も望みません
ほかには何も望みません
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文 キクイ ヤシン
1987年生まれ。詩人。ブログ http://kikui-y.hatenablog.com/
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