今回は、ひきこもり経験者による断片的な日記をお届けします。短い言葉で刺激的なイメージを起こす手法は、「箴言(しんげん)」や「アフォリズム」と言われています。 文芸的な表現をご覧ください。
毎朝がおびえである。
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命ごと吐き出してしかるべき重いため息。
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私も消費者である。社会から消費されている者という意味で。
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人生が依存するに足る対象でなくなったとき、私はゲーム依存になった。
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「過労死」ではなく「労働殺」と言うべきだ。労働があることによっても、ないことによっても死者が出ている。
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金のないことではなく、労働のないことが私の生活を脅かしている。
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金は社会的動物にとっての手足である。この四肢が生活を容易にさせる。
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私が労働を軽蔑(けいべつ)する以上に、労働が私を軽蔑している。
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私は人生を醸成させたいと思っている。発酵させていたはずのものが腐敗であったことを受け入れるまでは。
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魂をかけた葛藤のむこうには、掃いて捨てるほどあるありふれた平凡がある。
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涙、嘆息、赤面、しわ寄せ、舌打ち、貧乏揺すり。……私は人体に可能なあらゆる表現を使いながら一日を耐えている。
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生に値する今日がないとき、私は自殺者となる明日にも値していない。
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毎秒心臓がスリコギで潰されている。
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心底からくつろぐ義肢のある人。
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私の病理は頑丈である。
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一生は笑えるほどの悲劇でできている。
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ほんのつかのまでも苦悩を忘れるためには、悟りを得るか蚊にさされるかしなければならない。
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私はふざけるのが苦手だ。人生の方がふざけているため間に合っている。
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迷えるほどの道すらなくなったときに、はじめて人から迷っているとみなされた。
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難解な哲学や高度な数学よりも必要なのは、やめてほしいときに「やめてほしい」といえることだ。
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自分が何恐怖症なのかわからないほど多様なものに発生している恐怖。
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正確な記憶力さえあれば、生よりも死が恐ろしいなどということはありえない。
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子供であったことが間違いのもとだ。
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目で呼吸できたらいいものを。
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誰からも見られていないというまなざしを浴びている。
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「殺してくれ」とつぶやく。
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力士は過食によって胃を鍛錬し、自らの巨体を作るという。人間関係の許容量も、過剰に会うことによって鍛えられないだろうか。
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雑談の技術やコミュニケーション能力を気にかけても意味がない。私は他人以前に出会いたい自分がいないのだ。
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この脳髄の懊悩に比べたら、どのようなSNSもカオスではない。
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私のせいで親の脛(すね)は骨がむき出しになった。
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霞(かすみ)に味をつけて食べる方法でも見つけねばならない。
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都市に住む自殺志願者は、視野狭窄をまぬがれるために「サバンナでゾウのウンコを見てから死ぬ」という内的な取り決めをしておくべきだ。
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生の無意味と存在の虚無を説く男性哲学者の、歯痛。
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ヒトになってしまったという進化は、100万年前のサルの疫病ではなかったか。
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これからでも遅くはない。ホモサピエンスは植物に進化するべきだ。
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地上:天国と地獄の間にある無法地帯。
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善行:存在の罪滅ぼし。
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寛容:慎みのある無視。
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正義と称されている新種の憎悪。
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被害者が事件と関連する物事に過敏となるように、私は自身と関連する物事に過敏であらざるをえない。
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フラッシュバック……利子を過剰に増やしながら、リボ払いさせられる過去。
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私は人の下に立つことを学んできた。
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欲情はいつも私に暗澹(あんたん)をくれる。
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性欲に私が摩(ま)すられている。
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『ピダハン』では、死別がありふれているために仲間の喪にも同情しない、という場面があった。私の悲痛の閾値(いきち)は高く、もはや日常的悲嘆を悲しめない。
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私は少年期に持たされた悲しみの小石を後生大事に抱えてきた。だが歳月にともなう悲しみの総量は、河原のすべての砂利のようなものだった。実際には石ころ一つにかかずらわっていられないほどの石道を、人々とともに歩まされる命の径庭(けいてい)があった。
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虚無にしては、有事が多い。
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私は当為の怪物にとりつかれている。
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日に数度落涙する。
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苦しい経験をバネにして、下方向に飛ぶ。
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無理に「前を向く」ことも逃避でありえる。
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親は人生の局部である。この急所に誰もが痛む。
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親からあれほどの教育さえ授からなければ、私はまっとうな人間になれただろう。
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私は嫌悪以外のあらゆるものを嫌悪している。
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私はなぜ生きているのかとは悩まない。なぜ本当に生きられないのかと悩んでいる。
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私は誰かという問いに答えはない。しかしそこに私の問いがある以上、まだ失えるものがあるということだ。
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これまで多くの人に迷惑をかけてきた。だが私ほど私を嫌った者はいないと断言できる。
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文 キクイ ヤシン
1987年生まれ。詩人。ブログ http://kikui-y.hatenablog.com/
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