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「何者かにならなくてはならない」……その重圧と強迫とのつきあい方を考える

写真:PhotoAC

 

文・ぼそっと池井多

「何者にもなれない」という焦り

先日、私が主催した「ひきこもり親子クロストーク」というイベントで、ひきこもり当事者の方たちから、

「『何者かにならなくてはならない』という感覚に押しつぶされている」

「自分は『何者にもなれない』んじゃないかという焦りに駆られている」

といった発言がつづいた。

 

これは、ひきこもり界隈では古くから語られている問題である。

かねてより私はこれをナニモノ問題と名づけ、ひきこもりにとっての重要課題の一つに位置づけている。

2012年には、朝井リョウという作家が、そのものズバリ『何者』という題名で小説を書き、さらに映画化もされたから、ナニモノ問題はひきこもりに限らず広く若い人一般にとって直面する課題なのだろう。

 

若い時分には、私はそとこもりだったので、アジアやアフリカなど、できるだけお金を使わないで生きられる土地を求めて日本社会から逃げつづけていたが、そこには私と同じような若者が世界中から集まっていて、悩みごともほぼ同じであった。

そのうち一つが、このナニモノ問題だったのである。

 

文字通り読めば、「どんな者」でも「何者」であるはずだ。

だから、

「何者かにならなければならない」

という問い自体が矛盾であるはずなのだ。

ところが、そうはならないところに、ナニモノ問題の晦渋かいじゅうがある。

 

そして、それは日本語に限ったことではない。

英語では somebody サムボディ(誰か)という語が「何者か」を意味する。

だから、

He is somebody in the village.

というと、

「彼はその村に住む誰かだ。」

「彼はその村ではひとかどの人物だ(何者かである)。」

という2通りの訳文が成り立つ。

 

反対に「何者でもない」は nobody ノーボディ(誰も~いない)であらわす。

He is nobody in the village.

は、

「彼はその村ではまったく知られていない、無名の人間だ。」

となる。

 

「何者」は、フランス語でも「quelqu'un (誰か)」というし、中国語でも「某個人」という。

つまり、これらどの言語ラング でも 言語活動ランガージュにおいては、このナニモノ問題に差しかかると一般人の極みのような名詞を使って一般ではない人を表現するのである。

ここに隠れている人間の心理は、恐怖による躊躇かもしれない。

 

 

写真:PhotoAC

近代が産み出した「ナニモノ問題」

しかし「何者かにならなくてはならない」という焦りは、時代を超えた人間普遍のものなのだろうか。

私はそう思わないのである。

むしろ、近代の産物ではないだろうか。

「近代」などというと話が大げさになるようだが、たとえば日本だったら明治維新という時代の境目を考えていただけばよい。

 

それ以前、江戸時代では武士の子は武士、百姓の子は百姓と決まっていた(*1)

たいていの男子は、

「うちは代々、○○の家系だから、自分は大人になったら○○になるんだ」

といった具合に自分の人生を考えていたはずである。 

 

*1. もちろん細かく見ていけば例外はある。

 

身分制度や社会階級が厳然と存在する時代には、ナニモノ問題で焦ったり悩んだりする必要がない。

西洋世界では、ルネサンス以前の中世の時代がそれに当たるだろう。すべては教会が、あるいはその上に映輝する神がお決めたもうことであった。

 

それでは、その時代の人々はナニモノ問題で悩まなくてよいから、それだけ近代の私たちよりも幸福だったろうか。生きやすかっただろうか。

それは比較できるものではない。ナニモノ問題で悩まない代わりに、むかしは先祖代々から受け継いだ家督を減らすことなく、無事に次の世代に受け渡すプレッシャーに押しつぶされていたことだろう。自分で選んだ自由な人生を生きる楽しみも味わえなかったことだろう。

 

やがて近代を迎え、どんな階級に生まれた者でも、実力と運さえあればいくらでも出世できる世の中になった。つまり、

「がんばれば、何者サムボディになれる社会」

になったのである。

学校の歴史の授業などでは、これを良い変化として習う。

そして、それが文明の進化ということになっている。

しかし現実には、この変化の裏で多くの人が「何者にもなれないノーボディ」という新しい悩みをいだくようにもなったのである。

 

もはや「家事手伝い」では許されない

冒頭で述べた「ひきこもり親子クロストーク」でナニモノ問題を語ってくれたのは、3人とも女性であった。

これも時代を反映しているだろう。

日本では、明治以降、ナニモノ問題は主に男性の悩みであったはずである。

ところが、1972年の男女雇用機会均等法の施行や1999年の同法改正を経て、女性も社会に進出して当たり前という世の中になってくるにつれて、そうはできない女性、すなわちひきこもりの女性などに、ナニモノ問題が重くのしかかるようになったのだ。

それ以前は、たとえ今でいう「ひきこもり」の状態で暮らしていても、女性たちは「家事手伝い」「専業主婦」といった肩書きで社会に確固たる居場所が得られていた。つまり、彼女たちは社会的に働いていなくても「 何者サムボディ 」であった。

ところが、今それでは「何者でもないノーボディ 」という焦りに駆られなくてはならない。

 

先月、報道された東京・江戸川区のひきこもり実態調査でも、ひきこもりは男性より女性の方が多いという結果が出された。(*2)

「家庭の中に留まっていて、家族以外の人とほとんど交流をしない」というだけで、今ではたちまち「ひきこもり」と呼ばれ、支援の対象にされてしまう。この屈辱が、支援したくてウズウズしている人たちには多分わからない。

 

*2. 江戸川区 令和3年度ひきこもり実態調査の結果報告書

https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e042/kenko/fukushikaigo/hikikomori/r3_jittaichosa.html

 
 

そんな目で見られないためには、「一億総活躍」という、まるで学園祭のキャッチコピーみたいな国策に合うように、社会的にあちこち走り回り、いろいろな人と会い、いろいろな物を食べ、その証拠写真を片っ端からSNSにアップロードして、自分がイキイキと活躍し幸せであることを人々に示し続けなければならない。

このような強迫行動が、自分は「何者か」サムボディである、もしくは「何者か」サムボディになりつつあるという幻覚を生み、それがモルヒネのように作用することで、自分は「何者でもない」ノーボディという恐怖と不安から一時的に救われるのである。

けれども、麻酔はやがて切れる。すると、また打たなければならない。

 

「何者か」(サムボディ)志向の無差別殺傷犯たち

ひきこもりは、就労すればナニモノ問題は解決するのだろうか。

そういうものでもないだろう。

就労したところで、

「いつまでも非正規社員でどうする。このまま何者にもなれないのか」

と悩むだろうし、正規社員として就職しても今度は、

「このまま無名の会社員のまま、自分の一生は終わるのか」

と考えれば、やはり自分は「何者にもなっていないノーボディ」という感覚に苛まれつづける。

 

警視庁代々木警察署 写真・PhotoAC

先ほど挙げたような、社会的な活躍をSNSにアップするという自慢話の垂れ流しコースをたどれないまま「何者か」サムボディになるという強迫を捨てきれないと、どういう末路が待っているか。

何者でもない「くっそみたいな人生」(*3)に嫌気が差し、「何者でもないノーボディ」というマイナスの価値をとことん突き詰めて、「何者かサムボディ」になろうとする者が出てくるのである。

これは圧倒的に男性が多いようだが、その凶悪なケースが、無差別殺傷事件などを起こす者たちだ。

 

ここ一年、東京近辺で起こった事件だけでも、昨年6月の大宮ネットカフェ人質立てこもり事件、8月の小田急線切りつけ事件、10月の京王線切りつけ事件、今年1月の代々木焼き肉店立てこもり事件、同月の共通テスト会場東大前の切りつけ事件、そして先日6月24日の川越ネットカフェ人質立てこもり事件などが思い起こされる。

長引くコロナ禍の影響で増えているとも言われる。

 

今年1月、東京・代々木の焼き肉店に刃物と爆弾に似せたものを持ち込み、店長を人質にとって立てこもった男性は、はじめ西日本で職を転々としていたが、やがてあてもなく東京へたどりつき、路上生活を送っていた。28歳であった。

そして、こんな気持ちに駆られ、事件を起こすことになったらしい。

 

生きている意味が見いだせず、死刑になりたかった。(*3)

 

(自分もいずれは)忘れられていく存在かもしれんけど、(自分という人間が)一時的には生きて、ちゃんとじゃないけど、「こういう人生送ってました」ということを、……騒がれて「生きていた」ということを残したかった。(*4)

 

*3. 読売新聞オンライン 2022.01.10

https://www.yomiuri.co.jp/national/20220110-OYT1T50051/

 

*4. NHKスペシャル「なぜ一線を越えるのか 無差別巻き込み事件の深層」

2022.06.18 放送  ( )内は引用者による補追

 

彼は社会の底辺で「何者でもないノーボディ」であることに我慢できなくなって、それを突き詰めて、せめて自分の人生と引き換えに「何者かサムボディ」になろうとしたのである。

 

「そこまでして 何者か サムボディになったところで、いったい何の意味があるのか」

と一般人は考えるであろう。

しかし、それは往々にして、そこまで「何者にもなれない」という絶望に切迫されたことのない人々の考え方でもある。

 

「そこまでして 何者か サムボディになったところで……」

という懐疑があれば、彼らはかりに事件を妄想しても、実行に移さないだろう。

では、いったん事件を起こしてしまった後はどうだろうか。

附属池田小事件(*5)を起こした宅間守(*6)のように、死刑になるときまで思考を変えなかった者もいるが、たいていは激しい後悔に襲われるようである。秋葉原事件(*7)を起こした加藤智大死刑囚は事件を起こした6年後、死刑判決が確定する前に、このように書いている。

 

現在の私は、懲役3年と死刑であれば、懲役3年を耐えようと思えます。無期や30年、10年などであれば死刑のほうがまだマシですが、事件当時まだ25歳の私であれば、3年程度の懲役なら、懲役を耐えるべきでした。とはいえ、そう思えるのは、現在の私だからです。自分の状況や環境が変化したことによって、そう思えるようになったのです。(*8)

 

また、2016年に相模原障害者施設殺傷事件を起こした植松聖死刑囚は、一時期は2020年の死刑の確定時には自ら控訴を取り下げて、死刑の執行を待ち望むかのような姿勢を示したが、最近になって裁判のやり直しを求める請求を出したという。(*9)

 

*5. 附属池田小事件(ふぞくいけだしょうじけん):大阪教育大附属池田小学校事件をさす。池田市立池田小学校と区別するために「附属」を付す。2001年6月8日に宅間守によって起こされた無差別殺傷事件。児童8名が死亡、児童13名と教職員2名が負傷した。

*6. 宅間守(たくま・まもる):上記*4の加害者。精神障害を装うそぶりを見せるなど、減刑のための行動を取ることもあったが、総じて「早く死刑にしてくれ」と主張し、日本の憲政史上最速で2004年9月14日に死刑が執行された。享年40歳。

*7. 秋葉原通り魔事件(あきはばらとおりまじけん):2008年6月8日に加藤智大(かとう・ともひろ / 犯行当時25歳)によって東京・秋葉原の歩行者天国で起こされた無差別殺傷事件。7名が死亡、10人が重軽傷を負った。発生の日付が上記*4 と同一であることに注意。以後、同類の事件には、さまざまな意味でこの日付が登場する傾向がある。加藤智大には2015年2月17日に最高裁で死刑確定。2022年7月1日現在、未執行。 

*8. 加藤智大『東拘永夜抄』(批評社、2014年)太線部は引用者

*9. 相模原障害者殺傷事件植松聖(うえまつ・さとし / 犯行当時26歳)死刑囚が自ら語った再審請求を行った理由(2022年6月)

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20220615-00301026



ひきこもりを選択すればひきこもりでなくなる

私が個人的に存じ上げるひきこもり当事者の方々を考えると、ナニモノ問題にもっとも激しく悩んでいるのは、主に20代から30代のようである。私もそうだったから、それは合点がいく。

40代になってくると、

「もう何者かサムボディになるのはあきらめた。なれないから」

という形でナニモノ問題の終結を図る人が多い。

 

では、ナニモノ問題の解決の方法は「あきらめ」しかないのだろうか。

そこに関しては、私はそうは思わないのである。

 

ひきこもりは、ひきこもりになりたくてなったわけではない。だから、とりわけナニモノ問題も抱えがちなのだろう。

 しかし、自分の性格や資質、環境や履歴など、数々の属性を客観的に眺めなおし、

「自分は自分なりに全力で生きてきた。その結果、自分はひきこもりになった。

ということは、自分はひきこもりになるべくしてなったのだ。自分は悪くない

と思えたならば、その時から改めてひきこもりという生き方を選び直すということが、可能であるはずだ。(*10)

そのようにして実存的に選択し直した「ひきこもり」は、「何者サムボディ」の答えに値する何かである。

 

比叡山 山王講堂  写真:ぼそっと池井多

でも、すると今度は、

「そのようにして一生ひきこもりのまま過ごそうとすることが『何者かサムボディ』になることなのか。

誰にも知られず、持っている能力も活かさず、ひきこもったままでは、それこそ『何者にもならないノーボディ』で人生を終えることではないか」

という疑問を呈されるかもしれない。

 

そこで、私はこう提案したい。

「『何者にもならない』というとき、『何者』であるか否かは誰が決めているんですか。あなたでしょう。つまり、『何者』はあなたの主観が作っているものなのです。

だから、あなたが『自分はひきこもりとして生きていこう』と決心したならば、『ひきこもり』が『何者サムボディ』になりえます。

また、『ひきこもりという生き方を選び直す』ことは『そのまま一生ひきこもりとして生きていく』ことではありません。なぜならば、それまで客体としてひきこもらざるを得なかったあなたは、ひきこもりを選び直した時点で主体を取り戻したからです」(*10)

 

*10. ようするに実存主義であるわけだが、20世紀後半、いわゆるポストモダンの流行によって、それ以前に隆盛していた existentialisme が totalisationや humanisme などの概念と共に批判されたため、実存主義が備えていた、まるで握り飯のように人が生きていくために実践的に必要としていた哲学の価値が、時代から消失しているように筆者は感じている。近年さかんに「生きづらさ」なるワードが唱えられることにも、その影響があるのではないか。

 

主体をもってひきこもっている状態のイメージとしては、たとえば人里離れた山寺で日夜、座禅を組んでいる僧を思い浮かべていただきたい。

彼ら彼女らは、たとえ経済的に何も生産しなくても、そして明らかに生活状態がひきこもりであっても、すでに「ひきこもり」ではない。

何者かサムボディにならなくてはならない」

という重圧に押しつぶされ、強迫に駆られてひきこもりになった人は、ひきこもりである現在を「すでに何者かサムボディである」と肯定すると、結果的にひきこもりでない未来につながる。

ひきこもりから脱したい人は、ひきこもりを実存的に選択するのである。

ひきこもりに限らず、マイノリティであればあるほど「自分であろう」とするのに周囲との軋轢を生じるだろうが、それをそれぞれのペースでこなしていくことが何者かサムボディになる最速の道ではないか、と私は考えるのである。(了)

 

 

<プロフィール>

ぼそっと池井多 中高年ひきこもり当事者。23歳よりひきこもり始め、「そとこもり」「うちこもり」など多様な形で断続的にひきこもり続け現在に到る。東京郊外のゴミ部屋在住。生活保護受給者。エロオヤジ。犯罪者予備軍。孤独死予備軍。精神科医 齊藤學(さいとう・さとる)によって「今までで一番悪い患者」に認定される。VOSOT(チームぼそっと)主宰。著書に世界のひきこもり 地下茎コスモポリタニズムの出現』(2020, 寿郎社)。

Facebook : Vosot.Ikeida  / Twitter : @vosot_just  / Instagram : vosot.ikeida

 

 

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