ひきポス -ひきこもりとは何か。当事者達の声を発信-

『ひきポス』は、ひきこもり当事者、経験者の声を発信する情報発信メディア。ひきこもりや、生きづらさ問題を当事者目線で取り上げます。当事者、経験者、ご家族、支援者の方々へ、生きるヒントになるような記事をお届けしていきます。

〈支援〉お断り アンチ援助希求の心理

 

 もし全知全能の「ひきこもり支援員」が町役場から光の輪を輝かせて降臨し、「汝(なんじ)、如何(いか)なる支援を望むや」と尋ねたとする。

 ひきこもりの私は答えよう、「何もするな」と。

 私が迷える子羊だとしても、そこは迷わず答えられる。どうしても何か支援したいのであれば、世間の非難から避難するための地下シェルターだけ残して帰ってもらいたい。

 

 外的な支援の開始は、内的な自発の終焉だ。
私の主権の領域に土足で踏み込まれ、人格の基盤のフローリングが支援者の足跡で汚されてしまう。
私はこれまで、人間関係に対しても社会のさまざまな制度に対しても、自分の主導権を損傷させられてきた。にもかかわらず、支援によってまた主導権を失くすのは、極めて危険な二次被害である。
ひきこもりを社会に引き出すために、私の主導権が押し込まれてしまう。

 

 もしまったく傷つかず、後腐れなしの援助がありえるなら、私だって支援を受けてみたいと思う。スポティファイと同様の、支援のサブスクに加入したってかまわないほどだ。スポティファイはスウェーデン発のサービスであり、北欧は福祉が充実していると聞く。「定額助けられ放題」の制度があるなら、私はすぐに入会する。

 だが少なくとも、現行の日本の制度には期待できない。私に大金があっても、ひきこもり支援には使わないだろう。もし支援員が家にやって来たなら、金を払ってでも帰ってもらうことにする。

 

 

「済みません」の心理

 

 特に支援員が「お前に救いを与えてやる」という態度だったら、全面的に支援お断りだ。
問題は傲慢さだけではない。人から「与えられる」ことで、人に「与え返す」間柄になるためだ。

人から「与えられた」とき、素直に「ありがとう」と言えるような間柄ならまだいい。自分の利益になることを純粋に喜び、人から満足させられることをされたわけである。
しかし人から「与えられた」とき、「すみません」と口に出したくなるような間柄だと、当事者に何らかの負担が生じている証拠だ。
支援を「与えた」とき、「当事者の利益」よりも、「支援者の損失」の方が大きいと感じている。日本語の「済みません」という言葉自体が、「このままでは済ませられない」という詫びを孕む表現だ。自分が「もらっった」嬉しさより、相手から「与えてもらった」ことを気に病んでいる。

 

 あるジャーナリストが、一般の人々の遺書の分析をしている。
それによると、自ら命を断った人々に顕著な表現があった。「ごめん」や「すまなかった」など、自分の落ち度を誰かに詫びる表現だ。

家族や友人に宛てた最後の一文で、呪詛でも責任転嫁でもなく、謝罪をしている。
死に至った理由は人さまざまにせよ、謝罪の一因となるのは、残していく人々への配慮だけではない。そこには「自分は人に与えられなかった」という自己否定がある。
愛情や、金銭や、人からの期待に見合うだけの仕事など、人に「与える」ことができなかったことからくる「済まなさ」だ。

 周囲の評価とは関係なく、主観的な「与える」の不能である。数多の名作を生み出した作家も、「生まれてすみません」と綴って玉川上水に飛び込んだ。

 

 

「孤独」はジャパン・アズ・ナンバーワン

 

 私もマンションの屋上から、地上に向かってダイビングしたい時期があった。
学も職も金もなく、ろくな過去も未来もなかったのである。「ない」というのは、「人に与えられるものがない」貧困だったという意味だ。

 もし私に安全な環境やまっとうな人間関係があれば、多種多様な手段で「与える」ことができただろう。
優しい表情や思いやりのある声かけ、近所の掃除やちょっとした料理のお裾分けなど、人の暮らしの基本的なやりとりだ。
「福祉」や「教育」を形づくる以前の、人の情動の根幹に「与える」ことがある。

 だが私は、それら情緒的で無形な「与える」よりも、自分が就職して、自分の収入による目に見える金によって「与える」ことをしたかった。
それができなければ、自分は生存に値しないように思われた。
私は企業より「社会人」に就職したかったのである。
まっとうな人間として、戸籍やパスポートのように、就労することで初めて一般人性が保証されると思えた。

 

 就労せねばならないと感じさせる圧力は、私だけでなく日本人男性の多くに共通する心理かもしれない。
『世界一孤独な日本のオジサン』(岡本純子著 2018年 KADOKAWA)という本では、国際比較の調査を猟歩して、知られざる統計を報じている。タイトルのとおり、世界一番孤独なのは日本のオジサンであるという、意外性のない事実だ。

本書によれば、日本の中年男性の非社交性は世界屈指であり、社会参加の割合も、職場での人間関係も、地域での人間関係も、親戚との人間関係も、国際的に見て際立って低い。
21世紀になっても、「孤独」の分野ではジャパン・アズ・ナンバーワンなのだ。

私見では、日本の男性が〈孤独〉に罹りやすいのは、人に「与える」バリエーションの少なさに端を発しているのではないか。
それが私自身を含めて、日本人男性の受けてきた「教育」の成果なのだ。

たとえば、昔は「男の子は泣いちゃいけない」という無根拠な教えがあった。
それは痛いことがあっても泣き言を言わず、感情表現を抑えて、人に頼ることなく、身の内だけで我慢しろということだろう。
男の子は「孤独」になりやすい態度が推奨されている。
泣き顔や弱音を発して、人から助けられる状況、つまり人から「与えられる」間柄になることを、先んじて防げということだ。
男はサムライのように寡黙に、ニンジャのように表情を隠して、お上の任務を遂行するべきなのだ。その結果、私は現在ハラキリしたくなるような劣等感に襲われている。

多くの中高年男性は、普段の生活の中で「与える」方策を訓練されてこなかった。
豊かな感情表現で親交を深め、思慮深い態度で弱者と接し、親愛の情の自然な発露として相手をケアする、そのような「与える」人間であることが求められてこなかったのだ。

代わりに求められてきたのは、正社員になって週八日ペースで会社勤めをする俸給男性(サラリー・マン)である。
仕事相手への関係は過剰なほど良好にするが、それはビジネススキルにおけるコミュニケーション能力の一環であり、自然と湧出する情愛とは区別されるべきものだ。人に「与える」手段が経済的な能力に特化しているせいで、仕事につまずくといっぺんに孤立の断崖に転落してしまう。

仕事一筋に打ち込んできた男性が定年退職し、日がな一日を無気力に過ごすこともその一例である。
職場以外にも家庭やサードプレイスで「与える」機会を持っていたなら、孤独度で世界ナンバーワンにはならないはずだ。

 

 

働かなくても人に「与えられる」

 

 男性に限らず、非経済的な手段で人に「与える」あり方が、本質的な価値にふさわしいだけの尊敬を集めていないことも問題だろう。
クリック一つで莫大な大金を得る投資家や企業家が要る一方で、人の命にかかわる保育士や介護士の給与は低い。

 ここで紹介するのはやや場違いな古い演説だが、トランプより前の時代のアメリカには、夢想的な主張をする政治家がいた。
オバマよりももっと前の、ロバート・ケネディの言葉である。

『子どもたちの健康、教育の質の高さ、遊びの楽しさはGNPに含まれない。詩の美しさも、市民の智恵も、勇気も、誠実さ、慈悲深さも……〔…〕要するにこういうことだ。国の富を測るはすのGNPからは、私たちの生きがいのすべてがすっぽり抜け落ちている』

「GNP」は今でいうGDPであり、経済成長率に還元不能な、真に価値あるものが計れていないと語る。
人に「与えられる」あり方は本来多様なのに、それが無価値とされるばっかりに、経済的な価値でしか計れなくなってしまっているのだ。

ひきこもり支援は就労を重視するが、就労が減少させるのは貧乏であって貧困ではない。
経済的な「与える」価値だけを強化するなら、人が生きていくうえではむしろ貧困の強化にすらなる。

なおケネディはアメリカ大統領選挙中に暗殺され、事件の真相は闇の中である。
日本へのアメリカの影響は深層に及ぶものだが、どうやら私たちが心底大事にすべき、福祉や教育の価値も襲撃され、闇に葬られてしまったらしい。

 

 

「与太郎」や「高等遊民」がいた

 

 「与える」物よりも、「与える」手立てが貧しくなったのだ。
日本の旧時代には男性でも「遊び人」とか「与太郎」とか呼ばれる人々がいた。
定職に就かずブラついていた無為徒食の民であり、現代ならさぞやヤフコメで叩かれていたことだろう。

だが、彼らは別のかたちで「与える」ことをしていたといえる。
落語で粗忽者(そこつもの)ののんきさが好まれるように、彼らは非機能的で不合理な人間関係を生み出していた。
就労や金など経済的な「与える」だけでない、無軌道で放埓(ほうらつ)な「与えられる」間柄だ。
彼らは勤勉に働く人々の中で、労働と物品以外の相互関係を嫌でも生じさせ、換金不能の経済圏を作り出していた。

それに彼らのような生き方が隣近所にあることで、就学や就労につまずいたとしても、「まあ何とか生きていけるだろう」という楽観的な安堵を、地域住民に生じさせる効果も持っていたはずだ。

 

 夏目漱石は長編小説の『それから』で、ハイクラスな与太郎とも言うべき「高等遊民」を描いた。
漱石が描いた代助は、学歴があるのに働かず、庶民は手に取ることもないような難しい本を読んでいるが、就労圧力にやられて気が滅入っている。父親からは無職と独身を責められ、近所の住民からは「いい気なもんだ」と軽視されている。

信頼していた友人からも、「いいかげん世の中に出たらどうだ」と言われる始末だ。

だが、ニートの百年前の大先輩には貫禄があった。代助はこう答える。

『世の中へは昔から出ているさ。(中略)ただ君の出ている世の中とは種類が違うだけだ』。

 経済的な社会だけでなく、もう一つの「与えられる」間柄からなる社会で生きる術も、どこかにあるのではないか。

 

 

 

 

 

  訂正して、お詫びします(2022年7月16日)
 本文中で、夏目漱石の『それから』を参照した記述が不正確でした。
「父親からは無職と独身を責められ、近所の住民からは『いい気なもんだ』と軽視されている。信頼していた友人からも、『いいかげん世の中に出たらどうだ』と言われる始末だ。」とあるのを、以下に訂正します。
「父親からは無職と独身を責められ、『三十になって遊民として、のらくらしているのは、如何にも不体裁だな』と説教されている。信頼していた友人からも、『世の中』に出ていないことを指摘される。」

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喜久井伸哉(きくいしんや)
1987年生まれ。詩人。ひきこもり経験者兼当事者。座右の銘は『汝自らを笑え』。
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