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日本には世界で唯一の「孤独担当相」がある!……それで、いったい何をしているの?

(文 喜久井伸哉)

日本には、世界で唯一の「孤独担当相」のポストがある。
2021年の3月に大臣が任命され、「孤独」の問題にあたっている。だが、どこか冗談のような役職であり、知名度もいま一つだ。
いったいどのような取り組みをしているのか?
今回は、「孤独担当相」成立までの経緯と、具体的な取り組みを紹介する。

 

「孤独・孤立対策担当室」ホームページから

 

2018年 イギリスで〈孤独担当大臣〉が誕生!

 

世界初の「孤独担当大臣」は、2018年1月、イギリスで誕生した。

 

当時のテリーザ・メイ首相が、「孤独問題担当国務大臣」を設置。

大臣には、国民からの人気が高いトレーシー・クラウチが任命された。

 

なぜ「孤独」専門の大臣が必要とされたのか?

一つには、国民の健康問題だ。

研究によると、「孤独」はタバコを1日に15本吸うのと同等に寿命を縮めるリスクがあり、うつ病や肥満になる確率も高くなる。

治療のための医療や福祉にかける金額も大きくなり、経済的損失への懸念もあった。

 

そこで、国民の「孤独」に対処する必要があるという。

 

クラウチ担当相は、2018年10月、世界各国から約300人が集まった「孤独についての会議」で、「孤独は、我々が直面する最も重要な健康問題です」と明言。

対策として、高齢者や無職の若者らを支援するNPOなどに、総額約29億円の補助を発表している。

 

しかし、多賀幹子の『孤独は社会問題』によれば、クラウチ氏はすでにスポーツや文化を担当していたため、極めて多忙だったという。

さらに18年11月、メイ首相のギャンブル対策に抗議して辞任したこともあり、孤独対策に大きな成果はあげられなかった。

 

後任にはミムズ・デイヴィス(18年11月- 2019年7月)が任命されたが、こちらも短期間の在任で終わっている。

2019年のボリス・ジョンソン内閣ではダイアナ・バラン(2019年7月-21年9月)が任命された。

しかし第2次ジョンソン内閣改造に伴い、孤独担当大臣のポスト自体がなくなっている。

民間の支援団体への援助に一定の効果はあったが、孤独対策としては、あまり意義を発揮できないまま終わってしまったようだ。

 

孤独は社会問題 孤独対策先進国イギリスの取り組み (光文社新書)

 

2021年 日本でも「孤独担当大臣」が誕生!

 

2021年2月、日本でも当時の菅内閣によって「孤独・孤立対策担当大臣」が誕生した。

世界で2カ国目の任命だったが、現在ではイギリスのポストがなくなったため、今では世界で唯一の「孤独担当大臣」だ。

 

大臣が誕生した翌月には、自民党の「孤独・孤立対策特命委員会」が開かれている。

そこでは厚生労働省の自殺対策やNPOなどに、総額60億円の予算処置をとることが共有された。

対象となるNPOは、主に生活困窮者やひきこもり状態にある人への支援団体だ。

 

委員会では、ひきこもり問題に取り組むジャーナリストの池上正樹が、短時間の講演をおこなっている。

委員会は、自民党の『いわゆる「ひきこもり」の社会参画を考えるプロジェクトチーム(PT)』や、『自民党若手有志による孤独対策勉強会』などの部会や勉強会が母体になっており、ひきこもりへの支援も検討されていた。

 

しかし大臣の在任期間はいずれも短く、21年の3月から現在までに、大臣が2回かわっている。

在任期間は以下だ。

 初代   坂本哲志 (菅内閣)    2021年3月-21年10月
二代目 野田聖子(岸田内閣) 2021年10月-2022年9月
三代目 小倉將信(岸田内閣) 2022年9月-


現「孤独担当大臣」の小倉將信(まさのぶ)は、第二次岸田内閣で最年少の41歳。

こども政策担当・共生社会担当・女性活躍担当・内閣府特命担当(少子化対策、男女共同参画)を兼ねており、多忙が予想される。

(余談だが、「女性活躍担当大臣」が男性というのも、世界で日本だけだろう。)

 

現内閣は、内閣総理大臣を含め20人おり、それぞれ3つから6つの担当を兼ねるのが常識となっている。

「孤独担当」というとやや変わった呼称に感じるが、他の担当もそれほど自然な日本語ではない。

一例をあげると、「国土強靱化担当」「デジタル田園都市国家構想担当」などだ。

一番新しいところでは、22年の7月に任命された、「GX(グリーントランスフォーメーション)実行推進担当」がある。

 

(なお「担当相」の「相(しょう)」は「宰相(さいしょう)」の略で、「大臣」を意味する言葉。本稿では特に使い分けせずに用いている。)

 

 

孤独はどのように有害か?

「孤独」が有害だという研究結果は、世界中で数多く発表されている。

孤独担当相の任命とは関係ないが、ジョン・T・カシオポとウィリアム・パトリックによる『孤独の科学』は、さまざまな角度から孤独の有害さを説く一冊だ。

 

社会とのつながりがとぼしいと、人体にどのような影響があるか。

要点だけをあげると、精神的には、集中力と判断力の低下があり、睡眠の質が落ち、疲労感の増大も起こる。

身体的には、心臓病、脳血管および循環器、呼吸器、胃腸の疾患になる率が上昇する。

「孤独」は総じて寿命を縮めるリスクがあり、高血圧、肥満、運動不足、喫煙といった、健康問題に匹敵するという。

要するに、体にとっても心にとっても、悪いことだらけという調査結果だ。

 

孤独の科学 人はなぜ寂しくなるのか (河出文庫)

 

日本人は世界で一番孤独

 

世界の中で「孤独」を調査したとき、日本はたびたび特殊な結果が出ている。

岡本純子は『世界一孤独な日本のオジサン』(2018年)で、日本人の孤独の根深さを指摘。

本のタイトルのとおり、特に中年男性の孤独は、国際比較の中で突出しているという。

国際機関OECDは、社会的つながりに関する調査を21カ国で実施した。

それによれば、「社会集団における友人・同僚・他人と時間を過ごすことのない人」の割合で、日本人男性が一番高かった。

 

世界一孤独な日本のオジサン (角川新書)

 

他の調査では、「日本の高齢者の男性単独世帯では、2割近くが会話の頻度は2週間に1回以下」というものもある。

岡本純子によれば「日本は世界一孤独な国民」であり、日本において孤独は国民病であるという。

 

なぜ日本人は孤独になりやすいのだろうか?

今回のテーマとはややずれるが、日本人が「他人を信頼していない」という調査結果もある。

田中世紀の『やさしくない国ニッポンの政治経済学』(2021年)によれば以下の結果だ。

第七回「世界価値観調査」(2019年)で、「社会の多くの人は信頼できる」と答えた日本人は、33.7%だった。

オランダの58.5%が高く、アメリカは37%。

この設問の日本の数値は年々下がっており、「日本が先進国の中で最も他の人を信頼していない」という結果が出ている。

また、2007年のアメリカ ビュー・リサーチ・センターは、「政府は貧しい人々の面倒を見るべき」かどうかを、47カ国でたずねた。

「同意する(面倒を見るべき)」と答えた国の中で、特に高かったのはスペインの97%、ドイツ92%などだった。

しかし、日本でこの項目に「同意する」と答えたのは、47か国中で最下位の59%だ。

この設問は、政府が生活保護などのセーフティネットにかける予算と関わってくる。

身寄りのない人がいても、政府の支援が不要だと考える人が多いということは、日本人の「孤独」を強めることになりかねない。

 

やさしくない国ニッポンの政治経済学 日本人は困っている人を助けないのか (講談社選書メチエ)

 

具体的な「孤独」対策の中身

 

首相官邸制作のサイトの一つに、『あなたはひとりじゃない 内閣官房 孤独・孤立対策担当室』がある。

 

「孤独」対策の一環として、ソーシャルメディアの活用、孤独の実態把握、民間団体との連携など、主だった取り組みが紹介されている。

 

NPOへの支援をおこなうことが明記されており、対象となるのは自殺対策、生活困窮者、フードバンク、子ども食堂、子供の居場所づくり、女性への相談支援、住まい支援などだ。

(なお、サイト内で明確に「ひきこもり」団体を支援するという箇所は見当たらなかった。)

 

関連のサイトで一般人が利用できるのは、相談先の情報くらいだろう。

「あなたのための支援があります」と掲げたページから質問に答えていくと、自分に合った相談先が紹介される。

https://www.notalone-cas.go.jp/)

 

主な相談先には以下があり、興味のある方は、「孤独対策担当室」のサイトを参照してほしい。

 

 SNSを利用した主な相談先

・あなたのいばしょ
・生きづらびっと
・こころのほっとチャット
・BONDプロジェクト
・よりそいホットラインチャット相談(「困りごとなんでもチャット相談」「外国語、セクシュアルマイノリティ、女性、若年女性、災害被災者」)

 

電話を利用した主な相談先

・#いのちSOS
・いのちの電話
・こころの健康相談統一ダイヤル
・よりそいホットライン

・#9999(無料相談ダイヤル)
※現在は使われていないが、ダイヤル「9999」でつながる相談先が存在した。
これまでに2回実施されており、2022年の7月7日からの一週間と、8月30日からの一週間、孤独・孤立で悩む人などが、無料で相談できる番号だった。
今後の実施時期は未定。
https://www.notalone-cas.go.jp/toitsu/

URL https://www.notalone-cas.go.jp/toitsu/

 

おわりに 「孤独」の影響を広報する

 

ここまで「孤独担当相」を紹介してきた。

筆者は正直なところ、第二次岸田内閣の発足(22年9月)で、「孤独担当相」の役職がなくなると思っていた。

そもそも一般的には存在が知られておらず、あってもなくても同じような印象だったのだ。

しかし、世界で唯一の(変わり種の)役職がなくなるのは惜しい。

 

「孤独」の問題が特殊なのは、それが目に見えないことだ。

世界初の孤独相だったクラウチは、孤独は「肥満や高血圧と同様の問題」だといった。

しかし体調不良であれば、検査をすることで明確な結果がわかる。

健康診断を受ければ、体の詳細な情報が、あらゆる数値となって出てくるだろう。

(肥満に至っては、残念ながらすぐに見た目でわかる。)

 

だが、「孤独」はそうではない。

一人で過ごす時間が長いからといって、それが問題になるとは限らない。

普段の生活で「孤独」の危険性に気づき、対処するための機会がないのだ。

 

「孤独担当相」の存在意義の一つは、「孤独には危険がある」という宣伝効果ではないだろうか。

たとえば数十年前まで、タバコは自由に吸うことができ、新幹線の車内でも吸うことができた。

しかし喫煙のリスクが広く共有されるにつれ、喫煙場所が隔離され、喫煙率は年々減少を続けている。

 

「孤独」が悪者だというわけではないが、固有のリスクが共有されることで、個人の行動が変わり、社会のあり方が変わっていく。

「孤独」の危険が認知されることによって、社会とのつながりを維持するためのNPOが見直されたり、孤独におちいりやすい貧困層への活動がおこないやすくなるかもしれない。

そうなっていけば、多くの人にとって住みやすい社会になっていくはずだ。

 

「孤独」との関係の第一歩は、それぞれの人が「孤独」を理解するところから始まる。

「孤独担当相」は、「孤独」に含まれる危険性を広報するための、政府公認の足掛かりになりえるのではないだろうか。

 

 

 参照
・多賀幹子 『孤独は社会問題―孤独対策先進国イギリスの取り組み』光文社 2020年
・池上正樹「日本が任命2カ国目、『孤独・孤立担当大臣』って何?という人に知ってほしいこと」 『ダイヤモンドオンライン』 2021年4月1日 https://diamond.jp/articles/-/267104
・「野田聖子孤独担当相が告白『郵政、不妊治療では私も孤独だった』」 『AERA』 2022年2月28日
・ジョン・T・カシオポ,ウィリアム・パトリック 『孤独の科学 人はなぜ寂しくなるのか』 河出書房新社 2018年
・岡本純子 『世界一孤独な日本のオジサン』 角川新書 2018年
・田中世紀 『やさしくない国ニッポンの政治経済学 日本人は困っている人を助けないのか』講談社選書メチエ 2021年

・首相官邸ホームページ「皆さんからのよくあるご質問」 『あなたはひとりじゃない 内閣官房 孤独・孤立対策担当室』 https://www.notalone-cas.go.jp/
※ 対策室に対する質問のページがあり、その内一つの解答は以下。
『02.孤独・孤立対策担当室は何をしている?
 ソーシャルメディアの活用、孤独・孤立の実態把握、孤独・孤立関係団体の連携支援の3つのテーマに関するタスクフォースを設置し、NPO等の支援団体、民間企業、学識経験者、行政が一体となって取り組みを進めています。
 また、孤独・孤立対策に取り組むNPO等への緊急支援策の取りまとめなど、支援団体等がより活動しやすくなるような環境整備などに政府一体で取り組んでいます。』
(個人的には、「3つのタスクフォースを設置」という文言に、行政仕事らしい抽象性が感じられる。)

 

注:本稿では「孤独」と「孤立」を分けず、「孤独」で統一した。
ざっくりした分類では、「孤立」が客観的であるのに対し、「孤独」は主観的だ。

ある人が大勢の友人の中にいれば、(社会的に)「孤立」はしていないが、さびしさを感じていれば「孤独」がある。
また反対に、無人島で一人きりであれば「孤立」しているが、さびしさを感じていなければ(内面的な)「孤独」ではない。

社会的なつながりのない「孤立」状態であったとしても、心理的に負担な「孤独」を感じていなければ、個人に問題はないはずである。

イギリスの「孤独担当大臣」(Minister for Loneliness)の名称に対して、日本は「孤独・孤立対策担当大臣」であり、「孤立」を追加して命名されている。

慎重な見方をすれば、これは主観的な「孤独」だけでなく、客観的な「孤立」に介入する姿勢があり、「引き出し魔」のように極端なアウトリーチにつながりかねない。

筆者としては、対策の名称および内容から「孤立」を削除し、「孤独対策担当大臣」にすべきではないかと考える。

 

 

 

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喜久井伸哉(きくいしんや)
1987年生まれ。詩人・フリーライター。8歳からホームスクーラー(「不登校」)となり、ほぼ学校へ通わずに育った。約10年の「ひきこもり」を経験。20代の頃は、シューレ大学(NPO)で評論家の芹沢俊介氏に師事した。現在『不登校新聞』の「子ども若者編集部」メンバー。共著に『今こそ語ろう、それぞれのひきこもり』、著書に『詩集 ぼくはまなざしで自分を研いだ』がある。
Twitter https://twitter.com/ShinyaKikui