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ひきこもり10年経験者が自室を旅人に無料開放した結果

私のアパートに滞在していたインド人カップル

文・山添博之

 

www.hikipos.info

 

以前の記事に書きましたように、私は十代前半から約10年間重度なひきこもり状態でした、当時はほとんど部屋から出る事なく日々を過ごしていました。自室には決して誰にも入ってきて欲しくありませんでした。

 

しかし、40歳を迎えた今、私の部屋では海外の様々な国から日本にやってきた外国人達が毎日のように行き交うようになりました。なぜなら、とあるユニークなプロジェクトを行うようになり、海外の旅人に自宅を滞在先として提供するようになったからです。

 

そのため、自宅アパートには他者が日常的に存在する状態となり、私の個人的空間は無くなったも同然となりました。しかし、その事に特段ストレスを感じていません。様々な国籍の人々と異文化交流ができ、学びが多く、充実した幸せな生活環境であると感じています。

 

不思議な変化です。自室に閉じこもり決して誰にも部屋に入ってきて欲しくない状態から、自ら進んで自室に他者をどんどんと招き入れるようになったのです。しかも、現実ではまだ出会ったことのない他者を・・・ライフスタイルが180度転換してしまったかのようです。

 

今回の記事においては、現在行っている海外の旅行者に自宅を滞在先として提供するこのプロジェクトの内容に加え、重度のひきこもり状態であった頃と対比させつつ、私の精神的な変化について書いてみたいと思います。

 

私のアパートに滞在したイタリア人とスロバキア人のゲストたち

 

自室解放プロジェクトについて

以前の記事で書きましたように、私は過去に10年間も重度にひきこもっていたのにも関わらず、現在は海外に出て異国を一人旅する事が大好きです。今までに16ヶ国を放浪し、様々な国で地元の人々と出会い、一緒に旅をしたり、家に泊らせて頂いたりしてきました。

 

しかし、日本から外国へ旅を行うには基本的に航空券が必要となり、ある程度のお金が必要になります。時間と手間も必要になります。しかし、ある時思いつきました。私が現在住んでいる都内のように世界中の旅行者が訪れる場所でアパートを海外の旅行者に提供し滞在して頂ければ、あたかも世界中を旅しているかのように世界中の人々と異文化交流が出来るのではなかろうかと。

 

2年前、イタリアを放浪している時に出会ったイタリア人の旅人がカウチサーフィン(Couchsurfing)と呼ばれるサービスについて教えてくれました。



ポーランドからのゲストたちと異文化交流会を開催

 

カウチサーフィンは日本ではあまり有名ではありませんが、海外では有名なインターネット上のサービスであり、旅人(ゲスト)と、旅人を家に宿泊させる側(ホスト)を繋ぐサービスです。カウチサーフィンにおいて重要な点はゲスト側もホスト側もお互いに一切のお金を支払う必要が無い事で、ゲストとホストは同じ屋根の下で生活しながら金銭ではなく善意に基づいた異文化交流を行う事を目的とします。

 

私はカウチサーフィンを利用すれば、都内に滞在しながら世界を旅するように世界の人々と交流する事が実現するのではと考え、東京の台東区にある私のアパートを用いてカウチサーフィンのホストを行うプロジェクトを今年の春から開始しました。

 

私はゲスト用の布団やシーツや食器などを購入し、彼らが快適に滞在できるように部屋のセッティングを行い、カウチサーフィンのアプリを用いて滞在の受付を開始したのです。すると、世界各地からどんどんと宿泊の申し込みがやってくるようになりました。

 

一人旅をしている韓国からのゲストを迎えて

 

この記事を書いている2024年6月時点までに、フィンランド、ポーランド、インド、スロバキア、イタリア、スペイン、韓国のゲストが私の部屋に滞在してきました。

 

彼らと様々な形で異文化交流をしてきました。都内の様々な観光スポットを巡ったり、お互いに料理を作って振舞ったり、ギフトを交換したり、ひきこもり経験者の知り合い達を呼んでミニ・ホームパーティ兼異文化交流会を開催したり、河口湖に行ったり等々・・・。

 

この活動は語学や異文化やゲストの専門分野などについて多くの学びがあり、世界中に交友関係を作ることも出来る非常に実りの多いものであると手応えを感じるようになりました。



アニメ好きのゲストを秋葉原に案内

 

自分がこのような活動が行えるようになるほどに行動的になれるとは重度にひきこもっていた頃には想像も出来ませんでした。

 

重度に引きこもっていたあの頃

私は小学生時代にアザだらけになるような苛烈な暴力を含むイジメを長期間受け続けた事をきっかけとして、重度の対人恐怖や鬱に苛まれるようになり、10代前半から実家の自室にひきこもるようになりました。その状態が約10年間続きました。

 

この頃は家からはほぼ外に出ませんでした。友達は全くおらず、頼れる大人もおらず、自室以外に出かけられる場所はありませんでした。なので、当時の私は部屋にずっと居るか、ごくたまに外をウロウロする事しか出来ませんでした。そんな状態の私に親が激しく怒りました。父親からはアザだらけになるほど殴られる事もありました。

 

14歳頃のある日、父親が突然部屋に無理矢理押し入ってこようとしてきました。身体的にある程度大きくなって親の暴力に抵抗できるようになった私は、その父親を力いっぱい何度も殴りつけて部屋への侵入を阻止しました。そうすると、父親は「父親を殴るとは何事か」という風に大げさに騒ぎ、母親に「救急車を呼べ」と言いました。母親は近所に知れ渡る事を恐れたのか、父をなだめて救急車は呼びませんでした。それ以降は、親は私に暴力を振るってくる事もなくなり、無視されるようになりました。私はただひきこもり続けました。



ゴミが散乱する当時の自室のイメージ

 

部屋の中はゴミで溢れるようになりました。日々漫然とインターネットゲームをし、何もかもどうでも良いと思いながら過ごしていました。

 

私はイジメを受けはじめた小学生時代からずっと死にたいと思っていました。自分が死にたいと思っているなどとは誰にも言いませんでした。

 

しかし、死ぬのは怖いし、痛いのも嫌・・・中々その決心がつきませんでした。しかし、こうして長期に重度にひきこもる中、親との関係は酷く壊れ、学業からは遠く離れ、「普通の人のルート」から大きく逸れたままどこにも繋がりが無い絶望的状態となりました。精神的に追い込まれ、ようやく決心がつくのだと思いました。もう直ぐ死ねると思っていました。当時の私は自殺を遂げるために無意識的にこのような状況になる事を狙っていたのかもしれません。

 

私はどうせ死ぬので、将来の事を建設的に考える事など無意味であると感じていました。加えて親を含めた他者は非常に怖い存在であると感じていました。なので、誰にも出会いたくありませんでした。誰にも決して部屋に入ってきて欲しくありませんでした。元々、イジメのトラウマによる対人恐怖が非常に強くありましたが、この環境で長年過ごす中、悪化していきました。

 

私はゴミで溢れる部屋の中のドアの前に本棚など家具を使ってバリケードを築きあげていました。誰にも侵入されないように。夜になるとそのバリケードを外し、リビングの冷蔵庫のご飯を漁って食べたり、シャワーを浴びたり、トイレに行ったりしていました。まるで不法滞在者のようにコソコソと隠れながら実家で過ごしていました。



現在の私の部屋と精神状態

 

重度にひきこもっていた頃はそのような状況でしたが、結局、私は自殺を遂げられず、生きて行く決断をします。

 

なぜ私は死ねなかったのでしょうか?単純に死ぬ事が怖かったからという事だけが理由では無かったと思います。当時は私の中に強烈な怒りがあった事も関係しているように感じます。イジメを行ってきた人々や学校や世間や家族や社会全体に対するマグマのような、破裂しそうな怒り・・・。その怒りが私を生きる方向へ牽引していったように思います。

 

自殺は諦めたものの、このような状況の実家でこれ以上過ごしたくはありませんでした。なので、就労し、自立し、実家を出て行く事にしました。25歳頃に自立を果たしてからは親とは完全に縁が切れ、そのまま今に至ります。

 

部屋の状況は住んでいる人の精神状態を表すとも言われますが、実家を抜け出して、自立して一人暮らしを開始してから直ぐゴミ部屋状態は解消しました。部屋の中が整然とした状態となりました。もう親を恐れる必要がないので、ドア前にバリケードを築く必要もありませんでした。いつ親が飛び込んでこようとするか分からない中で過ごすストレスも無くなり、よく眠れるようにもなりました。仕事で辛いことが沢山あり、たまにフッと瞬間的に死にたいという想いが再発する事は何度もありましたが、基本的には多くの事が少しづつ良くなって行きました。

 

そして、冒頭で書いたように、現在は私は自分からどんどんと他者を自宅アパートに招き入れるようになりました。それも、まだ現実には一度も出会ったこともない異邦人たちも含めて。



スペインのバスク地方からやって来たゲストと一緒に

 

私は1LDKに住んでいますが、ゲストが滞在する時は自室はゲストルームとなり、私はリビングに滞在する事になるので、私専用の個人的空間は無くなります。日常的に他者が私の自室やリビングを行き来するようになります。

 

部屋の状態が住んでいる人の精神状態を表すならば、私の部屋を他者に解放したことは、海外放浪をしたり、ひきこもり関連の居場所などに参加する中、国内外での様々な人々との出会いと様々な経験を通じ、人との繋がりの有意義性を知り、以前よりも他者に心を開くようになったという事なのだろうと思います。

 

他者に心を開く事はリスクがある事でもあると感じます。他者に心を開いた結果、酷く傷つく可能性もあります。しかし、他者と繋がったり、理解し合える喜びはそれを上回るものと感じています。今の活動を通じて国を超えて多くの人々と繋がり、交流し、分かち合う事の素晴らしさは他に代えがたいものです。

 

自分が今のような状態になる事は自殺願望を抱えながら重度にひきこもっていた10代前半〜20代前半の頃には想像も出来ませんでした。このような革命的な変化が実際に人生に起こり得るのだという事を知りました。



ゲスト達の再訪問を受けて

 

誤解して頂きたくないのは、今苦しんでおられるひきこもりの方々が単に海外放浪やカウチサーフィンを行えば人生が良くなると言いたいわけではありません。人生は良くも悪くも将来的には革命的に大きく変わり得るのだという事実をお伝えしたいのです。海外放浪やカウチサーフィンで人生が大きく変わったのは飽くまでも私の場合であり、一つの例に過ぎません。人それぞれに何かをきっかけとして人生が大きく変わるという事がありえるのだと考えています。

 

重度にひきこもっている人の中には部屋の中で行き場を失い、溜まりに溜まった大きなエネルギーが充電されているのだろうと思います。それは多くの場合、親や学校や社会への恨みや辛みなどで構成された闇のエネルギー・・・。しかし、そのエネルギーを他者攻撃や自己破壊の方向ではなく、より良い人生を得るために建設的に活用すれば、自分の人生をより良い方向に導く事も可能なのだと思います。今までの人生を振り返ると、それは机上の空論ではなく、実現可能な事であると実感しています。

 

もちろん、私の人生が今後どうなるかは分かりません。将来に何が起こるか分かりません。ひょっとすると、現在行っている活動が原因となり、人生が暗転して行くかもしれません。しかし、あの暗い場所で絶望しながら重度にひきこもっていた状態から、このように生きている事の喜びを心から感じられる状態に一度は成れた事実だけでも、十分な恵みであり、あの頃に自殺しなくて本当に良かったと心から思っています。(了)



-----------------筆者プロフィール-----------------

山添博之(ヤマゾエヒロシ)

1984年生まれ。10代前半からイジメに起因する重度なひきこもり状態を約10年間経験する。その後、就労し自立するが、32歳頃に仕事を辞め、単身ひきこもり生活者となる。

32歳以後は海外旅の楽しさに目覚め、海外一人旅を頻繁に行うようになる。現時点で計16ヶ国を放浪。同時に「Hikikomori」をキーワードとし、インターネットで世界に向けた発信を行いながら、海外ひきこもり達と交流の輪を広げて行き、彼らの為のオンラインコミュニティを運営するようになる。国内では、2023年末からひきこもりを対象とする「居場所」に参加するようになり、最近は自身でも「居場所」を開催するようになる。

2024年春からはカウチサーフィンというアプリを利用し、自宅を海外の旅人に滞在先として提供するプロジェクトを行うようになる。

近況については主にTwitter(X)にて発信している。

 

・筆者に関するオンライン記事や筆者のSNSへのリンクは以下を参照のこと。

週刊女性PRIME記事: https://www.jprime.jp/articles/-/19770

プレジデントオンライン記事: https://president.jp/articles/-/55007

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