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AIによって人間の仕事がなくなるか ~AIと「生きづらさ」を考える~前編①

文・石崎森人

最近、AIが流行している。私自身もAIに強い関心を持ち、日々触れている。調べるほど、AIという存在がただの道具ではなく、人間の本質を照らし出す鏡のように思えてきた。だからこそ、AIと人間の"生きづらさ"が今後どう関わるのかを考えてしまう。

よく言われるのが、「AIが人間の仕事を奪い、将来的に人は働かなくてよくなる」という言説だ。現在働いていない方にとっては、これは朗報だろう。しかし、本当にそうなるだろうか。

技術が進んでも"暇"は増えない

まず、テクノロジーの進化で仕事がなくなるのだろうか?という疑問について。

昔から、技術の発展によって人間の仕事が奪われるという不安は繰り返されてきた。たとえば19世紀のイギリスでは、織機が導入されたことで職人たちの仕事が危機にさらされ、怒った労働者たちが機械を壊す「ラッダイト運動」が広がった。このときも、機械が人間の仕事を奪ってしまうことが問題とされた。しかし、その後は機械を操作して生産するという新しい仕事が生まれ、仕事がなくなることはなかった。

1930年には経済学者のケインズが「技術が進めば100年後に人は週15時間働くだけで良くなる」と予測したが、その未来はまだ訪れていない。むしろ、スマホの通知やチャットアプリのせいで、いつでもどこでも仕事ができるようになり、結果的に「働かない時間」が減ってしまっていると感じる人が多い。

なぜこうなったのか。理由はいくつかある。まず、効率が上がることで生まれる"余裕"が、逆に新しい消費を促す現象がある。これを「ジェボンズのパラドックス」と呼ぶ。

たとえば、19世紀のイギリスで石炭の燃焼効率が上がったとき、多くの人はエネルギーの消費量が減ると予測した。ところが実際には、燃料の単価が下がったことで石炭を使った新しい産業や用途が増え、結果的に総消費量はむしろ増えてしまった。

同じことが現代にも起きている。たとえばコンピュータやネットの処理速度が上がり、業務がスピーディに進められるようになった結果、処理できる仕事の量が増え、逆に仕事が減るどころか増えてしまったという実感を持つ人も多い。

すでに働かなくてよい社会に到達している のに

むしろ働かなくていい社会というのは、人類はすでに到達していると言っていい。2024年の日本では、就業者約6800万人のうち、生存に直接的に不可欠と言える産業(農業・林業、漁業、電気・ガス・水道業、建設業、運輸・郵便業、医療・福祉業)に従事する人々は労働人口の約3割しかいない。つまり、残り7割以上の人々は、生存に直接不可欠ではない分野での「付加価値」を巡って競争を続けているのだ。

では、なぜ競争の焦点が付加価値に向かうのか──その理由は、人間が"違い"に価値を感じる生き物だからだ。モノやサービスが一定の水準で行き渡ると、人は「他と同じではない何か」にしか関心を持たなくなる。これは人間の心理に深く根ざした傾向であり、比較の中にしか価値を見いだせないという性質によるものだ。

たとえば、ミネラルウォーターを想像してほしい。どの製品も基本的には「水」であり、味や成分に劇的な差はない。それでも、パッケージデザインやボトルの形、ブランドのイメージなどにより価格差が生まれる。さらには、どの国の水源か、どんな有名人が愛飲しているかといった"文脈"が付け加わると、同じ水が何倍もの価格で売られるようになる。ここにあるのは機能性の差ではなく、「他と違う」という演出であり、それに対して人は進んでお金を払う。

技術が進歩し、同じようなモノやサービスが大量に出回ると、差別化はより困難になる。付加価値をめぐる仕事はなくなるどころか、むしろ『差をどう作るか』『その差をどう伝えるか』という見えにくい労働が際限なく増えていく。

そもそも人間の欲望には終わりがない。衣食住が満たされれば、次はより快適に、より便利に、より特別に──と際限なく階段を上がろうとする。経済がこの欲望に合わせて回る以上、「違い」を求める競争は止まらない。足りないのは機能や数量ではなく、他者や過去との差異を感じて得られる満足感だからだ。したがって、テクノロジーが効率を極めても、差異をめぐる付加価値競争は終点を持たず、むしろ人間の欲望が続くかぎり拡大し続ける。

AGIが登場すれば人間は働く必要はなくなるか

もちろん、「AGI(完全に自律的な汎用型AI)が出てくれば人間の仕事はすべてなくなる」と信じる意見もあるだろう。しかし本当にそうだろうか。

仮にAGIが完成したとしたら、稼働すればするほど生産性が高まる。そうなると計算資源や電力消費の限界まで使用されることになるだろう。AGIを所有する団体はまずその有限な資源を、軍事や医療、先端研究、金融といった高収益分野に優先的に投下する可能性が高い。

我々の生活を自動化するような、収益にあまりならない庶民の営みには、当面のあいだ十分な資源が割かれないという見方もできる。私は格差が極限となり、社会がほとんど機能不全になり、革命でも起きない限り、この状態が続くと考えている。

そして仮に庶民の生活にAGIが導入されたとしても、最終的には「人間らしさ」や「個性」の演出、つまり"AIっぽくないフレーバー"を加える仕事が残る。

すでに、「生成AIっぽいイラスト」が目についたら、急に安っぽく感じるようになってきた。いかにAIっぽいイラストにしないかが腕の見せどころとなっている。

今後の人間の仕事は、かき氷のシロップのように、実際の味はほとんど同じでも、ストロベリーやメロンなどのラベルや色・香りによって違いを作り出すような仕事となる。

人の仕事はやがて、そうした"見た目や文脈を変える"ための差異演出と、いかに有限な資源を分配するかという合意形成へと移行していくだろう。

火起こしから見る、働き方の未来

AIと人間の働き方の関係を考えるとき、私は、現在多くの人が従事している仕事が、かつて人々が「火を起こしていた」頃の営みに似たものへと変化していくのではないかと考えている。

かつて「火を起こすこと」は、生活そのものだった。料理をするにも、灯りを得るにも、暖を取るにも、人は自ら薪などの燃料を集め、火打ち石や火種を使って丁寧に火を起こしていた。桃太郎のおじいさんが山に柴を刈りに行ったのも、まさにそのためである。柴とは小さな雑木や枝で、焚き火の着火剤となる大切な資源であり、家庭を維持するには欠かせない労働だった。そして何より、火を使った灯りは貴重だった。日が沈めば真っ暗闇となり、裕福な人だけが蝋燭や油を使って夜も活動を続けることができたが、貧しい人々は夜は寝るしかなかった。

しかし現代では、火を起こすという行為そのものが日常から消えている。調理も暖房も灯りも、スイッチひとつで済む。とはいえ、それは火が不要になったということではない。むしろ、火を「どう供給するか」という仕組みは、かつてよりもはるかに巨大で、複雑で、見えづらくなっている。火は個人が手間をかけて起こすものから、発電所や都市ガス網、インフラ企業によって集中管理されるものへと変わったのだ。

火が自動化されて、私たちは「火を起こす」必要を失った。その結果として何が起こったのか。人間は空いた時間と労力を使って、まったく別の仕事に移行したのである。火を自動で制御できるからこそ、大規模な厨房を備えた外食産業が発展し、灯りのコストが極限まで下がったことで、誰でも夜に仕事や読書ができるようになった。つまり、火が自動化されたことで、人間はその火を「起こす」のではなく「使って何をするか」に集中できるようになったのである。

この構図は、今後の働き方にもそのまま当てはまる。現在私たちが行っている知的労働──ウェブ制作、プログラミング、情報処理、デザインといった作業──も、いずれAIによって「自動的に供給されるインフラ」になる。AGI(汎用人工知能)が一般化すれば、それらの業務はスイッチ一つで完了するようになり、「手間をかけて行うもの」ではなくなっていく。

そして、そのAIの計算資源や判断ロジックを支えるのもまた、大手の企業やシステムプロバイダである。人間が行っていた仕事は、消滅するのではなく、見えない場所で一元化され、システムに取り込まれていく。まさに、火が目の前から消え、都市のインフラに溶け込んでいったのと同じ道筋である。

ではそのとき、人間は何をするのか。答えはこうだ。「火をどう起こすか」ではなく、「供給された火を使って何をするか」が、人間の働きになる。

私たちはすでに、火をともす技術を手放し、火を"使う"ことに価値を移してきた。同様に、AIが知的作業を肩代わりする時代には、私たちはその成果物をどう使い、何を新たに創造するかが問われることになる。

しかも人間は、新しい環境にすぐ慣れる。今や、センサーが自動で灯りをつけることにいちいち感動する人はいない。それと同じように、かつて手間暇をかけていた現在の仕事も、やがては当たり前になり、特別視されることがなくなる。そうなれば、そこに価値は生まれなくなり、報酬も発生しなくなるだろう。今、私たちが「仕事」だと信じて疑わないもの──企画書を作ること、データを分析すること、コードを書くこと──これらはすべて、かつての「火起こし」と同じ運命をたどるかもしれない。消えるのではなく、見えないインフラに溶け込んでいく。そして、今はまだ仕事とさえ認識されていない何かが、未来の「働く」になる。

だが、その変化の過程で何が起きるのか。次回は、AIが進化する中で見えてくる、働くことの変化について考えてみたい。

前編②に続く