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強力な味方となる未来──~AIと「生きづらさ」を考える~後編②

イメージ画像 Ishizaki Morito with GPT5

文・石崎森人

 

www.hikipos.info

前回は、生きづらさを抱える人にとって、AIが現在どのように活用できるかという具体的な方法を書いた。カウンセリングの代わりになったり、社会経験の不足を補ったり、会話の練習相手になったりと、今すぐ使える実践的な話だった。

未来については第2回でも触れたが、生きづらさを抱える人にとってAIは本質的に強力な味方になる存在である。今回は、その「希望の側面」をより具体的に述べたい。

発想さえあれば、誰もが同じスタートラインに立てる時代がくる

AIとは、何かを入力すればそれに応じた応答を返してくる存在である。こちらが発想を投げれば、それに即した形を提示してくれる。今後、AIがさらなる発展を続ければ、「お願いしたら具体的な形にしてくれる存在」として、まるでドラえもんの道具のような役割を果たすだろう。

現状では文字や画像、動画、音楽といった生成が中心だが、今後は生活全般に広がっていく。たとえば、「こんなアプリがあったらいいな」と思ったら、その場でAIが作ってくれる。「こういう家具がほしい」と言えば、3Dプリンターと連携して実物を生成してくれる。ロボティクスとの融合も進めば、「部屋を掃除して」「料理を作って」といった、肉体がなければできなかったことも可能になる。

そうなったとき、発想を持つ者は誰でも同じスタートラインに立てる時代が到来する。

社会経験の差が意味をなさなくなる

従来、生きづらさやひきこもりの状態にある人々は、社会経験の不足ゆえに発想を形にできないという壁に直面してきた。

たとえば、「こんなサービスがあったらいいな」と思っても、それを実現するには様々なスキルが必要だった。プログラミング、デザイン、マーケティング、資金調達、人脈づくり――どれも社会経験がなければ身に着けるのが困難なものばかりである。結果として、いくら良いアイデアがあっても、「自分には無理だ」と諦めざるを得なかった。

しかしAIが進歩すれば、発想さえあればすぐに現実化できる。「認知症の祖母が薬を飲み忘れないようにするアプリを作って」と言えば、AIがその場でプロトタイプを生成してくれる。「ひきこもりの人でも気軽に参加できるオンラインイベントのプラットフォームを作りたい」と相談すれば、具体的な設計図から実装まで、すべてAIが自動で生成してくれる。

これにより、発想さえあれば、生きづらさを抱える人と、社会で活動している人との間に存在していたスキルの差は基本的に消えていく可能性がある。

「困り感」こそが最大の武器になる

私は、ひきこもりや生きづらさを抱える人々は本来的に大きな発想力があると考えている。

孤独の中で悩み考え続けてきたことは、思考の練り上げにつながっている。社会で忙しく動き回っている人には、じっくりと物事を考える時間がない。一方で、引きこもっている人は、嫌というほど考える時間がある。

その時間の中で、「なぜ自分はこうなのか」「社会はどうしてこういう仕組みなのか」「もっとこうだったらいいのに」といった思考を繰り返してきた。それはもしかすると一見、非生産的に見えるかもしれない。しかし実は、社会の矛盾や不合理を深く洞察する機会でもある。

当事者にしかわからない「しっくりこない」感覚

さらに現実に強い「困り感」を抱えており、その「困り感」を起点に解決策を模索できるのがAIである。

AGI(完全に自律的な汎用人工知能)の時代になれば重要なのは「答え」ではなく、「どこに困りがあるのか」という着眼点である。AIに相談して答えを導いても、「しっくりこない」という感覚は当事者にしかわからない。

この「しっくりこない」という感覚こそが、当事者に特有の資質であり、困難を経験していない人には持ち得ないものである。

たとえば、こんな例を想像してみてほしい。

あるひきこもりの当事者が、「外出しないで、運動不足を解消したい」という悩みを持っていた。一般的な解決策は「家でできる運動をする」だが、彼にはそれがしっくりこない。なぜなら、「運動すること自体が目的化すると続かない」という自分の特性を知っているからだ。

そこで彼はAIに相談する。「運動が目的じゃなくて、何か別の楽しいことをしながら自然に体を動かせる方法はないか」と。AIとの対話を重ねるうちに、「VRゲームで冒険しながら、実際に部屋の中を歩き回る」というアイデアにたどり着く。

さらに彼は気づく。「これ、自分と同じような悩みを持つ人がたくさんいるんじゃないか」と。そしてAIの力を借りて、ひきこもりの人専用のVRフィットネスゲームを開発する。音を立てないでできる運動メニュー、会話不要の全自動コミュニケーション、時間がバラバラでも同時プレイしている感覚を得られるシステム――当事者だからこそわかる細かな配慮が詰まったゲームだ。

これは、社会で活発に活動している人には思いつかないアイデアかもしれない。なぜなら、彼らには「外出に抵抗がある」「運動が目的化すると続かない」という切実な困り感がないからだ。

したがって、当事者性そのものが、今後の時代には「答えを持つ」ということと同義になり得る。ゆえにひきこもりや生きづらさを抱える人々にとって、AIは大きなアドバンテージとなる。私はそう考えている。

無限に生まれるコンテンツの時代

今後、AIは入力を受け取るたびにコンテンツを生成し続ける存在となる。すでにYouTubeや無料ゲームにおいては、際限なく楽しめるものが存在している。しかし、これからはそのスケールがさらに拡大し、本当に際限なく自分に合った膨大なコンテンツが日々生み出されていくだろう。

現在でも、無料で遊べるゲームや動画は山ほどある。しかし、それらは「万人向け」に作られたものだ。自分の好みにぴったり合うものを見つけるのは、意外と難しい。

ところがAIの時代には、「あなた専用」のコンテンツが瞬時に生成される。「もっとゆったりしたペースで、でも適度に頭を使える謎解きゲームがしたい」と感じれば、どの部分で飽きるかAIが分析し、その場で生成される。「主人公が自分と同じような性格で、共感できるストーリーの小説が読みたい」と感じていると、AIが自動性で生成し、リコメンドしてくれる。

社会人のように日常的に忙しい人々は、そうしたものを遊ぶ時間を持たないかもしれない。だが、時間がある人にとっては、とんでもなく面白い時代が到来する。

「飽きる」という概念が消える

重要なのは「飽きる」という現象が意味を失っていくことである。一つのゲームや動画に飽きても、すぐに新しいものが自分の好みに合わせて生み出される。つまり、人の嗜好や関心に応じて、次から次へと「飽きさせないもの」が供給される時代になるのだ。

例えば、ゲームを一つ取っても、AIはプレイヤーごとの好みに沿って内容を変化させることができるだろう。

あるプレイヤーが「戦闘は苦手だけど、探索は好き」という傾向を示せば、AIは自動的に戦闘要素を減らし、探索要素を増やしていく。「このキャラクターが気に入った」という反応があれば、そのキャラクターの出番を増やし、専用のサブストーリーを生成する。

キャラクター、シナリオ、難易度、世界観――すべてが自分専用にカスタマイズされる。昨日まで遊んでいたものが、翌日には新しい要素をまとい、まるで「自分のために作られた作品」のように変容していく。

この「好みに寄り添う無限生成」の力は、従来の人間社会には存在しなかった仕組みである。

映画や小説、音楽であっても同様だ。「もっとこういう展開だったらよかったのに」と思ったら、その通りの展開に書き換えてもらえる。「この曲のサビの部分をもっと盛り上がるようにして」と言えば、瞬時にリミックスされる。

AIは個々人の内的な欲求や感覚を反映し、次々に新しい形を提示する。結果として、人間の創造的な欲望は、満たされるどころか、常に新たな刺激を供給され続けることになるのである。

遊びが世界を豊かにする循環

さらに興味深いのは、この「遊び」そのものがAIをより賢くし、世界全体をさらに面白くしていく可能性があることだ。

遊んでいるだけで、AIに貴重な学習データを提供していく。「このキャラクターの性格をもっとこうして」「この展開は違和感がある」「ここでこういう選択肢がほしかった」――そうした一つ一つのフィードバックが、AIの理解を深めていく。

つまり、一日中ゲームをしているだけでも、世界に貢献していく時代が来る。遊べば遊ぶほど、AIは賢くなり、次に生まれるコンテンツはもっと面白くなる。この好循環が、かつてない速度で加速していく。

生きづらさが強みに変わる時代へ

もちろん、今はまだそのような時代ではない。AIは時に的外れな答えを返すし、生成されるコンテンツも完璧とは言えない。

でも、技術の進歩は想像を超える速さで進んでいる。10年前、誰がChatGPTのようなAIの登場を予想できただろうか。5年前、誰がAIと自然に会話できる時代を想像しただろうか。

だからもう少し生きてみると、今まで想像もしないような可能性の時代が来るかもしれない。今までの常識が覆り、悩んでいたことが雲散霧消するような世界が来るかもれない。

次回は、この変化の中で、生きづらさを抱える人々は実は「先行者利益」を得られる立場にいる――そんな仮説について語りたいと思う。