2025年10月29日、最新の「不登校」児童生徒数が発表された。
小中学校で年間30日以上欠席した児童生徒数は、約35万4000人。
12年連続の増加で、過去最多を更新した。
病欠などを含めた「長期欠席」の数は約50万7000人で、こちらも過去最多だった。
なお、日本の小中学生の数は約922万人で、過去最少となっている。
少子化がつづいているにもかかわらず、適切な学校教育が機能していない件数が増えつづけている、ということだ。
私は、そもそも「不登校」という言葉が望ましくないと考えている。
「不登校」と言うと、まるで子ども1人が、「学校に登校できない」=「不・登校」の問題であるかのように感じられる。
しかしこれは、日本社会において、何十年ものあいだ、毎年何十万人もの子どもたちに対して、大人が適切な学校教育を提供できていない問題、であるはずだ。
その点では、社会や大人たちの側から見て、子どもたちが「学校に来校できない」=「不・来校」の問題が起きている。
「不登校」ではなく、「不来校(ふらいこう)」だ。
そもそも「不登校」の語を使っている限り、児童生徒の欠席の問題を、正確に記述することができない。
しかし本稿でそれをおこなうと、文科省の問題を指摘することもできなくなってしまうため、(毎年のことなのだが、)今年も「不登校」調査の問題点を指摘しておく。
疑問① なぜ昨年の「子どもの発達科学研究所」の調査が参照されていないのか?
2024年3月、「子どもの発達科学研究所」が、「不登校」の要因を分析する調査結果を発表した。
文科省が直々に委託した調査であり、当然ながら、文科省も調査結果を把握している。
詳細は省くが、文科省の調査方法とほかの調査方法とで、著しい差異が発生することがわかった。
一例を挙げると、「不登校」の要因に、「教員」が影響しているかどうかだ。
関連記事 : 文科省の「不登校」調査は問題だらけ 「学校に行かない原因」は「やる気がない」から?
文科省の調査方法は、教員に要因(把握した事実)を聞いているため、当の教員が「不登校」の要因とする回答が少ない。
一方、子どもの発達科学研究所の調査では、教員だけでなく児童生徒と保護者に対しても「不登校」の要因を聞いている。
結果、「不登校」の要因に「教員」が関わっているとする回答が、児童生徒・保護者の場合、教員に比べて10倍も多かった。
同じことを調べたというのに、結果が完全に異なっていた、という事態が起きている。
にもかかわらず、文科省は今年も調査方法を変えていない。
「不登校」が子どもに起きている事象だ、という前提がありながら、「不登校」の要因を直接子どもに聞いておらず、調査方法によって回答に10倍のひらきが出ていることを認識したうえで、それでもなお、文科省は例年通りの調査をつづけ、臆面もなく公表している。
「不登校」調査は、何十年ものあいだ、いびつな前提によって、いびつな調査結果を出し、いびつな報告をおこなっている、ように思えてしまう。
疑問② 「不登校」の要因は「やる気が出ない」から?
文科省調査では、過去数十年にわたり、「不登校」の要因の一つに、「無気力」「やる気が出ない」ことを挙げてきた。(※1)
これまでにも、ほかの経験者・研究者が指摘してきたことだが、このような表現は不適切だ。
毎年毎年、「不登校」に対する侮辱的・差別的な観点を、文科省がわざわざ世の中に広報している、という感じさえしてしまう。
「問題」は学校制度の側、社会の側にある。
「無気力」「やる気が出ない」といった表現は、子どもの側にモチベーションがないせいだ、と言わんばかりであり、本来あるべき問いの立て方を破壊している。
何十年にもわたって「やる気が出ない」のは、調査をおこなう文科省の方だ、と言うほかない。
③ 「不登校」の増加はコロナ禍の影響?
文科省は、「不登校」が増加をつづける要因の一つとして、コロナ禍の影響がある、と言っている。
しかし、自ら12年連続の増加、と報告しているとおり、「不登校」は2013年から増え続けてきた。
統計を見ると、とくに2017年あたりから増えており、コロナ禍の緊急事態宣言があった2020年以前から、すでに増加傾向にあった。
おそらくコロナ禍がなくとも、欠席の件数は相当に多くなっていただろう。
増加の要因にコロナを強調するのは、責任転嫁的な見方ではないか、と疑ってしまう。
④ 増加率が低下したのは「対策が功を奏した」ため?
文科省の報告を見ると、自らの施策によって、「不登校」の増加率が鈍化した、と言っている。(※2)
増加率を見ると、昨年の報告では前年度比15.9%増だったものが、今年は前年度比2.2%増となっている。
報告書によると、スクールカウンセラーの配置や学習支援の充実が功を奏した、とのことだ。
しかし、そもそも小中学生の人数が減っている時代に、12連続で増えつづけてきた、という経緯がある。
「丁寧なアセスメント」や「早期把握」が影響を与えた、ということだが、もしそうであるならば、「12年連続で対策を失敗しつづけてきた」とまとめるべきだろう。
(さらに言えば、減少したわけでもないのに、なぜ「効果があった」と自賛できるのだろうか。文科省の担当者のなかに、苦しんでいる子どもや、悩んでいる親御さんの目の前で、この報告書を朗読できる人が一人でもいるだろうか。)
1000人あたりの「不登校」件数は、10年前に比べて3倍以上に増加している。
本当に文科省の「対策」が影響しているなら、3倍以上に増えた「原因」が自分たちの施策にある、と総括すべきではないか。
最後に
「不登校」の件数が最多を更新したことに対して、かつてメディアでは「ワースト」「過去最悪」と報道されることがあった。
これは、「不登校」の子どもたちに対して「最悪」と表現しているように受け取れるため、絶対に使うべきでない。
現在では、少なくとも大手メディアでは使われなくなっている。
だが私は、ある意味では妥当な表現だったのかもしれない、と考えている。
子どもに対してではなく、調査をおこなう文科省に対して使うなら、だ。
私はあらためて、この表現を使いたいと思う。
「不登校」調査は、文科省の見識が「過去最悪」を更新しつづけている、と。
参照
「令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」(2025年10月29日)
https://www.mext.go.jp/content/20251029-mxt_jidou02-100002753_2_5.pdf
注記
※1 厳密には「不登校児童生徒について把握した事実」を教員に聞くもので、小中学校において、「学校生活に対してやる気が出ない等の相談があった」というもの。「把握した事実」として、「やる気が出ない」が選択された割合がもっとも高く、約30%。なお、調査方法が異なる2年前までは「無気力」と言っていた。
※2 報告書の原文は以下。
「不登校児童生徒数の増加率が低下した背景として、チーム学校による丁寧なアセスメントや個々の児童生徒に応じた学習支援の充実、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー等の専門的な知見を有する人材の活用、校内外の教育支援センターの設置をはじめとした多様な学びの場や保護者への相談支援や情報提供の充実、 一人一台端末を活用した心の健康観察による早期把握等が考えられる」(「令和6年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」)
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文 喜久井伸哉(きくいしんや)
1987年生まれ。詩人・フリーライター。
