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「人並みの人生ではいやだからひきこもりになった」海外駐在員だったM.T.さんの日々是逃避

北京中心部 Photo : Pixabay

 

インタビュー・構成 ぼそっと池井多
語り手 M.T.

 

「自分は周りとはちがう」

ぼそっと  今日はありがとうございます。私がM.T.さんにお話を伺ってみたいと思ったのは、ある場所で
「自分は人並みの人生ではいやだからひきこもりになったんだ」
と語っておられたのを聞いたからでした。
それは私にとってたいへん印象深い言葉で、もっとあなたのことを知りたくなりました。あなたのライフストーリーを聞かせてくれませんか。

M.T.   いいですよ。

ぼそっと 「人並みの人生ではいやだ」と考えるようになったのは、いつからですか。

M.T.   いつからですかね。自分は、もう小学生のころには、なんとなく「自分は特別だ」「自分は周りとは違う」みたいな感覚がありました。親に中学受験をさせられていたからでしょうか。
中学受験する子の数は限られているからこそ、「自分は頭がいい。周りとは違うんだ」という自惚れた感覚を当時持っていたように思います。

ぼそっと  わかります。私も親に中学受験させられていたし、そういう選民思想も持っていた、鼻持ちならない児童でしたから。でも、それは私の場合「いじめられていたこと」の裏返しでもあったのですが。

M.T.    やがて受験で入った私立の中高一貫校は、成績順にクラスが編成されていて、中1から特進クラスと普通クラスがあって、自分は特進に入りました。
すると、周りがみんな賢い。小学校の時とは違って「おれは周りとちがうんだ」が機能しない。それでだんだん成績も落ちて、気がつくと中3では普通クラスに入れられていました。

ぼそっと  なかなかすごい学校ですね。私が行った学校も私立の中高一貫校でしたが、成績順のクラス分けは高2からでした。中3で普通クラスに入って、どうでしたか。

M.T.    精神的なひきこもり状態になったんです。他人とのコミュニケーションをまったく取らなくなりました。それから高校の終わりまで学生らしい人間関係がまったくない歳月でした。
通学に片道1時間半かけて学校へ行って、学校では誰ともしゃべらず、また1時間半かけて帰ってくる。それだけの生活になりました。見た目は普通の中高生でしたけど、中身はかなり異常な生活だったと思います。

 

中国留学

ぼそっと   大学はどうしたんですか。

M.T.   高2になっても、高3になっても、大学受験勉強などまったくやる気にならなくて、完全に放棄してました。そうしたら高3の秋に父が見るに見かねて「中国留学」という選択肢を出してきたのです。
学費を払って、小論文といっても原稿用紙2枚の作文だけ出せば誰でも入れる北京市内の大学でした。
それで高校を卒業したら、そのまま現役で中国の大学へ入ることになりました。

ぼそっと  中国語はできたんですか?

M.T.   できるわけないじゃないですか。「ニーハオ」くらいしか言えなかったですよ。
高校の先生に、
「お前、大学はどうするんだ」
と聞かれて
「中国の大学へ行こうと思います」
と言ったら
「『私は日本人です』って中国語で言ってみろ」
って言われて、もちろん言えませんでした。でも入学できたんです。

ぼそっと   北京の生活はどうでしたか。

M.T.   北京は外交官とか駐在員とかたくさん住んでる外国人居住区みたいなエリアがあるんですけど、ぼくが住んでいたのはそういう所ではなくて、ふつうの学生街でしたから、2005年当時たまにトイレが流れなかったりして、衛生環境はあまりよくなかったです。でも、若かったせいか気になりませんでした。

M.T.さんが生活していた北京市内のエリア 2013年

ぼそっと   高校のころの精神的ひきこもりはどうなりましたか。

M.T.   大学に入ったころは相変わらず内向的だったんですけど、中国で暮らすうちにだんだん外交的になっていきました。大学も4年でストレートに卒業しました。

 

海外駐在員という「成功体験」

ぼそっと  卒業して日本に帰ってきたんですか。

M.T.   はい。いったん日本に帰って、ハローワークに行って、中国駐在員を探していた中小企業に応募しました。受かって、入社して、半年の研修を受けて、すぐ南京の営業所を任されることになって、また中国に帰りました。開所したての南京営業所では、新人なのに、自分一人。あとは現地の運転手が一人つけられていただけ。

ぼそっと   かなり無茶な人事ですね。

M.T.    今から考えれば、そうですね。ちゃんとした大企業ならばありえない人事です。中小企業だと余裕がないから、こういうことがあるんですよ。当時は南京郊外の田舎に住みながら、休みのたびに中国の新幹線で上海や蘇州に遊びに行ってました。

ぼそっと   楽しそう(笑)

M.T.   まあ、職場は一人で奮闘してきつかったですが、あとは楽しかったですね。お姐ちゃんのいる店とかいろいろ行きましたよ。現地の彼女もできたり。

南京 中心街 Photo: pixabay

ぼそっと   いいですね。どのくらい続いたんですか、そういう生活は。

M.T.   1年ちょっとですね。2011年に会社が南京営業所を閉めることになって、自分は会社の中国拠点がある広東に異動させられました。あのときは「自分は役立たずだった。努力が足りなかった」と思って落ち込みました。

ぼそっと   新しい職場はどんな所でした?

M.T.   今度は先輩社員が何人もいたので心細くなかったのですが、2年ぐらい経ったころ「お前は日本へ帰れ」と言われたのです。日本での新しい仕事は営業職で、給料は歩合制。ここで断ればよかったんですが、ノーが言えずに言われるままに日本に帰ってきてしまいました。

ぼそっと   日本に帰ってきて、どうでした?

M.T.   腐りました。やる気はないし、給料は下がるし、売ってる商品にも愛着がない。半年で辞めました。27歳でした。

 

退職してひきこもりに

ぼそっと   住まいは実家に戻ったんですか。

M.T.   そうですね。それから11年間、今に至るまで無職でひきこもりです。
まあ、「ひきこもり」といっても自分の場合はふつうにどこでも出かけていけるし、海外勤務をしてたくらいですから、いちおう働いた経験はあるということです。ただ、いま働いてない、というだけです。

ぼそっと   働いていなくて、どういう生活をしていらっしゃいますか。

M.T.   毎日、昼ごろ起きて夜遅くまで、ときには明け方近くまで、パソコンでゲームしたり、SNS見たり。ときどき出かけることもあります。

ぼそっと   ご両親は何とおっしゃってますか。

M.T.   退職して日本に戻ってきた当初は、「海外で大変だったんだろう、少し休め」ってやさしく肯定してくれました。でも次第に「いつまで寝てるんだ、起きろ」って朝に大音量で音楽かけられたり。でも11年経った今はもうあきらめたのか、「本人が働く気になるのを待とう」って感じで何も言いません。

 

プライドが高いわりに悲観的

ぼそっと   M.T.さんは「人並みの人生ではいやだから、ひきこもりになった」と言いますよね。

M.T.   はい。あのまま日本のしがない営業マンで、安くなった給料でこきつかわれて、平凡な会社員人生を送っていくのがいやだったんです。だから、そんなものは辞めて、何もしなくなった。それを世間一般的には「ひきこもり」という。そういうことです。

ぼそっと   海外駐在員だったことは、やはり大きかった?

M.T.   大きいですね。あれは過去の栄光です。国際線に乗って年に2回帰国するときの、あの優越感。「自分はやっぱり違う」って思えました。小学生のころの選民意識が戻ってきた感じです。日本で地べたを這うようにしてがんばっている平凡な会社員とはちがう感じがしました。


ぼそっと   それでも、また海外駐在員に戻る道は選ばなかった?

M.T.   そうなんですよね。 海外駐在員として勤めてたといっても、しょせん南京営業所を新人一人に任せて、ダメだとなるとすぐ撤退してしまうくらいの零細企業の従業員にすぎなかったわけで。頭のどこかで
「自分はそんなにすごくない、あれはたまたま幸運をつかんだだけで自分には過ぎたことだった」
とも分かっている。
プライドが高いわりに悲観的なんです。
他人や世間に自分のすごさを認めさせる自信がない。

 

「居場所」への違和感

ぼそっと   外にはふつうに出られて、ときどき出かけていくとのことですが、居場所なんかにもよく行きますか。

M.T.    はい。でも正直、どの居場所も「自分の場所」とは思えない。
よく居場所の宣伝文句として「誰もがありのままにいられる場所」「誰もが受け入れられる場所」とかいうじゃないですか。自分にとってはその実感はないです。自分がありのままでいたら、そこは海外の駐在地であるはずですよ。

ぼそっと ほほう。それは面白い意見ですね。でもM.T.さんは、それでも居場所へ行かれるわけですよね。なぜでしょう。

M.T.   自分が居場所へ行くときは、他の参加者たちにとっての大事な場所を結果的に冷やかしに行っているようで悪い感じもするんです。
居場所を必要としてる人の多くは、対人恐怖とか、発達特性とか、何かしら問題があるからそこへ来てるわけですよね。でも、自分はそういう意味では問題なんて何一つない。あるとしたら働いていないだけ。

ぼそっと   働きたいのに社会が悪いために働けない、という人もいます。

M.T.   自分の場合は、社会が悪いためなんかじゃないですよ。自分が働いていないのは自己責任だとわかってます。自分が働きたくないから働いていない。

ぼそっと 「なぜ働かなくちゃいけないかわからない」「自分は人生で何をすればいいかわからない」といった、実存的な悩みから働いていない人もいます。

M.T.   自分は、実存的な悩みのために働いていないんじゃないと思います。そこは逆です。実存的な悩みは働いている人たちも持っているのに、そこで実存的悩みなんか持ち出したら、ただ働かない言い訳のために持ち出してるだけなんじゃないか、という自己に対する疑念がぬぐい去れないんです。

ぼそっと   なるほど。居場所なんかでよく言われる、
「あなたは独りぼっちじゃありません。あなたと同じ苦しみは多くの仲間によって共有されています」
ということについてはいかがですか。

M.T.   苦しみが共有できるとは自分は思っていません。でも多少は前向きになれることを望んで居場所には通っています。

ぼそっと 言いにくいことを言葉にしていただいて、どうもありがとうございました。

 

(了)

 

 

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