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フランスの女性ひきこもり当事者インタビュー:テルリエンヌの場合 第1回「ひきこもりになんか、なりたくなかった」

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「わたしが住んだ町オーベルヴィリエ」  写真:テルリエンヌ

 インタビュー・構成:ぼそっと池井多

 

 

<対談者プロフィール>

ぼそっと池井多:日本の男性ひきこもり。55歳。

テルリエンヌ:フランスの女性ひきこもり。38歳。

 

 もう、すべてに遅すぎるのか

テルリエンヌ: わたしはひきこもりになることを選んだのではありません。わたしはなりたくて、ひきこもりになったのではないのです。わたしはひきこもりになんて、なりたくなかった。

今わたしは38歳で、これから結婚をして、新しい家族を築いて、新しい仕事をもって、新しい家を買って、専門分野の勉強も復活させて…、ということを望むのには、もう遅いのかもしれない。

でも、想像のなかで、たくさんの考えが渦巻いているのです。

ぼそっと池井多: ぜんぜん遅くないんじゃない?

私は55歳だけど、38歳なんて、とても若い! もうピチピチっていう年齢ですよ。安心してください。40を過ぎてから、結婚したり仕事についたりした女性ひきこもりを、私は日本でたくさん知っていますから。

あなたは、どのくらいひきこもっていらっしゃるんですか。

テルリエンヌ: もう、かなり長い間。正確には憶えてないけど、たしか2000年ごろからひきこもり始めて、ずっと…。2003年には、勉強もやめて、完全にひきこもり始めました。

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写真:テルリエンヌ

ぼそっと池井多: 何時に起きて、何時に寝てますか。それとも、生活時間帯はめちゃくちゃ?

テルリエンヌだいたい夜中過ぎの2時ぐらいに寝るんだけど、睡眠障害があって、眠剤をのんでいます。起きるのは正午ごろ。遅く一日を始めるんです。もっと若いころは、もっとめちゃくちゃでした。夜に生活して、昼間は寝てました。今はだいぶ改善されてきたんです。

ぼそっと池井多私もそうだなあ。むかし若いころみたいに夜遅くまで起きていられなくなった。肉体的に無理って感じ。

私は東京の郊外に住んでるんだけど、あなたは?

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テルリエンヌ: わたしはフランスのブルゴーニュ地方に住んでます。コスヌ・シュール・ロワールにある人口2500人ぐらいの小さな村です。

わたしはパリ郊外にある93地帯オーベルヴィリエで育ちました。生まれはパリ、大学もパリでした。 

    • 93地帯(le département 93)

      フランスの首都圏イール・ド・フランスのなかで、パリ市の北東に広がるセーヌ=サン=ドニ県をさす。郵便番号と行政番号が「93」で始まるため、こう呼ばれる。編者のごく個人的な印象でいえば「フランスの埼玉県」。なかでもオーベルヴィリエは、パリ市の北辺と接し、中小企業が多い。個人的には「フランスの川口市」と。

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「オーベルヴィリエの夕暮れ 2008年」 写真: テルリエンヌ

日常の買い物、どうしてる?

ぼそっと池井多: おお、郊外ということで私と同じですね。それで今は田舎にお住まい、というわけですか。

ひごろ買い物なんかどうしてます? 東京では、夜でもコンビニとかスーパーとか開いてるでしょ。だから私はだいたい三日に一回、おもに夜に買い出しに出るのです。いざとなれば、スーパーが部屋まで配達してくれるらしい。でも、私は人が部屋まで訪ねてくるのがいやなので、配達やデリバリーの類いはほとんど使わない。

テルリエンヌ: フランスには、夜に開いている店なんかありません。わたしが住んでいる近くには、いくつかスーパーがありますが、どこも配達はしてくれません。だから、食料品を買いに行くには、どうしても昼間に出ていかなくてはなりません。

わたしは、三週間に一回、サムサから来る人、一人か二人に連れ添ってもらって買い物に出かけています。彼女たちは、何を買うかについて私を手伝ってくれて、わたしのアパルトマンまで買ったものをいっしょに運んでくれます。最近、彼女たちは、わたしが家政婦を頼むことを提案してくれましたが、わたしは知らない人に連絡をするのもいやだし、ケア・センターに属さない人材もいやなので、お断りしました。サムサから来る二人は、とても尊敬できる看護師と教育者です。 

    • サムサ(SAMSAH):Service d'Accompagnement Médico-Social Adultes Handicapésの略称。直訳すれば「成年障害者社会医療寄り添いサービス」。サービス内容は日本では「社会福祉訪問介護」が近いか。後に詳しく述べるように、テルリエンヌは精神障害者手帳を取得したために、こうしたサービスが受けられるようになった。フランスのSAMSAHは2005年に国がつくった事業体で、健康保険料などを財源に運営されている。

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「わたしの食事」 写真:テルリエンヌ

 パソコンと運動不足

ぼそっと池井多: ひきこもりをやっていて、問題になる一つは運動だと思う。毎日ひきこもっていると、体力は確実に弱っていくし、太っていく感じがする。だから私は、最低限自分に鞭打ってでも、ときどき運動に行くようにしているんだ。こっそりと夜にね。

あなたはこういう問題、かかえてる?

テルリエンヌ: わたしは歩く習慣を失くしてしまいました。わたしの健康問題は、座ってばかりの生活様式から来ているものが多いです。わたしはとても背中が痛い。わたしは運動不足です。夜でさえ出かけません。部屋の中で運動することも、もうやらなくなってしまいました。でも、あんまり食べないから体重が増える心配はありません。

ぼそっと池井多: 私もしょっちゅう背中が痛いな。これって、一日中パソコンの前に座ってることから来てるんだろうね。

テルリエンヌ: わたしも朝から晩までパソコンの前に座ってる。

ぼそっと池井多: イタリアではひきこもりの親たちが「うちの子がひきこもってるのは、パソコンのせいだ」といって、パソコンの電源を引っこ抜いたり、パソコン自体を没収したりしているらしいんだ。あなたも親からそんなことされたりした?

テルリエンヌ: わたしの両親は、わたしが働かない、仕事を探さない、といってはさんざん責め立てたけど、パソコンを取り上げたり電源を引っこ抜いたりはしなかったな。パソコンを買ってくれたのは親なんです。それは、わたしがひきこもる前のことでした。だから、もしかしたらあとで後悔してたのかもしれないけど、そういうふうに暴力的にはなりませんでした。電源を引っこ抜いたりパソコンを取り上げたりするイタリアの両親は、ひきこもりがまだ子どもだからじゃないですか。わたしは、ひきこもった時、もう大人だったし。

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「わたしのパソコン画面」 写真:テルリエンヌ

テルリエンヌ: わたしが身体の運動をするのは唯一、15日に1回、「馬療法エキセラピー)」というのを受けている時です。文字通り、馬に乗ることで精神的な治療をするというものなのですが、医療ケアとして認められていて、通っている精神医療機関の看護師さんといっしょにやってます。

とても肉体を使う療法で、その日わたしが馬に乗れるかどうかをさておいて、わたしはすごく好きです。馬に乗って走るのは大好きです。でも、慣れていないので、すぐ疲れてしまいます。

    • エキセラピー(馬療法):馬や仔馬をつかって、接触、身体運動、重力感覚、視覚、聴覚、味覚などの感覚をすべて駆使し、感覚統合をめざす療法で、精神医療、障害者ケア、子どもの教育などのためにヨーロッパやアメリカで広く用いられているもの。1950年代にヨーロッパで始まった。馬に騎乗するだけでなく、馬の世話をするなど、馬を使った療法一般を広く含む。テルリエンヌ曰く、「馬に手を触れているだけでかなり癒される」。

ぼそっと池井多それは面白いセラピーですね。でも、東京では難しいかも。そういうケアができるのは地方の特権なのかもしれません。日本では、私が聞くかぎり地方のひきこもりの方は状況が厳しいようです。東京のような都市部と比較すると、地方のひきこもりにはいわゆる「居場所」が少ない。だから、他のひきこもり仲間と会うこともできない。そして、ひきこもりの両親をふくめて、周囲の人々のメンタリティーも、とても古くて理解がないので、ひきこもりはいよいよひきこもらなければならない状況に置かれているというのです。

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「馬たち」 写真:テルリエンヌ

お風呂に入れないひきこもり

ぼそっと池井多: あなたも知っていると思いますが、日本ではたいてい一日の終わりにお風呂に入って身体を洗い、ほっこりする習慣があります。ここで、私たちひきこもりにとって一つの問題があって、あんまりガチでひきこもっていると、風呂にも入らなくなるのです。もし、何日も風呂に入っていないと、臭くなるでしょ。そうすると、よけい外出しづらくなって、ちょっとした買い物にも出られなくなります。こうして、風呂に入らないとよけいひきこもりになります。

テルリエンヌ: 悪い循環ですね。

ぼそっと池井多: この「お風呂問題」は、私たち日本のひきこもり、…とくに女性のひきこもりのあいだでは、あまり公に語ることのできない、しかしシリアスな問題です。

フランスでは、お風呂にあたるものがシャワーじゃない? あなたは、うつがひどくて、何日もシャワーが浴びられなくって、それによってさらに出かけられなくなり、ひきこもりがひどくなるといった問題がありますか。

テルリエンヌ: ええ。両親の家に住んでいたころは、わたしはよく何日もシャワーを浴びずに過ごすことができました。親が家から居なくなる時をじっと待っていて、居なくなるとそろ~りと出ていって、急いでお風呂場へ行って、シャワーを浴びたり、お風呂に入ったりしていました。でも、独りで暮らすようになってから、この問題はなくなりました。わたしはほとんど毎日シャワーを浴びているし、出かけないときも家でちゃんと服を着ています。以前は、一日中パジャマを着てました。独り暮らしをするようになって、この点、進歩したのです。医療機関に出かけなければいけない日も、わたしはちゃんとした身なりで出かけています。

ぼそっと池井多: 進歩してよかったね。「お風呂に入る」というのは、ガチでひきこもってる人にとって「シャワーを浴びる」よりもハードルが高いと思う。だって、風呂の水を入れるか、あるいは銭湯に行かなくちゃならないでしょう?

冬場は、風呂をわかすのに私は40分かかります。銭湯へ行こうと思ったら、いちおう外出するわけだから、最低限の恰好をしなければならないし。

最近は銭湯も減ってきて、銭湯にたどりつくのに長い時間歩かなければなりません。うつの時には、どちらもつらいことです。

テルリエンヌ: うつの時にはむずかしいでしょうね。

 

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ぼそっと池井多: でも、フランスでは、「シャワーを浴びよう」と思ったら、すぐ家の中でできるじゃないですか。

私はうつがひどい時に、一週間に一回ぐらいしか風呂に入れなかったことがあります。まあ、ガチでひきこもっていたから、誰に会うわけでもないので、臭くなっていくのはそんなに問題ではなかったんですね。自分が我慢できればいいわけで。……うつがひどい時には、自分の体臭なんて気にならないじゃないですか。生きているだけで精いっぱい、という状態ですからね。

助かったのは、冬だったということです。あまり汗かきませんでした。

テルリエンヌ: 日本の夏はとてもジメジメしてる、って聞いたことがあります。たくさん汗かくでしょう?

ぼそっと池井多: かきますよー。でも、夏場に三ヵ月も風呂に入らないで平気でいられる女性のひきこもり当事者を、私は知ってます。彼女はなにやら、一部の服だけ洗濯して、あとは特殊な香水みたいなものでごまかして、なんとかやりすごすという秘密の方法を持っているようなんです。詳しくはわかりませんが。じっさい、彼女に真夏に会ったことがあります。三ヵ月風呂に入ってないのに、近くまで行っても、ぜんぜん臭くありませんでした。

テルリエンヌ: きっと彼女は魔法を知っているんだわ。

銭湯は、もう日本になくなっていたのだと思いました。まだあると知ってびっくり。フランスでは、お風呂に入るのも、そんなに面倒ではありません。蛇口をひねってバスタブを満たすだけです。でも、水道料金が高いのと、エコのために、みんな毎日はお風呂に入りません。

ぼそっと池井多: そう、そう。銭湯は年々、どんどん減っているんですよ。十年前、私の近所には四つあったのに、いまはたった一つしかなくなりました。新しく建てられるアパートは、みんな中に小さな浴室がついてます。

テルリエンヌ: 日本人はみんなデオドラント(消臭用の香水)を使わないって聞くんですけど、それって本当ですか。もし、身体が臭いのが問題だとしたら、そのせいですよ。わたしは、毎日シャワーを浴びて、いつも香水をつけています。

ぼそっと池井多: 日本人がデオドラントをあまり使わないというのは本当です。そもそも私たち日本人は、あなたたち西洋人ほど体臭がないのです。これは、民族的な特徴だと思います。だから、香りの繊細さというものが日本文化を成り立たせる重要なファクターの一つとなっているのです。

たとえば、寿司、日本酒、茶道、香道といったものを考えてみてください。参加する人の中で誰かが香水をつけてきたら、その場全体が台無しになります。香水をつけてきた者が顰蹙(ひんしゅく)を買うのです。

このような文化環境だからこそ、いつもお風呂に入って無臭でいることが好まれます。長いこと風呂に入れないひきこもりは、このような社交的な、あるいは文化的な場に出ていくこともむずかしいというわけです。

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Photo par Pixabay

 ぼそっと池井多: そう、そう。社交といえば、あなたは他のひきこもりの人たちに、リアルで、あるいはネットで、たくさん知り合いがいますか。

テルリエンヌ: 一度、高校時代の古い知り合いから、数年前に連絡がありました。そのころ、わたしは「ひきこもり」というブログを書いていたので、彼はわたしがひきこもっていることを知って、連絡をくれたようです。彼自身、「社会的ひきこもり」でした。しばらくの間、彼はよくわたしに電話をかけてきていました。でも、残念なことに、わたしにとって電話で人間関係を保持することはむずかしすぎるのです。何回かわたしは彼からの電話に出ませんでした。そうしたら、わたしたちの関係は自然消滅しました。

だから、わたしにとっては、あなたがインターネットを通じて交流らしき交流をしている最初のひきこもりなのです。

ぼそっと池井多: それはそれは、たいへん名誉なことです。

 

 ...「テルリエンヌの場合」第2回へつづく

 

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